養子を迎えましょう④
「エリーカ!? オ、オーガスタ皇子、ご挨拶申し上げます」
臣下の礼を取りながらも、お父様は「どういうことだ?」 という視線を私に向ける。
小さく首を振れば、すべてを察したのだろう。お父様の表情が宰相のものへと変わった。
「ラットゥース公爵、事前に私からも文を出せば良かったね。気がまわらず、驚かしてしまったようだ」
「とんでもございません」
宰相として、ラットゥース公爵家の当主としてお父様がオーガスタ皇子に挨拶をしている間に、お姉様はカツカツとヒールを鳴らしてルミアスの前に立つ。
「まったく、何故このように我が家に相応しくない者を養子にしたのかしら……」
扇子で口元を隠し、お姉様は冷たい視線をルミアスに向ける。
「お、お初にお目にかかります。ルミアスと申します。えっと、エリーカお姉様……」
怯えながらもおずおずとルミアスが挨拶をし、お姉様の名前を口にした瞬間、お姉様の纏う雰囲気が変わる。
「その卑しい口で、姉と呼ばないでちょうだい」
扇子を閉じたのを見て、サーッと血の気が引いた。
ま、まずい……。
ルミアスの方へと足を踏み出すけれど、私の手はアリウムに摑まれ、ルミアスの方へと行くことができない。
「ルミアス、逃げてっ!」
そう叫んだ瞬間、お姉様は扇子を振りかざす。
「ルミアスっ!!」
頬を打たれた衝撃で床へと倒れたルミアスは、静かにお姉様を見上げた。
その瞳には、恐れも混乱も何一つなく、まるで世界と自身を切り離したような空虚な色をしていて、ぞわりと肌が粟立つ。
「アリウム、離してください」
「駄目だ」
手を引いても離してくれないアリウムを睨みつける。けれど、手の力は強くなるばかりだ。
私が何もできない間に、お父様はルミアスとお姉様の間に立ち、オーガスタ皇子はそっとお姉様の後ろから肩に手を乗せる。
「オーガスタ様、離してくださる?」
お姉様はオーガスタ皇子の手を扇子でどけ、お父様を見上げる。
「お父様もおどきになってくださるかしら?」
「……エリーカ、どういうつもりだ」
「あら、教育的指導をしただけですわ。身の程を知らないと苦労しますもの」
口元に笑みを浮かべ、お姉様はお父様と対峙する。
オーガスタ皇子は静観を決めたらしく、腕を組み、見定めるような視線をお姉様へと向けた。
あぁ、最悪だ。
思ったより、状況が悪い。
とにかく、この場をおさめないと。
「お姉様っ!」
これでもかと大きな声で呼べば、不快だと隠すことない表情でお姉様は私を見る。
「私がルミアスに姉と呼んでほしいと頼んだんです。弟ができて嬉しくて……、私もお姉様みたいになれるかもって思ってしまったんです。私が軽率でした!」
手を離してくれないアリウムの手を思い切り振りほどき、ルミアスを隠すように立つ。
私を呼び止めるアリウムの声が聞こえたが、これは家族の問題だ。口も手も出さないでほしい。
「……そう。たしかにそれは軽率ね。だけど、良いと言われたからと、姉と呼ぶのはどうなのかしらね」
「家族になるんです。いいじゃないですか」
「ベラはこの薄汚い者を本当に家族だと思うの? 私には思えないわ」
ハッと鼻で笑いながらお姉様が言うと同時に、お父様が手を一つ叩く。
ぱんっと響いた音に、玄関ホールは静寂に包まれる。
「言い争うのはやめなさい。まずはルミアスの手当てが先だ。オーガスタ皇子、アリウム殿下、みっともないところをお見せして申し訳ありません」
その言葉に私も慌てて頭を下げる。
お姉様は、興冷めだと言わんばかりの表情でカツリとヒールを鳴らして歩き出した。
「オーガスタ様、もう行きましょう」
「あぁ、そうだね。公爵、面白いものを見させてもらったよ。ありがとう」
何を考えているかわからない微笑みを浮かべ、オーガスタ皇子はお姉様の隣に立つと、当たり前のようにお姉様をエスコートして玄関ホールから去っていった。
「ミルベラも、もう行きなさい」
「しかし……」
扇子の角が当たったのだろう、頬を腫らし、わずかに血の滲んだルミアスの前へとしゃがみ、その頬へとハンカチをあてる。
「ルミアス、ごめんなさい……」
「いえ、僕が悪いんです。ミルベラ様は謝らないでください」
線を引かれた。
そう感じるけれど、当たり前だ。
手を差し伸べるだけ差し伸べて、助けられなかった。
「ミルベラ、行くぞ。話がある」
腕をぐいと引かれ、アリウムに立たされる。
半ば引きずられるように連れて行かれたのは、さっきまでいた応接間だ。
二人きりになると、アリウムは私をソファーへと座らせ、その前に座る。
「ミルベラ、あなたはただルミアスを甘やかしたいのか?」
「……え?」
「ラットゥース公爵家の跡取りとして育てたいのであれば、近すぎるのは毒だ」
あまりにも迷いなく言われる。
けれど、その意味がわからなくて私はアリウムを見つめ返すことしかできなかった。




