飢饉に向けて④
「ルミアス、備蓄量のチェックと来年の収穫目安量についてなんだけどね」
「父上と相談済みなので、こちらの資料をどうぞ」
「え? あ、ありがとう」
渡してもらった資料を読み進めていけば、今年の倍ほど備蓄予定であると書かれている。
「今の畑の規模だと、この量の備蓄は厳しいんじゃないかな? 畑を大きくするにしても、なるべく一箇所じゃなくて地域を広げたいなって」
「はい。飢饉対策としての事業になると聞いたので、同じような環境下の畑を増やしているところです。雨に強い品種のみではなく、干ばつに備えて乾燥地域に適した作物も専門家の先生と相談中です」
テキパキと答えながら、ルミアスは書棚からまた別の書類を出した。
「麦のみではなく、芋類も育てようかと思っているのですが、ミルベラ様はどう思われますか?」
「うん。いいと思う」
前世でも芋類が主食の国があった。
麦だけに頼らないというのも大切な選択肢だろう。
「良かったです。何か聞きたいことがあれば、何でも聞いてくださいね」
「ありがとう。この資料、借りてもいいかな?」
「もちろんです」
そう言って笑顔で貸してくれた資料を、自室で一人読み進めていく。
「……突っ込みどころが何もない」
いや、なくていいんだけどね。
それにしたって、完璧すぎる。
資料をまとめて持つと、お父様の執務室へと向かう。
ノックをすれば、執事が開けてくれた。
中に入れば、王都の時ほどではないものの、お父様の大きな執務机には書類が積まれている。
「ミルベラ、何かあったか?」
「いえ、お聞きしたいことがあって」
そう聞けば、視線で先を促される。
「お父様もルミアスから報告を受けてましたか?」
「そうだな。それがどうした?」
「いえ。手紙とここで見た資料の差が気になって……」
本人ではなく、別の人に資料を作らせている。もしくは、私宛の時は情報をすべて開示していなかったか。
……その両方って可能性もあるわね。
「ルミアスから借りたのか?」
「はい。そうです」
頷けば、お父様は深いため息をついた。
「その資料はすぐにルミアスに返してきなさい」
「……どうしてですか?」
「お前に領地の情勢をすべて知られたくないからだ」
その言葉に突き放された気がする。
気持ちで負けないようにワンピースのスカート部分をギュッと握り、お父様を見据える。
「私はラットゥース家の娘です。隠す必要、ありますか?」
駄目なら、最初から飢饉対策に関しての指導を私にさせるべきではなかった。
けれど、それを許したのはお父様だ。
「状況が変わったんだ。国家事業となり、この話は大きくなりすぎた。嫁ぐ娘に詳細は教えることはできない」
「──っ。では、何故、私はお父様と共に領地へと戻ったのですか!?」
「お前がそれを望んだのだろう?」
たしかに、そうだ。
けれど、何もさせずに現状の把握もさせたくないのであれば、王都に私を置いてきた方が良いはず。
「……王都で何が起きてるんですか?」
「ミルベラ。知らされないということは、知る必要がないということだ」
握りしめていたワンピースから手を離し、お父様の執務室机の前に移動する。
「教えてください。知らないことは、時に罪です」
「だが、知ることは責任と枷をつくる」
執務室に両手をつけば、バンという音を立てた。
手のひらが痛い。
けれど、今はそれよりも、何も知らなかった罪が重い。
「そんなこと承知の上です」
どうせ苦しむなら、逃げないと決めたのだ。
「たとえお父様が教えてくれなくても、自力でどうにかしてみせます」
感情は高ぶっているけれど、出た声は冷静だった。
まずは王都に戻る。
そこからアリウムと連絡をとろう。国家事業のことも含めて、目の前にいるのに言い逃れなんかさせない。
「とにかく、ミルベラは動くな。お前が王都にいると殿下が動けなくなる」
「……どういうことですか?」
お父様は静かにため息をつくと、感情の読めない目で私を見る。
「今回の事業を殿下が無理に押し進めたのは、ミルベラが原因ではないかと噂されている。殿下の婚約者からミルベラを降ろそうと、強硬手段を取る者がいるとも限らない」
「つまり、王都に連れてきたのは、私を守るため……」
「そうだ。そして、この事業の一番の弱点はミルベラだからというのもある」
その言葉の意味を理解できず、眉間にシワが寄る。
たしかに私が立案した話ではあるが、主となって執り行ったのはルミアスだ。
「ミルベラ、特別な力をあることにすれば、すべて解決できる。先見の力なんてものは、見たいものを見れるわけでもなければ、確認のしようもない。対策をすれば防げる未来だ。先のことを考えれば、あるにしておけばいい。どうせ、誰にも真実なんて分からん」
その通りだ。
けれど、それは諸刃の剣でもある。
嘘だと露見した時、その罪は私だけで済むものではない。
「……お父様は本当に甘いですね」
私の言葉にお父様は静かに視線を落とす。
「お前だけには言われたくないよ」
冷酷だと言われているのに、家族にはこうなんだから。
そうか。だから、お姉様と共に一家断罪だったんだ……。
「王都での私は、さしずめ殿下に取り入って国家事業を行わせた悪女ってところでしょうか」
本当に、アリウムもお父様も嫌になる。
隠して守ろうとして、私を遠ざけるのだから。
「アリウムだけに戦わせるわけにはいきません」
「……策はあるのか?」
「あったところで、机上の空論ですよ」
結局のところ、飢饉が起きなければ納得はしない。
「私は悪女で結構です。けれど、味方を増やします。……手伝ってくれますか?」
社交界を避けていたから、私の知り合いはお父様の伝で重鎮の方々とは茶飲み仲間とアリウムの側近候補だけ。
重鎮の方々にお父様の娘として手伝う私ではなく、アリウムの婚約者として、私個人として認められなくてはならない。
「手伝いはしないが、会う機会くらいは用意してやる」
「ありがとうございます」
頭を下げ、顔を上げれば、お父様は窓の方へと視線を向けていた。
その視線の先は、どんよりと厚い雲が空を覆い、今にも泣き出しそうだった。




