養子を迎えましょう①
今日、ラットゥース家の養子となるルミアスが来る。
お父様と相談のもと、お姉様がオーガスタ皇子とのデートで家を空ける日、つまり今日にルミアスを迎えることに決めたのだ。
先にお姉様への注意点をしっかりとルミアスに教える。これが今日の私の任務である。
ルミアスがなるべく緊張しないようにと手持ちの中でも動きやすいワンピースに着替え、鏡の前で笑顔の練習をする。
「はじめが肝心だもんね」
ルミアスに裏切られるのを阻止するためにも、良好な関係を築くんだ!
そう意気込み、ルミアスを出迎えるために玄関ポーチまで来たのだけれど、何故かもう出かけているはずのお姉様が私の隣に立った。
お姉様は真っ赤なドレスを身に纏い、真っ赤な口紅を引いて、デートに行く身支度は終えている。
それなのに、どうして? 時間変更があったとか?
「お、お姉様? お時間は大丈夫なんですか?」
「えぇ、行くのはやめたわ」
「……へ? や、やめた!?」
「そうよ。養子を迎えるという我が家の一大事。私がいないわけにはいかないもの」
当然でしょう? とばかりに言われるけれど、それでは困る。
というか、帝国の皇子とのデートキャンセルって、まずいんじゃ……。
サーッと血の気が引いていく。
「お姉様! 今からでも間に合います! デートに行きましょう!!」
「嫌よ」
「嫌とかの問題じゃありませんって。我が家の事情でデートキャンセルなんてして国際問題にでもなったら、どうするんですか!?」
私の言葉にお姉様が不快だと言う様に目を細める。
けれど、今回はそれで引くわけにはいかない。
このことをきっかけに帝国との関係が悪化し、ラットゥース家が責任を問われるという最悪のシナリオが頭の中でぐるぐると回る。
「ベラ、私の考えを否定するのかしら?」
扇子をサッと広げ、冷たい視線と声を向けられる。
いつもなら、ここで引く。
だけど、今日はそれらを受け止めて真っすぐにお姉様を見た。
「帝国の皇子との関係悪化により、ファルコスタ王国の、ラットゥース家の不利益になる可能性がある以上、黙っているわけにはいきません」
私の言葉に、お姉様は心底意味が分からないというように首を傾げる。
「何故、オーガスタ皇子との関係が悪化するのよ」
「お姉様がデートをキャンセルするからですよ。お姉様と交流を深めるために、皇子はわざわざファルコスタへと来てくださいますのに……」
それを家の用事で断るなんてあってはならない。
家の予定をずらすか、キャンセルすべきである。
「キャンセルなんてしてないわ」
「ドタキャンですか!?」
お姉様が言い切る前に、私は叫んだ。
最悪だ……。
普通にキャンセルしたのかと思ってたけど、ドタキャンだなんて。これもうリカバリー不可なんじゃ……。
「ドタキャン? ベラ、また意味の分からない言葉を使っているわ」
「あ、すみません……。約束の直前に予定をお断りすることです」
そうか、ドタキャンは前世の言葉か……。
妙に冷静になった頭でそう答える。
何だろう。ここまで危機的状況となると、逆に冷静になれるのは。
とりあえず、オーガスタ皇子への謝罪の手紙と品物を用意しないと。それから、どうにかしてお姉様を皇子の元へと連れていきたい。
お姉様は一度こうと決めたら、説得が大変なんだよなぁ……。どうしたものか。
あーでもない、こーでもないと頭の中で今後の算段を立て始める。
「何を勘違いしているのか分からないけど、デートはするわよ。オーガスタ皇子が我が家に来るもの」
その言葉を聞いた瞬間、立てていた算段を投げ捨てた。
思わずお姉様を凝視するけれど、扇子でパタパタと自身を扇いで涼しい顔をしている。
えっと……今、来るって言った?
いやいや、まさかね。聞き間違い……だよね? というか、そうであって!!
「…………今、いらっしゃるって聞こえたような気がしなくもないのですが」
「えぇ、来ると言ったわ」
さも当然のように頷かれるけれど、その話は初耳だ。
「……お父様かお母様にお話しました?」
「してないわね」
さっきとは、別の意味で血の気が引いていく。
すぐにでも出迎える準備をさせないと!!
そう思っていれば、冷静で取り乱したことなど一度もない執事が大慌てでこちらへと駆けてくる。
「大変でございます。アリウム第一王子とオーガスタ第三皇子がいらっしゃいました!!」
あ、終わった……。
じゃない、どうにかしないと!
何の準備もなく王族を、しかも他国の皇子もいる状態でお招きなんてあり得ない。
「す、すぐに応接間にお通しして準備を──」
「ミルベラ様はすぐにお召し物を変えていらしてください!」
執事の声に自身の格好を見れば、私が着ているのはワンピース。そして、隣にいるお姉様が着ているのは、すぐにでもパーティーに行けそうなドレスだ。
「き、着替えてきます!」
お父様はルミアスを迎えに行って、家にいない。
お母様は恋愛話が大好きすぎて、今日という日には普段の力を発揮するどころか、王族相手に根掘り葉掘り聞き出しそう。
お姉様は当然、自分のペースを崩すはずもない。
え、ここにルミアスまで来るとか、どうなっちゃうの!?
「アリウム殿下とオーガスタ第三皇子がいらっしゃいました。今からできる最大限のおもてなしをしてください!!」
自室に走りながらもすれ違う使用人たちに叫べば、皆が血相を変え、靴音を響かせながらバタバタと走っていく。
あぁ、お父様。早く帰ってきて……。
「なんでアリウムは前触れをくれなかったのよ」
アリウムさえ来るって事前に連絡をくれれば、こんなことにはならなかったのに……。
知らず知らずのうちに、アリウムとの距離が近づいていることに気付きもせず、心の中で八つ当たりをした。




