第10話 ガントレット
足し算が出来た事で新しい先生が来た。
予想していたわけではないが、なってみれば当然か。
スラガ・ドーマという名前らしいが、こりゃまた、チビ、ハゲ、デブ、ジジイと、いいとこ無しかだ。
ただ、眼が違う。鋭い眼光はただ者じゃない事を知らしめている……たぶん。
そう言えば、家系図にそんな名前があったな。たしか、ドーマ侯爵……ははは、ひょっとしなくてもお偉いさんだ。
「坊主がブルーノの息子か?」
「ジジイが先生か?」
部屋に入るなり、この言いよう。あまりの言い方に口が滑った。
しまったと思ったが後の祭りだ。
「何と言う事を、申し訳ありません」
アンが俺の頭を押さえつけるのは、この際主従関係を言っている場合では無いと判断したのだろう。
しかし、その侯爵様は白くなった眉をピクリと動かしただけだ。
「ジジイでは無い、スラガ・ドーマじゃ」
「坊主では無い、ルーラァ・アイスラーだ」
にらみ合ったが後には引けない。ジジイと喧嘩なんかする気はなかったが、始まったら話はべつだ。
「まったく、親ばかりかこ奴もか。しつけがなっとらん」
「申し訳ございません」
深々と頭を下げるアンを見て、ふと思いついたが。
「爺さん、親父を知っているのか?」
「スラガ先生と呼ばんか。全く、親子そろってしつけから教えにゃならんとは」
侯爵様はこめかみに手を当ててうなっている。
「へっ?」
「ブルーノ様も幼き頃、侯爵様にご教授いただいたそうでございます」
「アン、そういう事はもっと早く言ってよ」
「申し訳ありません」
俺だってさ、世話になっている人ともめごとは起こさんぞ。
「ああ、悪かったな爺さん、じゃないスラガ先生。よろしく頼む」
「はーっ」
ため息をつき、がっくり肩を落とす。小さい爺さんがよけいに小さく見える。
ははは、こいつはそういう性格か。こりゃ、面白くなってきたぞ。
「大丈夫か? じいさん。アン、何か甘いもんでも持って来てくれ」
「はい、ルーラァ様」
「年寄りは甘いもんが好きだからな。ここでくたばられても困るし、早いところ頼む」
部屋を出てゆくアンの背中に声をかけると、
「だ、誰が年寄りだー!」
顔を真っ赤にしたスラガ・ドーマ侯爵が怒鳴った。
まったく、短気な奴だ。
「三個のリンゴを二人で分けるにはどうする?」
「一つずつ分けて、残りを半分に切る」
これが勉強か? 子供だましだな。
「形が違う二つの物がある。同じ重さだというが、どうやって調べる?」
「シーソーに乗せる」
とんちクイズみたいなものだ。
「川の幅は? 木の高さは? 土地の面積は?」
「三角測量に平板測量、サイン、コサイン、タンジェント」
得意分野でごちそうさんだが、爺さん意地になってんぞ。参ったな。
「円の面積は?」
「半径×半径×3.14」
「ふははは」
おいおい、ついに気がふれたか、笑いだしちまったぞ。
「ばかめ、(直径×8÷9)の2乗じゃ、覚えておけ」
「へっ?」
なんじゃそれは?
年よりのくせに、子供に勝って喜ぶな。というか、どうなってんだ?
「今日はここまでじゃ」
ちょっと待て、勝ち逃げかこら。って、行っちまいやがった。
負けず嫌いなジジイだぜ。
それにしても妙だな?
まてよ、直径9センチの円だと、どうなる?
1、4.5×4.5×3.14=63.585
2、9÷9×8でいいから、8×8=64
うーん。まあ、近いっちゃ近いか。
午後は、いつものように武道の時間だ、嬉しいなっと。
「ルーラァ様はものすごくお強いですよ」
レイダーは執事だから話半分だが、良く考えてみたら、初心者が二段攻撃やらフェイントは使わない。
ましてや、相手の攻撃を受け流しながら攻撃に転じる、こんな高等テクを使おうなどと考えるわけが無い。
まあ、教えがいのある生徒といったとこだろう。
へとへとにはなるが、俺にはこっちの方が向いているな。気分爽快だぜ。
「今の踏み込みはもう少し内側に」とか、「受け流しの角度が甘い」
うん、自分で言うのもなんだが、内容もかなり濃い。
左手の小手で受け、右手の短剣で攻撃する。
このたいそうな小手がガントレットか。
鉄板で手の甲から肘まで覆われた手袋みたいなもので、ここで攻撃を受けるわけだな。
今は子供用のやつだが、成長に合わせて大きなものになっていくんだろうが、将来はメリケンサック付きにするか。
素手でも瓦十枚割った俺だ、鋼鉄製のサックなら鎧ごとぶち抜けるしな。
武道の稽古に関しても経験が生かせるな。
まずは柔軟、体が柔らかいうちから十分に筋を伸ばしておくのは、けがの防止と体の可動範囲の確保だ。
次は柔道の受け身、後ろにひっくり返って両手をバーンと叩きつけるやつ。斜め前に前転して片手をつくのもあったな。
手はビリビリとして痛いがそれだけ、倒れても骨折をしなくなるし、後ろに倒れた時に後頭部を打たなくなる。うん、これは必要だろう。
更に足さばき、どんな武道でも最後は足さばきだしな。
攻守ともに足さばき、体重移動と位置取りが決め手となる。
いわゆる小手先の技が通用するのは最初だけだったからな。
最後、空手の型は朝やる。
眼は覚めていても体はまだ、そんな時間帯を狙う。
スピード重視でやると素早さとキレが増す。
まあ見てな、俺は最強になってやるぜ。
「ルーラァ様、マロンが来ております」
「だれ?」
「紙を作る職人ですが」
「おお、会う、会う」
「はい、あちらの部屋に待機させております」
「わかった」
マロンと言うケーキがあったような気がするが……。
部屋の中にいたのは、まだ若い、といっても三十代だろうが、笑顔良しのオッサンだ。
「お坊ちゃま、紙をお持ちしました」
あれ以来定期的に持ってくるように頼んでいたんだった。もう必要ないんだが、もらっておくか。
「なあマロン、もっと白い紙を作れよ」
「これ以上白い紙はございませんが」
「だから、作れと言ってるんだ。コウゾかミツマタじゃない、サージュの木があるだろ、あれを使え」
アンが見せてくれた植物図鑑、確証はないがたぶん同じ種類だ。
「はあ」
「はあ、じゃねえよ、ちょっと待ってろ」
秘密の地下室に行って、金貨を一枚取ってきた。
「これは軍資金、時間がないなら独立しろ。儲かったら倍にして返せよ」
「は、はい、ありがとうございます。必ず成功させます」
半信半疑みたいだが、お金を貰えば嬉しいだろうよ。
もっとも、紙の作り方なんか知らんがな。
円の面積の求め方も、エジプト数学です。(NHK情報)




