守りたいもの①
「え? ルミアスも王都に戻るの?」
「はい。父上に現状の報告と、今後の方向性の共有をしましたので、僕が離れても問題ありませんから」
にこにこと笑いながら、ルミアスは言う。
本当にいいの? とお父様を見れば、静かに頷いた。
「私では、お前を助けてやれんからな」
「ですが、ルミアスを巻き込むわけには!」
そう言えば、ルミアスが小さく笑う。
「ミルベラ様は、僕を家族と言ってくれました。その家族のために、何かしたいと僕が望んだのです。ねぇ、ミルベラ姉様? 僕のこと、置いて行ったりしませんよね」
出会った頃に一度だけ呼んでくれた『姉様』という呼び方。
あの時は、あんなにも嬉しかったのに、何故か今は重たい。
「お、置いてくも何も、これはルミアスには関係のないことだもの」
「……本当に? ラットゥース家を継ぐ僕に関係ないですか?」
息ができなくなるほどの重圧に、視線を逸らす。
怖い……。
何がとか、どこがとか、そんなことは分からないけれど、闇が覗き込んでくるようで、目を見ていることができない。
「どのみち、既に父上から許可が出ていることですので。ミルベラ様のご意思は関係ないんですよ。では、父上。先に王都へと戻ります」
「あぁ。ミルベラのこと、頼んだ」
「はい。ついでにラットゥース家を陥れようとする者も洗い出しておきますね」
「そっちに関しては、無理をするな。ルミアスも大事な私の息子だからな」
聞こえてくるお父様とルミアスの会話が遠く感じた。
***
「では、僕が行ってきます。ミルベラ様は待っていてくださいね」
王都に戻り、早速動き出そうとしたところで手に持っていた手紙をルミアスにひょいと取られてしまう。
「ちょ、ちょっとルミアス。これは、私がやることよ」
「ですが、ミルベラ様は悪女と呼ばれています。あなたが行くよりも、僕が行った方がお相手も警戒しません。それに、あなたが悪意を向けられるところを僕が見たくないんです」
「なら、ルミアスが行かなければいいだけの話でしょう。そもそも、ルミアスを連れて行く気はなかったわ」
「そうですか。では、予定変更になりますね」
さっさと歩き出したルミアスを走って追う。
出会った頃は、私の方が背が高かったのにすっかり抜かされた今では同じ速度で歩けない。
「返してよ!」
「お断りします」
やっと追いついたと思えば、そこは昔よくお姉様にお仕置きで閉じ込められた屋根裏部屋の前。
何で? と、ルミアスを見上げれば、扉を開かれ、トンと肩を押される。
「いい子にしていてくださいね」
「……へ?」
扉が閉まると、ガチャリという無機質な音がした。
慌てて扉を引けば、わずかに開くけれどそこで止まってしまう。隙間からは、太いチェーンについた南京錠が見える。
「ルミアス!? ルミアス、開けて!!」
「帰ってきたら、すぐに開けますよ。これもミルベラ様を守るためです」
足音が遠ざかる音がする。
何で……と思ったところで、もうルミアスは去ってしまった。それならば──。
屋根裏部屋のベッドの下に隠しておいた工具を取り出す。
お姉様にお仕置きとして閉じ込められるのは毎回この部屋だったので、念のために用意していた。
「まさか、今更使うことになるとはね」
ニッパーを迷わず選び、チェーンの切断をする。
けれど、開けた扉の隙間は狭いので、なかなかうまく切れない。扉に何度も手がこすれ、血が滲む。
──ガキンっ
「切れた!」
ゴトリと床に南京錠が落ちる音と、チェーンのジャラリとした少し重いけれど軽やかな音が響く。
今日会う予定だった商業長との待ち合わせに行ったところで、ルミアスの邪魔が入るだろう。
雨に強い麦の流通での協力関係を結びたかったけれど、仕方がないのでその点に関しては、手を引く。
ルミアスがうまくやってくれることを祈るしかない……かな。
私は自室まで戻り、鍵の付いた机の引き出しから一通の手紙を取り出すと、侍女に手伝ってもらいドレスへと着替える。
アポイントメントは取っていない。
それでも、こっちまでルミアスの邪魔が入る可能性があるならば、突撃してみるしかない。
「申し訳ありませんが、ルミアス様よりミルベラ様を屋敷より出さないよう伺っております」
「…………え?」
御者にそう断られ、一瞬何が起きているのか分からなかった。
これは、もしかしなくても軟禁なのでは?
「なら、馬を借ります」
御者の返事も待たず、一頭の馬に跨る。
「ミ、ミルベラ様!? そのようなことをされては困ります」
「困っているのは、私の方よ」
御者の制止を聞かず、馬を走らせる。
ドレスで乗馬ははしたないとされているうえに、走らせにくい。
「ま、すでに評判なんて落ちてるもの。今更ね」
私自身の評判より、優先すべきことがある。
悪女であることを受け入れる覚悟をした今となっては、怖いものなんか……あるな。
それでも、もう動き出しているのだ。
街中の人々がギョッとした顔で振り返る。
けれど、私は止まることなく王城を目指した。




