飢饉に向けて③
***
「わぁーっ!」
馬車の窓からは黄金色が広がっている。
重くなった穂を風でたなびかせる姿からは、実りの豊かさを感じる。
「ルミアス、頑張りましたね」
「そうだな」
私の言葉を肯定しつつも、お父様の声色は平坦だ。
「何か、ありましたか?」
「……いや、よく一年でここまでの成果をあげたものだ」
「ルミアスたちの努力の賜物ですね」
窓の外に視線を向けたまま私は答える。
けれど、返事はない。
「……お父様?」
恐る恐るお父様を見れば、いつもと変わった様子はない。
「ミルベラ。何があっても、アリウム殿下の婚約者でいなさい」
「…………何故ですか?」
「外国の麦を栽培するのは国家事業になったからだ。取り組むかは、各領主の判断だが」
「……どういうことですか?」
そう聞く私に、お父様はわずかに眉を寄せる。
「殿下とミルベラが画策したのではないのか?」
「そんなことしません」
首を横に振れば、お父様の表情は険しくなった。
「緊急議会で、飢饉対策として、我が領で育て始めた麦を国で栽培すると殿下がお決めになった」
「──っ。いくらなんでも決まるのが早すぎませんか!?」
「そうだ。反対意見に耳も貸さず、決定事項として通達された」
強い風が吹き、馬車がガタリと揺れた。
窓の外は既に麦畑を通り過ぎ、流れの速い川が映し出されている。
「どういうことですか? アリウムらしくもない」
「この件で、殿下を支持していたいくつかの家が様子見に移った。次期国王として疑問を呈する声も出ている。だが、それが分からない方ではない」
一度言葉を区切ると、お父様の声のトーンは一段下がる。
「だから、お前が関わっているんじゃないかと思った。殿下が感情で動くなんて、ミルベラのことだけだ」
射抜くような視線に、ヒュッと喉が鳴る。
……アリウムが言う共に背負おうって、こういうことだったのだろうか。
一人で決めて、勝手に進めて、何一つ私には教えてくれない。
「詳しく、教えてくれませんか?」
「何故だ? アリウム殿下がお一人で始めたのなら、ミルベラには関係ないはずだ。放っておけばいい」
「できません。……私は、アリウムの婚約者です」
自分の知らないところで実は守られていたなんて、真っ平だ。
アリウムは共に背負おうのではなく、私の荷物を取り上げただけ。
「それに、アリウムの婚約者でいろと言ったのはお父様です。私にも知る権利はあるはずですよね」
「……なんだ、殿下の婚約者としての覚悟ができたのか」
「いえ、まったく。ですが、私の覚悟なんて世間は見ません。重要なのは事実です」
お父様の視線の鋭さが増した。
まるで品定めでもされているみたいだ。
「まぁ、どのみち、もう我が家も引き返すことは不可能だしな」
「……え?」
……どういうこと?
「殿下が無理に進めたこの政策、既に我が家は先駆けで行っていた。その意味、わかるな?」
「──っ! も、申し訳ございません」
下げた頭が上げられない。
国内で主に育てている麦に今のところ問題はなく、何も起きなければ、この事業は失敗に終わる。
飢饉が起きれば、民は苦しむ。
けれど起きなければ、アリウムとラットゥース家が事業の責任を問われる。
「ミルベラも飢饉対策として、麦を育て備蓄すると話したな。特別な力があった場合、国へ報告する義務がある。お前の答えは、ないでいいんだな?」
「…………はい」
いっそのこと、あれば良かったのに。
私に先見の力があれば、わかったかもしれない。
唇を噛みしめれば、血の味が口のなかに広がっていく。
「もしもの時、私はお前を切り捨てる。わかっているな?」
「もちろんです」
そんなことをすれば、ラットゥース家が罪に問われる。
断罪されるのは、私一人で十分だ。
「覚悟があるならいい」
風は更に強まり、ゴーゴーと音を立てている。
予定よりも半日遅れ、私たちは領地のラットゥース邸へと着いた。
***
馬車を降りれば、屋敷のものが勢ぞろいで出迎えてくれる。
その真ん中を堂々と歩いてくる青年が一人。
「父上、ミルベラ様。お待ちしておりました」
そう言って微笑む彼を、私は見上げた。
黒色の髪は見覚えがあるものの、私の記憶との彼があまりにも違いすぎる。
「道中、麦畑を見た。良くやったな」
「皆のおかげです」
「それでもだ。大変だっただろう? あとで詳しく話を聞かせてくれ」
まるで本物の親子のようなやりとりに、頭が追いつかない。
「ミルベラ様、お顔の色が優れませんね。長旅でお疲れなのでしょう……。ディナーまで休んでいてください」
「え? あ、ありがとう。えっと……ルミアス?」
「はい。もしかして、僕の顔を忘れてしまいましたか?」
どこかしょんぼりした姿が、私よりも背の低かった頃のルミアスと重なる。
「そ、そうじゃないの。あまりにも成長してたから驚いちゃって」
「そうでしたか。領地に来てから、急に背が伸びたのです。おかげで、毎晩骨がミシミシと痛くて寝不足でしたよ」
くすくすと笑いながら言うルミアスに、ふっと肩の力が抜ける。
「かっこよくなったね」
「……ありがとうございます」
お礼を言いながらルミアスが頭を下げると、私の耳元へと顔が近づく。
「アリウム殿下の婚約者は大変でしょう? 嫌気がさしたら、僕のところにいつでも来てくださいね」
囁かれた言葉に、慌てて右耳を手で隠す。
「……冗談ですよ」
くすりと笑うルミアスが、この一年で私の知らない男の人になってしまったみたいに思えた。
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