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約束の日

 七月二十日。午前九時に、タコさん公園で待ち合わせ。


「おはよ……あれ、もふもふさんも行くのか?」


 昨晩からそわそわしっぱなしの文月は待ち合わせ時間より三十分早くタコさん公園に着いていた。対して、貴虎は五分前の到着。


『いいや。オレは文月の見送り。ずいぶん早くに家を出ようとするから、貴虎が来るまでの話し相手になってやろうと思ってね』

「おはよう、桐生くん」


 プールバッグは学校に持って行っているものと同じではあるが、中身は母親と環菜が付き添って買いに行った水着が入っている。本日の一週間前に購入したものだ。案の定、文月はスクール水着で行こうとしていて、もふもふさんの言った通り、母親と環菜のふたりから強制的に水着売り場まで引きずり出された。


 もうひとつのバッグには、めいっぱいの保冷剤と弁当箱が入っている。弁当箱には昨晩作り置きしたぶんと、今朝作ったおかずを詰め込んだ。これらはもふもふさんが指導しながら文月が作ったものである。苦手だったピーマンも入っている。


『というわけで、オレは帰る』

「もふもふさんも行こうぜ?」

『なんでだよ。夏休みのプールなんて、子どもだらけじゃないか。オレは大人には見えなくて子どもにだけ見えるから、大騒ぎになるぞ』


 この不思議な設定のせいで、学校には行けない。本当は、もふもふさんだって運動会の徒競走をこの目で見届けたかった。全員リレーの盛り上がりも、最終的に赤組が逆転して勝ったことも、文月からの伝聞でしか知らない。父親が撮った写真はあるが、カメラマンの腕がなまっていたせいか、どれもブレていて、とてもじゃないが見られたものではなかった。


『そもそもプールに犬は入れないだろうが』

「でも、今日行くところって、遊園地があるんだよね?」

「そうだぜ! プールの後は遊園地!」

『お前たち、この姿でアトラクションに乗れると思っているんすか?


 想像する。ジェットコースターに乗る白くてもふもふの大きな犬。それから、メリーゴーランドの馬の上でおすわりしている姿。なかなかシュールな絵面になった。


「ジェットコースターやメリーゴーランドに乗るのは無理でも『仮面バトラーフォワード』のショーが見られるよ!」

『……それは別に、魅力的ではないかな』


 こうして話しているうちに、一台の車がタコさん公園の前に停まる。その四人乗りの運転席からは貴虎の祖父が、助手席から祖母が降りた。孫とその友だちの姿を見つけて、手を振りながら近付いてくる。


「じいちゃん! と、ばあちゃんも?」


 貴虎は祖父のみで来るものだと思っていた。祖母が来てはいけない理由はないのだが、こうして遊びに出かけるときについてくるのはめずらしい。


「おはようございます!」


 文月が貴虎の祖父母に会うのは運動会ぶりとなる。じいちゃんっ子の貴虎は週末になるたびに会いに行ったり、タコさん公園の不審者退治の際にはじいちゃんのほうからこちらに来ていたが、文月にとっては仲のいいクラスメイトの祖父母という遠いポジションの存在である。


「今日はその、急な仕事が入ってしまっての。早苗――ばあちゃんが行くことになった」


 急な仕事、と言ってもふもふさんのほうを見た。目が合う。この翁には、やはりもふもふさんの姿が見えているようだ。


「よろしくね、キー坊に鏡さん」

「はい!」


 文月は元気に返事をした。ふたりの恋の進展は後押ししたいものの、小学生だけで遊ばせるのは不安があり、また、施設のほうも子どものみの利用を禁止している。必ず保護者が一名付き添わないといけない。文月の両親のどちらかへ当日に頼むのも忍びないので、祖母が監視役を引き受けた。


「仕事かあ……」

「すまんなキー坊。ワシとは、また別の日に行こう」

「おう!」


 祖父には祖父という役割だけでなく、発明家としての仕事がある。プールのウォータースライダーを気に入っている貴虎としては『また別の日に』行くという提案は、今日だけでなくまた後日にも行けるということであり、願ったり叶ったり。


「男たちだけで約束しちゃってあらまあ。鏡さん、おばちゃんと女子会する?」

「女子会!」

『こちらのマダムからはいい匂いがする……ああ、いや、文月がこのおばあちゃんに気に入られているみたいだから、甘えてもよさそう。行ったら?』

「じゃあ、ぜひ」


 いい匂いが具体的には何を指すのか文月にはわからなかったが『イヌの嗅覚はヒトより優れている』というのでおそらくヒトに嗅ぎ取れない何かを嗅ぎ取っているのだろう。文月としては、貴虎の祖母とは話しづらさを感じていない。どちらかといえば人見知りな文月だから、本来ならば面と向かって話す際にまごついたり言いかけてやめたりしてしまう。母親に対しても引っ込み思案が発動しがちだったのに、会うのは二度目の相手への対応とは思えない。これが精神的な成長によるものなのか、はたまた、桐生家の人々との相性がいいからなのか。


「女子会、うらやましいぜ」

「桐生くんは女子じゃないでしょう?」

「まあそうだけど! ばあちゃんとはあんまり遊ばないから……その……」

「そういえば、そうね。いつもキー坊は悟朗さんとお出かけしているものね。今日は羽目を外しちゃおうかしら?」

「無茶はせんようにな」

「……はーい、わかってまーす。キー坊と鏡さんの見守り、プラス、ちょこっと遊ぶぐらいにしまーす。若い頃ほどは動けないと、肝に銘じまーす」

「うむ。よろしい」

「それじゃ、行こうぜ!」

「うん!」


 話も一段落ついたところで、プールへと向かっていきたい。ここから目的地に着くと、ちょうど開園時間となる。と、その前に。


「ワシ、そこの自販機で飲み物を買ってくる」

「カギ!」

「ほい」


 貴虎の祖父はポケットから車のカギを取り出して、祖母に手渡した。貴虎と文月は水筒を持参しているので、祖母とともに先に車へ乗り込む。


「そこの犬も、乗るんじゃろうか?」


 子どもたちが離れてから、祖父はもふもふさんに話しかけてきた。周囲をきょろきょろと見回すが、野良犬はいない。


『オレのこと?』

「他にいるかの?」

『犬じゃなくてオオカミなんで』

「ふむ。そうか。で、乗るんじゃろか?」

『文月も貴虎も、オレについてきてほしそうだったけど』

「けど?」

『大人にはオレの姿は見えないって女神サマから言われていたし、本当に見えていない人ばかりだし、オレのほうから話しかけても聞こえていない』

「早苗は犬が苦手じゃから、おぬしに気付いとったら何も言わないはずがないのでの。おかしいとは思っとったんじゃが」

『あんただけだよ、こうやってオレが見えて、話せる大人は。こういうイレギュラーがあるもんなんだな。ひょっとしてオレの同類?』

「まさか。そうじゃな……その“女神サマ”のほうに近しい存在、と言っておこう」

『なるほどなるほど』

「みんなにはナイショじゃよ」

『へえ、バレたらまずいんすか?』

「おぬしが人間として積み重ねてきたすべての罪を、皆に言いふらすかの」

『おお。こっわ』

「見えている子どもたちに気を遣わせるのは可哀想じゃな」

『オレは見送りに来ただけだから。乗らないすよ。久しぶりに外を一人で、いや、一頭で、うろうろしようかな』

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