養子を迎えましょう⑥
結局、すぐにルミアスが領地へ行くことはなく、畑を新たに作るための土地の調査と、現地で農業を行う人や専門家の雇入れ、国への備蓄申請が優先されることになった。
その間、ルミアスは農業や麦の品種に、天災についても今までの勉強に加えて学んでいる。
「ミルベラ様、この品種なんですけど、雨には強いですが日照りが続くと枯れてしまうそうです。そうなると、この地域では難しいかもしれませんね。ミルベラ様はどう思いますか?」
「そうね、いいと思うわ。では、領内のどの地域ならよく育ちそうかしら」
前よりも主体性を持った発言をできるようになったルミアスは、積み重なっている資料の一つを手に取りページをめくる。
「ここか、ここ……ですね。問題は他の品種を試す箇所と距離が遠いことで合ってますか?」
「……その問題を解決するか、他の品種にするか、考えないとね」
ただ、一つ考えるたびに私の意見を聞いてくるのは、どうなんだろう。
そう思っていると、無言で何か言いたげにルミアスは私を見上げてくる。
「えっと……、どうかした?」
視線が合っても何も言わないので、そう聞けば、ルミアスは少し拗ねたように唇を尖らせた。
「最近、頭撫でてくれないですよね……。僕、頑張ってるのに……。僕、何かミルベラ様を怒らせることしちゃいましたか?」
「あ、えっと……。たしかにルミアスは頑張ってるわ。でも、よくよく考えたら私とは二つしか年齢も変わらないし、子ども扱いするのは良くないと思って」
じっと私を見るルミアスの瞳に、何故か気圧されてしまう。
そんな私にルミアスは雰囲気を和らげ、笑いかける。
「僕は嬉しいので、続けてくれませんか? ミルベラ様の撫でてくれる手は優しくて、ここにいていいよって言ってるみたいで安心するんです」
にこにこと、当たり前のようにルミアスが待っている。
「うん。でも、やっぱりけじめはつけないと。ルミアスはラットゥース公爵家の当主になるんだもの」
「……そうですね。王妃になってミルベラ様は、この家から出ていきますもんね」
「──っ!?」
ぼそりと呟かれ、視線に鋭さが混じる。けれど、それも一瞬のことでルミアスは困ったように眉を下げた。
「いえ、よくわかりました。弁えず、困らせてしまい、すみません。さ、続きをやりましょうか」
ルミアスは、さっさと視線を資料へと向けてしまう。
あまりにも切り替えが早く、幼さを見せていた彼とイメージが繋がらない。
ルミアスがさっき一瞬だけ見せた鋭利な視線が頭から離れず、思わずじっと見てしまう。
「そんなに見つめられると、どうしたらいいのか困っちゃいます」
照れ笑いを浮かべる姿は、いつもの幼さがある。
気のせい……だよね?
引っかかりを覚えるものの確かめようもなく、ルミアスの勉強を再開した。
***
半年ほど経ち、ついにルミアスが領地へと旅立つ日が来た。
専門家は既にラットゥース領で土地の調査を開始している。
ルミアスを見送るべく玄関ホールへと向かう前に、私はお姉様の部屋を訪れた。
扉をノックして、お姉様付きの侍女が開けてくれたので、中に入る。
「ミルベラ、何の用かしら?」
「──っ。あ、えっと、一緒にルミアスを見送らないかと思いまして……」
ベラと愛称ではなく、名前で呼ばれたことに動揺しながらも、用件を伝える。
すると、お姉様は扇子で顔を隠すと、首を傾げる。
「何故?」
「え?」
「だから、何故と聞いているのよ」
「それは……」
仲良くなってほしいなんて、私の一方的な想いだろう。
難しいのはわかっているけど、それでも家族から見送られるという経験をルミアスにしてほしかったのだ。
ここに、ルミアスの居場所があると感じさせてあげたかった。
そこまで考え、ふっと自分の思考に違和感を覚える。
あげたかったって、何?
自身の感情に戸惑っていれば、お姉様は冷たい眼差しを私に向ける。
「言えないなら、出ていきなさい」
温度のない声に肩が揺れた。
当たり前だ。私が悪い。
「申し訳ありませんでした」
頭を下げ、お姉様に背中を向けて部屋を出ようとすれば、大きなため息が後ろから聞こえてくる。
「ミルベラ、今夜は屋根裏部屋で反省なさい。それと、あの男の異常性から目を逸らすのをやめないと、痛い目を見るわよ」
「あの男……ですか?」
思わずアリウムの顔が浮かび上がる。
けれど、アリウムの婚約者になるように勧めていたお姉様が、そんなこと言うだろうか。
「ルミアスよ」
「…………へ?」
「あの男、信用するのはおやめなさい」
「どう……して…………」
戸惑う私からお姉様は視線を逸らすことなく、言い切った。
「勘よ」
あまりにも堂々としていて、思わず「なるほどー」と思ってしまう。
「いや、勘って……」
「私の勘は当たるわよ。ミルベラ、あの男はあなたの手に負えないわ。手を引きなさい。これが、姉としての最後の忠告よ」
そう言いながら扉を開いたお姉様に押される。
部屋から押し出され、目の前で閉められていく扉に、私は何も言えなかった。




