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第六話

 

 


………あれから迷子の子をお母さんの所に導いたり、近道が工事中で通れなかったり、

 紆余曲折あって、結論から言いますと




 超遅刻しました




「すいません〜〜〜!」



 時間にしてそこまで大幅とは言えませんが、それでも遅刻は遅刻です。


 着いた早々わたしは、雇い主であるホグワールさんに身体が二つ折になるぐらいの勢いで謝ります。


 ホグワールさんは『いいよいいよ、アズサちゃんは毎回指定した時間より早く来て仕事してくれているんだし』と、快くわたしの非を許してくれました。


 わたしより二回りくらい大きな女性の方で、恰幅がよく豪快な人です。


 わたしが師匠の工房に住まうまでは、ここで住み込みさせて頂いていました。


 わたしもその頃はまさか魔法学校の試験に落ちるとは思わず、住まう所がなく、先立つ金も心許なくて、色々と必死でしたからねー………。


 そんな事情を顧みてくれたホグワールさんは住み込みでわたしをここで働かせてくれたのです。


 以上の事で、ホグワールさんにはとても頭が上がりません。それは大切な修業よりも仕事の方を優先にするぐらいに。

 なので今日は一生の不覚ッッ!



「早速だけど、後ろの倉庫からこれと、あとこれとこれを持ってきてくれる?」



「ホグワールさん、これは何本持ってくればいいんですか?」



「ん? そんなの適当適当」



「いやいやいや! 適当じゃダメですよ」



「そうねぇ、じゃあアズサちゃんの判断で要るだけ持ってきて」



「分っかりましたー!」



 ホグワールさんが営むこの雑貨店は通常の雑貨に加えて、魔法道具も並びます。


 売れ行きとしては魔法道具の方が好調ですかね。


 あ、魔法道具は魔法道具でも今わたしが嵌めている指輪などとは全く意味が異なりますよ?

 こっちは魔装具と呼ばれ、それだけで効力がある品。


 雑貨点で売っている魔法道具は聖水や薬筒、後は様々な薬品などですね。


 わたしも聖水などはここで買っていますし、師匠もたまに来て買物したりします。


 わたしみたく魔法使いを目指してる人も来ますし、無論魔法道具以外を買っていかれる方達も沢山いますよ。


 魔法学校の人がここに来る事はあまりないですね。

 あそこは中でこういうのを売っている所があるのでしょう。



「アズサちゃーん! ちょっとレジお願い!」



「はいはい〜!」



 週五日程度のお仕事です。


 お給料と仕送りでお金に余裕がありそうな気がしますが、聖水が結構値が張り、あとは奉仕と言う恐喝で師匠のお酒代へと消えていきます。



「えっ〜と、調度ですかね、毎度でーす」



「ん?……あれ? 100レナー多い!?

 お、お客さん〜〜〜! 100レナー! 100レナー多いですよ〜〜〜!」




……………




……………




……………




 見上げれば、空の赤みはスッカリ抜け落ち、変わりの鉛黒が脇から忍び寄っています。


 この黄昏が帯びる時間をわたしは川沿いをお供に斜面を登っていきます。


 仕事は遅刻と言うアクシデントを除けば、本日も恙無く終わる事が出来ました。


 ついでに今日の朝方無駄にしてしまった聖水分を補給する意味で、お店で聖水を二リットル購入しています。


 ホグワールさんはタダで良いとおっしゃってくれますが、ここは譲れません。


 聖水は高価ですし、厚意に甘えてしまうと心が肥えてしまいますからね。


 ホグワールさんにはちゃんとお金を受け取って頂きました。


 わたしもイチお客様として『買物をした』に過ぎません。それでホグワールさんのお店が潤うなら何よりです。



「〜〜〜♪」



 キョロキョロと首を振り、目を凝らせば、冬の芽吹きはチラホラと確認出来ます。


 これはアデナスと言う冬に咲く野草でしょうか? 図鑑で見た事がある気がしますが自信はありませんね。


 川の中は、残念ながらお魚の姿は視認出来ません。しかし遠方にまだ残る黄昏の赤みが、川の表面にうっすらと色彩を付けてとても幻想的です。


 少し聖水の重量が堪えますが、オディールの町並を見ていると、そんな辛さも辛の内に入りませんね。


 毎日の同じ景色もオディールにいると毎度違って見えます。


 こうしていつもの帰路に着く今も、わたしは新鮮な気持ちで胸がいっぱいになるんです。


 それは、とても幸せな事かも知れませんね。

 

 美しいオディールの町並みに比べれば、魔法失敗の連続に落ち込むわたしなんて矮小です。



 もっと視野を広く持ち、



 寛大な気持ちで―――



 入学試験だってまだ二ヶ月も先の話です。



 もっと心にゆとりを持ち


 マイペースで―――



「ってそんな悠長にしていられますかぁーッ!」



 ブンブンブンと聖水の入った袋を振り回しながら、わたしは斜面を駆け出しました。


 テレサレッサやメドゥーサと熱い約束を交わした以上、血泥啜ってでも魔法を使い熟さなければいけません。


 やる事やってから砕け散る!

…とはディレイにいた先生の受け売り言葉。


 今日はもう一睡もせずに修業に身心を注ぎましょう。

 その為には師匠の協力は絶対不可欠です。


 さて、肝心のその師匠をどう口説き伏せましょうかね?


 わたしに僅かばかり残された女としての自尊心やプライドを、師匠への贄として捧げなければいけないのかも知れません。



「うっ………」



 想像したら、少し、背筋に悪寒が走りました。ふぅ…。



 馴染みになった十字路を左折すると、先に見えるは白を更に白で塗りたくったような一際目立つ色彩の一戸建て。


 あれが師匠の工房であり、わたしと師匠の住居でもあります。


 一つ深い息を吐き、入口の前に立ち止まりました。


 開ける為のドアノブには、何か例えようのない牛みたいであり猪とも思えるオブジェが付いています。


 スゥーと息を吸い、そしてまた深く吐いて、

 わたしはバァンと厳ついた装飾がされた扉を開きました。



「師匠! 師匠ぉ! わたしもうなんでもしますから! しますから今から朝の続きをお願いしま―――ってあれ?」



 勢いに任せ巻くし立てた言葉は、無機質な無音の淵に喰われて掻き消されてしまいました。


 暗く、それでいて温さが全く感じられない家の中は、酷く冷たくて、わたしは身震いしてしまいます。



「師匠ー? 師匠ってばー」



 取りあえず買ってきた聖水を置き、家の明かりを燈して、存在が一切感じられませんが一応師匠を探してみます。



「師匠ー?」



 二人で寝ている寝室。


 ベットに人がいるような膨らみはありません。


 真っさらでいて真っ平。



「ドSー?」



 お風呂場がある方の行き止まりから、師匠の宝である地下の酒蔵に行こうとしましたが、鍵が外側から掛かっています。


 こうして外側から掛かっている以上、中に師匠はいないのでしょう。


 もしいるならこの鍵は誰が掛かけたのかい?幽霊かい?キャー怖い!ってな感じですし。



「師匠ってばー」



 箪笥を開けたり、ゴミ箱の蓋を開けたり、コップの中身を覗いたり、おトイレに行ったりしましたが、

 やっぱりと言うか初めから気付いていましたが、師匠はいません。留守です。



「ん〜〜〜? またグーレイのどこかでお酒を呷ってるんでしょうねー」



 師匠は酒は強いですが、たまに酔うとそりゃもう大変な事になります。


 わたしは前に一度それで貞操の危機に晒されましたので。



「むぅ…、仕方ありませんね。帰って来るのを待ちましょう。

 それまで溜まった家事をやっておきましょうかね」



 まずはテーブルに散らばった食器の数々に目が行きます。


 朝の内に飛び出したので、師匠には昼の用意をしていません。


 これは師匠の昼食の残骸でしょう。一応料理は作れるみたいですが、後片付けを全くしませんね。あの人は。


 カチャカチャと皿を纏めていく内に、ふと視界には一枚の見知らぬ紙切れが入りました。



「何でしょうか? 師匠の仕事関係ですかね…」



 これを見ながら食事を摂っていたんでしょうね、縁にソースが跳ねて付いています。


 見る限り、何かの地図なようですが…。


 テーブルの上に適当に置いてある事を考えるに、さほど重要な物では無いのでしょうか?


 わたしは興味本位で、その用紙をマジマジと読んでしまうのでした。

 

 

 

 

 

 

「………―――成る程」



 そう言う事ですか、師匠。


 わたしは食器を全部流しに漬けてから、寝室に行き、外行きの薬筒を持ってくると、

 買ってきた聖水の瓶を袋から取り出して中に注ぎます。

 

 次にそれを太股に巻いたベルトに差しました。


 テレサレッサ達の一件で、エーテルをひとつ消費してしまいましたからね。


 最も、使った訳ではなく、後のテレサレッサの魔法のせいで下流に流されたまま不明になってしまわれました。


 太股にはこうしてエーテルを五本差しています。


 脚は二本ありますので、エーテルは十本持ち運び可能です。



「よし!」



 後は先程の紙切れを手にすれば準備オーケーです。


 家の明かりを消して、わたしは再び厳ついたドアをバァンと開けて工房を出ました。


 外はまだ夕暮れの終わりを告げていませんが、先程より幾分黒さが増しています。


 そう言えばわたしはこの時間に外出するの、初めてです。


 これから行く目的の場所も、行った事がありません。


 近くに着いたら、手探りで見つけ出すしかないでしょう。

 初めて、ばかり。


 ですが俄然やる気です!


 わたしは手元の紙を黒空に翳しました。


 掲げた用紙には、やはり地図が描かれています。


 しかしわたしは地図全体を見るのではなく、その中心にある赤い×ばかり見ていました。


 ×印が付けられているその付近にはこう書かれています。




……――伝説の魔法使いになれる秘書の在りか――……






……………




……………




……………






 アズサが工房を出てから僅かばかりの時が経った頃。


 玄関には黒の外套を羽織る魔女の姿があった。



「ったく、何が悪気は無いだ。

 無許可で私のガーデンを訓練用として使いやがって…、しかも商品が胡散臭過ぎて二塔の奴ら誰も来ないって、あのハゲおやじ馬鹿かっつーの!」



 彼女は片手に小さな瓶を抱えている。中身は白だが、目は虚ろで据わっており、アルコール臭が鼻を突く。

 珍しく、酔っているようだ。

 

 

 魔女は、気に入って取り付けた聖獣のオブジェをあしらったドアに手をかける。


 そしてバァンと勢いのまま開け放した。



「おー、アズサ、今お前の愛する師匠サマが帰ったぞー

 まず靴を脱がせ、そして舐めろ。後は―――――あ?」



 酒のテンションのまま、魔女が紡ぐ言葉は、途中で切れる。


 ほろ酔い気分の魔女の視界に入ってきたのは、少し前までの我が家の寂しい姿。


 一気に魔女の中で記憶の残滓が弾ける。



 そこに光は無く、


 温かみも無く、


 いつも迎えてくれる、あのアズサの笑顔がない。



「………何だ、まだ帰ってないのか。

 門限は過ぎてるぞ。お仕置きだな。あは、あはははは」



『ま、そんな日もあるさ』と、さして気にする様子もなく、魔女は外套を最寄のフックに掛け、部屋の明かりを着けようとフラフラさ迷う。


 ようやく燈った明かりは、魔女に僅かばかりの安堵を齎すと共に、ある物をも映し出した。



「ん…? 一回帰って来てるじゃないか…、何処をほっつき歩いてるんだアイツは」



 それは魔女のすぐ側に。


 アズサが買ったであろう、聖水の瓶。


 中身が少し減っているが、それで何かを感じ取れる訳も無し。


 そうして、魔女は酔い醒ましに水を飲もうと台所に行く途中で、ある事に気付く。


 片付けられたテーブル。


 上には、自分が昼に散らかした食器、そして、とある用紙があった。


―――が、


 無い。それは文字通り片付けられていて、テーブルの上には白いシーツに水差ししか無い。



「……………」



 だが、帰ってすぐ破って捨てる気でいたあの紙までこの場に無いのはどうして?

 

 アズサには魔女の私物は、けして動かさないように躾てある。


 しかし、用紙はテーブルの下に落ちてもいない。


 あの用紙が無い。


 一度帰ったアズサがいない。


 聖水が少し減っている。


 どう言う事だ? と口が言葉を放った瞬間、魔女の頭内に稲妻が走り、思考のパズルが勝手に構築されて一枚の『まさか』が確固として完成する。


 酔気もそれで吹き飛んだ。



 まずアズサが、用紙に書かれた地図の場所に行ってしまった事を、魔女は確信する。



「………あそこは私のガーデンだ。秘術なんてのは無い!

 あの用紙は二塔魔法使いの訓練用に、魔法学校のハゲ教師が勝手に作ったもの。

 秘術なんて馬鹿げたものはハゲが二塔魔法使いの士気を高める為に釣ったものに過ぎんのだぞ」



 今いない誰かに向け、怒鳴り付けるように言って、魔女は力無く側の椅子に座り込んだ。



「馬鹿…。あそこには私の獰猛なペットがいるというに…。

 顔見知りでもない、魔法すら使えないクズなお前なら、それこそ一貫の終わりじゃないか…」



 その声は魔女にしては、やけに静かに諭すような声で、


 普段は賑やかな魔女の工房


 しかし今は酷すぎる程に静か



 その温度差と無音には、

 よからぬ凶兆が、

 孕んでいるように


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