最後の晩餐だろうと、私はパンを食べる
私が最後の晩餐を選ぶとするのなら、焼きたてのパンにするだろう。
私は姫様に仕えている執事だ。姫様はよく喋り、よく食べ、よく眠る方だ。そして、十五歳とは思えないくらいに、子供っぽい。先週は、慈善活動で行った町の子供とどっちがスキップが上手いか張り合っていた。結果として、転んで泣いていた。全く人騒がせな人だ。
「麗。痛いよー! おんぶしてぇ!」
泣きわめいて、私に甘える姫様。人前で姫がそのような姿ではいけませんよと窘めつつ、結局おぶってあげる私も大概、姫様に甘いのだろう。それも仕方ないと思う。姫様は私の大切な人なのだから。
元々、私は戦災孤児だった。生まれつき、体が弱かった私は、食料を手に入れても、他の孤児に奪われ、何も食べることができずやせ細っていった。死ぬ以外の道がない私を救ってくれたのが姫様だった。笑顔でパンを差し出し、孤児院を紹介してくれた。あのときのパンはどんなものよりも温かかった。それ以来、私は何があってもこの人のそばにいる。この人を守るためなら、何でもすると決意した。
ある日、孤児院時代の友人から結婚式の招待状が届いた。しかし、その日は姫様が他国に訪れる日だ。結婚式など行く訳にはいかない。
「なーにしてるのー? 麗!」
後ろから姫様が覗いていた。ビクッと肩を震わせる。
「へぇー、結婚式? 行けばいいじゃん! 麗、いつも私と一緒だから、友達いないのかと思ったー。」
からかうように笑う姫様。私にも友達くらいいるのにと、ムッとする。表情には出ないのだが。
「しかし、この日は姫様が他国を訪問する日なので。」
「私ももう子供じゃないんだから、麗がいなくてもそのくらいできる! 気にせず行ってきなさい!」
姫様が自信満々な顔で言う。"麗がいなくても"。姫様にとって、私はいてもいなくても変わらない存在。そんなことは、分かっていた。私の代わりなどいくらでもいるということくらい。そうだ、姫様が大丈夫と言うのだから行ってしまおう。むしろ、これまでずっと私がいて、迷惑だったのかもしれない。
「そうですね。行くことにします。」
いつもよりも冷たい声が出た。姫様がドレスの裾を掴んでいた。悲しい時の癖。そんなことまで覚えている自分に嫌気が刺して、その場を走り去った。
友人の結婚式の日。あれ以来、別の仕事を言い訳に、姫様とは話していない。大丈夫だろう。私がいなくとも。
久しぶりに会った友人と話してもどこか集中できなかった。姫様は他国の王に無礼を働いていないか、ご飯を食べすぎてお腹を壊していないか、気づけば姫様のことを考えてしまう。
「麗、なんか悩み事でもあるの? ボーッとしてばっかりとからしくないじゃん。」
友人がいつの間にか近くにいた。全く気づかないあたり、私はずっと上の空でいたのだろう。
「別に。前からわかってたことをただ実感しただけだよ。」
悩みなんて大層なものじゃない。
「へぇー、それってお前が仕えてる姫様のこと?」
「な、なんでわかったんだよ!」
柄にもなく大声を上げてしまう。周りの視線が集まり、すみませんと頭を下げる。
「なんでって、丸わかりよ。さらに言うと、姫様には私なんかいてもいなくても変わらない存在だーって、グチグチ考えてんだろ?」
全てお見通し。さすが昔からの友人だ。観念して全てを話した。
「それって、麗のことを思っての行動じゃない? 麗が自分のことを全然優先しないから、姫様が気を遣ってくれたんでしょ」
「そんなの表面上に決まってる。本当は俺が鬱陶しかったんだろ。」
「姫様って、そんな器用なこと、できる人なんだ。噂聞く限りにはできなそうだけど。」
それを聞いてハッとした。確かに、あの本音しか話さないバカ正直な姫様に表面上だけの言葉など言えるはずもない。
「姫様はきっとお前が思っている以上にお前のこと大切に思ってるよ、麗。」
礼を言って、友人と別れた。帰ったら、すぐに姫様に謝ろう。それがもう叶わないとは夢にも思わなかった。
姫様が刺されて、意識が無くなった。そう聞いた瞬間、頭が真っ白になった。他国の青年から腹を刺されたそうだ。数十年前、他国と我が国は戦争をしていた。今は友好だからと油断しすぎた。手をギリギリと握りしめると、血が滴った。情けない、本当に情けない。何も出来なかった自分が。浅はかな考えしかできなかった。帰ったら会える。それが当然のことだと思ってしまっていた。
今、姫様に何ができる? 何が返せる? そう必死に考え、思いついたのはパンを焼くことだった。あの日私を救ってくれたパン。あの温かいパンがあれば、姫様も目覚めてくれるのかもしれない。普段なら絶対言わないであろう、メルヘンな思考に至った。
生地をこねる時に、執事服が真っ白になり、形は不格好。焼いてみると、焼きすぎたり、生焼けだったり。姫様が目覚めるまで毎日毎日焼き続けた。焼きたてを食べて貰えるように。周囲からは、狂ってる、無駄だろなどと言われ続けたけれど、聞くことなんてしなかった。
それを続けて一週間、やっとまともなパンを焼けた。姫様の元へ行くと…目を覚ましていた。
「ねぇ、麗。朝ごはんはある?」
目を覚まして早々これ。苦笑いをしようとしたら、視界がぼやけた。
「こちらを、食べていただけますか?」
姫様は泣いている私に驚いていたが、パンを一口食べた。
「美味しい。すっごく温かくて。ありがとう、麗」
そう笑った姫様はすごく大人びて見えた。私は執事だという立場も忘れて、ただ姫様を抱きしめて大泣きした。
「ごめんなさい…。ごめんなさい!」
その間、姫様は何も言わず、私の頭を優しく撫でていてくれた。
パンは私の命と私の大切な人の命を繋いでくれた。豪華な食事なんかよりも、大切な温かさを持っている。だから、私は最後だろうといつも通りパンを食べていたい。




