提案という名の命令〜アリウムside〜
ラットゥース公爵家の馬車が領地へと出発したとの情報を聞き、俺も急ぎ馬車へと乗り込む。
王都から西に位置するラットゥース領へと向かうのであれば、西の通行門を使用するはずだ。
「可能な限り急いで、西門に向かってくれ」
俺を乗せた馬車は王都内を走れる最速で駆け、時々ガタリと大きく揺れる。
西門へとつき、門番によればまだラットゥース公爵家の馬車は通っていないらしい。
間に合った。
ミルベラなしで話せるチャンスは多くない。
俺はルミアスが来るのを待った。
***
「邪魔するよ」
そう言いながら、通行門で止まったラットゥース公爵家の馬車へと乗り込む。
ルミアスは驚いた表情で俺を見たあと、ほんの一瞬だけ眉をしかめる。
「そんなに嫌がらなくてもいいだろう?」
「い、嫌がるだなんて、とんでもありません!」
首をぶんぶんと横に振るけれど、その眼差しは警戒心を隠しきれていない。
「そうか。じゃあ、少しだけ乗ってもいいよな?」
「え? は、はい……」
年齢に比して小さな体を縮こませて、ルミアスは頷く。
前の席ではなく、ルミアスの隣へと腰掛ければ、ルミアスの体はほんの少し窓側に寄る。
「ルミアスは、ミルベラをどう思っているのかな?」
「どうって……。とても慈悲深い、お優しい方だと思いますけど……」
困惑した様子で答えつつ、回答はそつがない。
俺は意識して親しみの持てる笑みを浮かべ、一つ頷く。
「そうだね。じゃあ、ミルベラの甘さをどう評価してる?」
ルミアスは、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、小さく首を傾げる。
「それって、僕に対してのことでしょうか?」
「察しがいいね。で、答えは?」
「どこが甘いのか、僕にはよく……」
なるほど。ミルベラの味方はしないのか。
あんなにも可愛がられ、懐いていたようなのに……。
「では、質問を変えよう。ルミアスにとって、ミルベラはどういった存在だ? 保護者か? それとも、姉のようかな? あぁ、理解できない存在ということも考えられるか」
「……どれも、あてはまりますよ。その時々で見せる表情が変わりますから。本当に不思議な方です」
そう答えたルミアスは、にこりと笑う。
表面だけ整えられた笑みに、疑っていたものは確信へと変わる。
あぁ、最高だ。ならば、こちらも容赦する必要がない。
自然と口角が上がっていくのを感じる。
「なるほどな。では、何がそんなに気に食わないんだ?」
「…………え?」
「だって、そうだろう? 慕っている相手のことを話すのであれば、もう少し嬉しそうな顔をするものじゃないのか?」
表情は取り繕えたみたいだが、目が口ほどにものを言っているんだよ。
その瞳の奥に燻る、重いものは何だろうな。
苛立ちや羨望、嫌悪……。多すぎる感情が絡まっているようだが……。まぁ、そのすべては俺には関係のないもの。
ミルベラとの未来のために、使えるものは使う。それだけの話だ。
「……それは、アリウム殿下とお話しすることに緊張してしまったからではないでしょうか」
「へぇ? そうなのか? ま、それでもいいけどね」
笑いかければ、ルミアスは顔を強張らせ、グッとこぶしを握りしめる。
追及を逃げるか。いいね、丁度いい駒になりそうだ。
では念のため、間違えることのないように確認しよう。
「なぁ、ミルベラに忠誠を誓えるか?」
驚きに見開かれた目が俺を見る。
必死にこっちの意図を探ろうとしているみたいだが、今のルミアスには無理だろう。
俺の立場は、簡単に気持ちを悟られるようじゃ、いつ何時、足元をすくわれ、傀儡にされるかわかったもんじゃないからな。おまえとは、場数が違う。
「僕が忠誠を誓うべきなのは、国だと思うのですが……」
「表向きはな。で、ミルベラに忠誠を誓って生きていけるのか?」
「……アリウム殿下がそれを望むのでしたら」
そうか。それが答えか。
「ルミアスは、ミルベラより俺を選ぶんだな」
「な、何を──」
「なぁ、ルミアス。俺につけ。悪いようにはしない」
お前が完全なミルベラの味方になることは、これから先もないだろう。
ならば、俺の下につけることを迷う必要はない。
「で、できません。僕はラットゥース家に入ったんですから……」
「そうか。では、ラットゥース家のために生きるのかな?」
「もちろんです」
国に忠誠を誓うべきと言いながら、ラットゥース家のために生きるという。
この矛盾に、俺が気づかないとでも?
「では、ここからは提案だ。ラットゥース家のためにミルベラの様子を報告してくれないか?」
「…………え?」
「ミルベラは、時々思いもよらない行動をする。食糧の備蓄の件も、ミルベラの提案なのだろう? 状況によっては、ラットゥースが罰せられる」
俺がそんなことはさせない。
だが、情報は多く、早いに越したことはない。
「ルミアスが領地に向かっているのは、他国の麦を栽培してみるためだったか?」
「そ、そこまでミルベラ様から聞いたのですね」
「……いや? 備蓄への国に対する申請と、ラットゥース家の動向を見ていればわかる」
ミルベラは何も話してくれない。
だから、俺はラットゥース家の動向を探らせている。公爵が許すだろうギリギリの範囲にはなっているが……。
「今回の件、万が一咎められることになったら、ルミアスも他人事じゃないよね? 現に、領地へと向かうのはルミアスだ」
俺を見るルミアスの瞳に映る警戒心が強くなる。
「もう、前の家に戻りたくはないのだろう?」
「──っ」
そう言った瞬間、ルミアスの視線が鋭くなった。
ルミアスのことは徹底的に調べた。生家を選ぶことはまずないだろう。
「ミルベラについて詳しく報告しろ。お前に求めるのは、それだけだ」
自身の内側に入れた人間に、ミルベラは弱い。
俺を入れてくれないのであれば、そこにいる者を取り込むだけだ。
「……できるよな?」
そう問いかける俺に、ルミアスは静かに頷く。
「…………アリウム殿下の望むままに」
俺を見るルミアスの瞳に色はなく、貼り付けられた笑みを浮かべる直前、表情は抜け落ちていた。
そんな彼に俺は微笑む。
「ありがとう。これからよろしく頼むよ」
なぁ、ルミアス。お前はいざという時に切り捨てられる、本当に最高の駒だよ。




