約束を果たすため②〜アリウムside〜
父上の元へと来れば、雪のように真っ白な長い髪に、深海を思わせる瞳を持つ令嬢が、当然のように父の隣に立っていた。
「…………そちらのご令嬢を紹介いただいても?」
醸し出す雰囲気の異質さに警戒しながらも、笑みを浮かべながら尋ねる。
「聖女のラディア・フィリリームだ」
断定された言葉に、顔をしかめそうになるのをどうにか耐える。
「聖女……ですか」
おかしい。カルナの情報は、聖女と思われる令嬢が現れたらしいという不確定なものだった。
まさか、情報を操作していた?
「そうだ。そして、場合によってはアリウム、おまえの婚約者になる」
「──っ!! 待ってください! 俺の婚約者はミルベラです!!」
「現時点での話だ」
「ふざけないでください。俺は、ミルベラ以外の女性と婚約する気も、婚姻するつもりもありません」
怒りを腹の底に沈め、拳を握り込み、殴りかかりたい情動を懸命に抑え込む。
大丈夫だ。ミルベラは公爵家の令嬢。たとえ聖女が現れたとしても、一方的に婚約破棄ができる相手ではない。
落ち着け。
「そのミルベラ嬢についての予言が出た」
「…………は?」
状況に頭が追い付かない。
その間に聖女は一歩前へと足を踏み出す。
「ミルベラ・ラットゥース公爵令嬢が、民に石を投げつけられる夢を見ました」
淡々と感情を乗せることなく、一定のリズムで聖女は言葉を紡ぐ。
「そして、その場にアリウム殿下、あなたはいませんでした」
「何を言って……」
悪魔のようなことを言う彼女は、俺が部屋に入った時からまるで人形のように表情が変わらない。
俺の方を向いているのに、まるで遠くを見ているよう。
「私は、見たことをお話しするのみ。どうなさるのかは、私の判断する領分ではございませんので、後悔のないようになさってください」
深海のような瞳からも何一つ読み取れず、ただ事実を述べている。
そんな彼女に、怒りを沈めたはずの腹の底から黒いものが広がっていく。
「聖女というなら、何か方法がわかるのではないかな?」
「私は一つの可能性となる未来を見ているに過ぎません。それが何時に起こるのか、どういう経緯で起こるのか、私にも特定不能です。今回は王子殿下の婚約者であられる方の未来でしたので、国に影響を与えるかとご報告したまででございます」
「あなたは! どうして他者の不幸にそうも冷たいんだ!!」
黒いものがせり上がり、大きな声が出た。
熱いのに、寒くて仕方がない。
「…………? 子どもの頃より身近な不幸の夢を多く見ました。話したこともない方のことで、どうして私が心を痛めなくてはならないですか?」
彼女の瞳の色のような海の底へと招かれ、口からごぽりと空気が漏れる。
空気を吸ったはずなのに、苦しい。
「先ほども申しましたが、私が見ているのは未来の一つの可能性でございます。殿下の行動を一つ変えれば、その未来が変わることもある。そのような不確定要素しかないものですから」
「…………未来が変わった時、また夢を見るのか?」
「その時々ですね」
それでは、行動一つ一つが正解に近づいているのかも、わからないじゃないか。
「アリウム。ミルベラが王子妃に相応しくないと判断した時点で婚約は解消とする。分かったな」
「分かりません。そうなれば、俺も王位継承権を放棄します。それならば、問題ないですよね」
父上の纏う空気が重いものへと変わる。
「正気か?」
「えぇ、当たり前じゃないですか。ミルベラは、俺の唯一ですから」
「……そうか」
そう言う父上の視線、言葉、吐き出す空気にすら、まるで喉元に刃物を突き付けられているようだ。
何か、大きな間違いをした。
確証もないのに、肌が粟立つ。けれど──。
「アリウムよ。父として助言しよう。お前のその言動が愛する者を追い詰めるぞ」
先見の力などないはずなのに、まるで未来を見通すかのように父上は言う。
「どのみち、ミルベラ嬢が石を投げられるような状況になれば、お前もただでは済まない。王家への信用が揺らぎ、国全体へと波紋を広げることも理解しているのだろうな?」
「はい」
そんなことにはさせない。けれど、もし落ちるなら、その時は俺も一緒だ。
石を投げられるのも、血を流すのも、何もかも……。
「その時が来たら王位継承だけでなく、王族としての身分も剥奪する」
「分かりました。このまま、本日の緊急議会について報告をしたいのですが……」
ちらりと聖女を見れば、音もなく彼女は扉へと向かっていく。
「石を投げられたところを救ったのは、黒髪の青年でしたよ」
彼女が俺の横を通り過ぎる時、何かを囁かれたが聞き取ることはできなかった。
そのことを察したのか、彼女は一度足を止めると俺の方を振り向く。
「未来が変わることを願っております」
そう告げると、重い扉が開き、部屋を出て行った。
冒頭、加筆しました。
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