婚約者に不倫されて捨てられたので復讐したら、隣国の冷酷王子に異常なまでに溺愛されましたが元婚約者が今さら戻ってきてももう遅いです
――その日、すべてが壊れた。
豪奢なシャンデリアの下、貴族たちの視線が集まる大広間で、私は静かに立っていた。
ルシェリア・フォン・グレインツ。公爵家の長女にして、王太子の婚約者。
だった、はずの女。
「ルシェリア。お前との婚約は破棄する」
あまりにも軽く、あまりにも雑に、私の人生は切り捨てられた。
言葉を発したのは、王太子クラウス・エルヴァン。
かつて、愛を誓った男。
……いいえ。違う。あれは、誓いなんかじゃなかった。
ただの、嘘だった。
「理由は、明白だ。お前は嫉妬深く、心が醜い女だからだ」
その隣で、しなやかに微笑む女がいた。
淡い金髪に、柔らかな声音。いかにも“守ってあげたくなる女”。
――ミレーユ・カーティス。
私の元・友人であり、そして。
「……クラウス様、そんな言い方は……でも、ルシェリア様が私を何度も虐げていたのは事実です」
泣きそうな顔で、けれど計算し尽くされた角度で涙を滲ませる。
その姿に、周囲の貴族たちは一斉に頷いた。
ああ、そういうことね。
全部、仕組まれていた。
「……それで?」
私は、笑った。
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「その女と不倫していたことは、どう説明なさるのですか?」
一瞬で、空気が凍る。
クラウスの顔が引きつった。
ミレーユの瞳が、わずかに揺れる。
「な、何を言っている!」
「証拠ならありますわよ?」
懐から取り出したのは、一通の手紙。
甘ったるい言葉が綴られた、密会の約束。
差出人は――クラウス。
宛先は――ミレーユ。
「これでも、まだ言い逃れなさいます?」
ざわめきが広がる。
貴族たちの視線が、一斉に彼らへ向いた。
だが。
「……くだらん」
クラウスは吐き捨てた。
「たとえそうだとしても、お前はもう不要だ」
その一言で、すべてが決まった。
真実なんて、どうでもいい。
権力を持つ者が、正しい。
それが、この国のルール。
「――そう。なら、好きになさい」
私は、ドレスの裾をつまみ、優雅に礼をした。
「ですが――後悔なさることになりますわ」
その言葉を最後に、私は会場を後にした。
誰一人、引き止める者はいなかった。
◇
それから数日後。
私は、すべてを失った。
爵位、財産、名誉。
父は私を切り捨て、家から追放した。
理由は簡単。
「王家に逆らう娘など、不要だ」
……ええ、そうでしょうね。
だから私は、誓った。
――復讐する、と。
その時だった。
「面白い女だな」
背後から、低い声が響いた。
振り返ると、そこには一人の男がいた。
黒髪に、鋭い瞳。
圧倒的な存在感。
「……あなたは?」
「レオンハルト・ヴァルディス。隣国の王子だ」
私は目を見開いた。
なぜ、そんな人物がここに。
「すべて、見ていた。お前が捨てられるところも、な」
「……趣味が悪いですわね」
「だが、気に入った」
唐突に、彼は言った。
「俺の元へ来い。すべてを取り戻させてやる」
「……代わりに、何を?」
当然の疑問だった。
無償の善意など、この世界には存在しない。
だが。
「何もいらん」
彼は、あっさりと言った。
「ただ――お前を手に入れたいだけだ」
心臓が、跳ねた。
何を言っているの、この人は。
「意味が分かりませんわ」
「そのままの意味だ。お前は俺のものになれ」
強引で、理不尽で。
なのに、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ。
「……いいでしょう」
私は微笑んだ。
「その代わり、徹底的に利用させていただきます」
「望むところだ」
彼は愉快そうに笑った。
こうして、私の復讐が始まった。
◇
数ヶ月後。
王都は、大混乱に陥っていた。
クラウス王太子の不正、横領、そして不倫の証拠が、次々と暴かれたのだ。
その裏で糸を引いていたのは――私。
「まさか、こんなことになるなんて……!」
震えるミレーユの前に、私は立った。
「久しぶりですわね」
「ルシェリア……!」
彼女の顔から、血の気が引く。
「どうして……あなたは追放されたはず……!」
「ええ。ですが――運が良かったのです」
背後から、レオンハルトが現れる。
「この方に拾われましたの」
ミレーユの顔が絶望に染まった。
隣国の王子。
それは、もはや逆らえない存在。
「さて、ミレーユ」
私は一歩、近づく。
「あなたがしてきたこと、全部――お返ししますわ」
「ひっ……!」
彼女は崩れ落ちた。
その後。
クラウスは王太子の座を剥奪され、国外追放。
ミレーユはすべての罪を暴かれ、貴族社会から永久追放された。
◇
「……終わりましたわ」
静かな庭園で、私は呟いた。
「満足か?」
「ええ。思っていたより、あっけなかったですけど」
復讐なんて、そんなものだ。
終わってしまえば、何も残らない。
――そう、思っていたのに。
「なら、次は俺の番だな」
「……何の話です?」
振り向いた瞬間。
腕を引かれ、抱き寄せられた。
「お前を、愛する番だ」
耳元で囁かれる声に、思考が止まる。
「な……っ」
「言っただろう。お前は俺のものだと」
逃げようとするが、びくともしない。
「離してください!」
「嫌だ」
即答だった。
「お前は、もう逃げられない」
その瞳は、どこまでも真剣で。
どこまでも――甘かった。
「……勝手ですわね」
「知っている」
「強引すぎます」
「それもな」
彼は笑う。
まるで、全部楽しんでいるみたいに。
「だが、嫌ではないだろう?」
「……っ」
言い返せない自分が、悔しい。
けれど。
ほんの少しだけ。
――心が、温かかった。
「……好きにすればいいですわ」
「最初からそうするつもりだ」
こうして。
すべてを失ったはずの私は。
――誰よりも深く、愛されることになった。
復讐の先にあったのは、終わりではなく。
新しい、始まりだった。




