守りたいもの②
「お通しすることはできません」
「……え?」
王城にたどり着き、馬から降りて門を潜ろうとすれば、衛兵に止められる。
「どういうことですか?」
「ご身分の証明がありませんので」
「で、でもいつもは何もなく通れています」
「ラットゥース公爵家の馬車はお通しできますが、馬に乗って駆けてくる品位のない女性は難しいですね」
あー、そういうこと。
……わざとね。
ニヤニヤと笑う衛兵二人に呆れてしまう。
「話にならないので、殿下を呼んでください」
「殿下は、あなたのせいでお忙しいですから。これ以上、お手を煩わせないでもらえませんかね」
「悪女が婚約者だなんて、殿下もお気の毒に」
侮蔑を含んだ視線を向けられ睨めば、鼻で笑われる。
「我々も暇じゃないので、お引き取りを」
「……あなたたち、殿下の婚約者にこのような態度を取っていいとでも?」
アリウム、ごめん。
あなたの評価をもっと落とすことになるかも。
そう思っていれば、衛兵たちの視線が鋭くなった。
憎しみを宿した瞳に、思わず一歩後退りしそうになる。
「俺たちは国のために言ってるんだ。殿下は聡明な方なのに、何を吹き込んだ!? 悪女めっ!」
怒鳴られると同時に肩を押され、尻もちをついた。
「お前がいなければ、殿下は苦しむことはなかったんだ」
「殿下の威光がなければ、何もできないくせに。殿下を巻き込むな」
屈強な衛兵たちに見下ろされる。
地面についた手に触れる砂がざらつき、一人では何もできない自分への苛立ちで、指先に力がこもっていく。
「ねぇ。通りたいんだけど、何してるの?」
後ろから、男の人にしては少し高い声がした。
振り向けば馬車が一台止まっており、窓からひらひらと手を振られる。
「カルナ様っ」
「やっほー、ミルベラちゃん。こんなところでどうしたの?」
にこにこと明るい笑顔でカルナ様は馬車からピョンと飛び降りると、私に話しかけながらも衛兵を見ている。
「きみたち、まさかアリウム殿下の婚約者の顔も知らないの?」
こてんと首を傾げ、笑みを浮かべたままカルナ様は言う。
「知らなかったのなら、仕方ないよね。ミルベラちゃんの身元は僕が保証するから、通るよー」
差し伸べられた手に戸惑っていれば、手首を掴まれて引き起こされる。
「一緒に行こう?」
「あ、でも馬が……」
「大丈夫。衛兵が馬舎に預けてくれるよ。それくらい、できるでしょう?」
「は、はい……」
衛兵たちは先ほどまでの勢いを失ってはいるものの、その場を退くことはない。
「お言葉ですが、このような者の味方をされるなど──」
「あははっ。このような者って、誰に向かって言ってるの?」
「──っ! し、しかし……」
息をのんだあと衛兵たちは言い淀み、カルナ様は柔らかい表情のまま言葉を重ねる。
「殿下には黙っててあげるね。これ、ミルベラちゃんと僕からの貸しだからぁ。さ、行こうか。アリウム殿下のお姫様」
私をエスコートし、カルナ様はふわりと微笑む。
「ここまで馬で来たの?」
「はい」
「そっかぁ。元気だね」
くすくすと笑う姿は、何だかアリウムよりも王子様っぽい。……というか、出会った頃のアリウムに似ている。
「カルナ様って、アリウムの従兄弟でしたよね。何だかちょっと似てますね」
「えー、それは勘弁かなぁ」
私たちを乗せた馬車は城門を抜け、王城の入り口へと向かっていく。
「それで、今日はどうしたの? アリウムから城へは来るなって言われてない?」
「いえ、特には」
というか、ろくに連絡も取っていなければ、王都に戻ってきてからまだ一度も会えていない。
「むしろ、会えないか聞いてるのに、今は忙しいとの返事ばかりです」
「なるほど。殿下って、馬鹿だね」
「はい!?」
あまりにもストレートな言葉に耳を疑う。
「だって、ミルベラちゃんが王城に来る=自分に会うためだと思ってるってことでしょ?」
「え、以前はよく父の手伝いで王城に来てましたし、そんなことはないかと」
「でも、領地に行く前から、それはなくなってたよね。つまり、そういうことだよ。ハッキリと伝えて嫌われたくなかったんだろうなぁ」
しみじみと言われるけれど、さっきから凄く引っかかっていることがある。
「どうして、私が王城に来てはいけないんですか?」
「んー、さっきみたいなことが起こるからかな」
「通してもらえない……だけじゃないってことですよね」
評判が悪ければ、それ相応の対応を取られるってわけか。
「うん。それに危険だからね」
「……危険ですか?」
「残念ながら、気性の荒い人もいるから。だから、次は絶対に一人で来たら駄目だよ。殿下も心配する」
「分かりました」
素直に頷けば、カルナ様は目を細める。
「それで、なんの用事できたの? アリウムに会いに来たわけじゃなさそうだけど」
「少し所用がありまして」
「ふーん? じゃ、アリウムのところに一緒に行こうか」
有無を言わせない話し方に、頬が引きつる。
「いえ、今日は遠慮しておきます」
「そうはいかないんだぁ。ごめんね?」
あ、逃げ道ない……。
馬車に乗ったことを今更ながら後悔する。
「これがもし、親切そうに声をかけてくる敵だったらミルベラちゃんはどうしたの?」
「それは……」
というか、カルナ様ってアリウムの側近だし、味方なんじゃないの?
「あれ、僕のこと疑ってる? うんうん、いいね。そのくらい警戒心はあった方がいい。言葉だけじゃ説得力ないかもだけど、僕はアリウム側だよ。アリウムが失脚したら、僕も王位継承争いに巻き込まれるしね。そういうの望んでないから」
何だろう。笑っているのに、黒い。
引きつる顔でどうにか笑みを浮かべたまま、どう返事をしようか悩んでいる間に、馬車はゆっくりとスピードを落として停止した。
「さ、降りようか」
馬車から降りやすいように手を差し伸べられ、少し躊躇いながらもその手を取る。
エスコートをされながら、王城内を歩いていく。
私を見た人たちからの視線が突き刺さるけれど、誰も何も言わない。
それでも、嫌悪、興味、嘲笑……様々な意思が眼差しに込められている気がしてならない。
うつむいたら、駄目。
視線を下げたくなる気持ちをねじ伏せ、顔を上げ、背筋を伸ばす。
連れて行かれたのはアリウムの執務室だった。




