いつかのために、誓約書を交わしましょう⑥
次の日、王城へ向かう馬車の中でお父様は頭を抱えていた。
「いいことだ。いいことなんだ……」
ぶつぶつと自身を言い聞かすように呟く姿は、とてつもなく話しかけにくい。
「あの、お父様……」
「何だい、ミルベラ」
そう言いながら上げた顔は、疲れ切っている。
「その、大丈夫……ですか?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。まさか娘が二人揃って王族と婚姻するとは思ってなかっただけだから。はは、はははは……」
あ、これ、大丈夫じゃないやつだ……。
から笑いするのを見て、思わず聞くのを躊躇した。
けれど、養子を取るのであれば、お父様は少しでも早く後継者教育を始めたほうがいいと考えるはず。今聞かなかったら、次に聞けるタイミングには、もう動き出しているかもしれない。
「お父様、ラットゥース家は誰が継ぐことになるのでしょうか?」
意を決して聞くと、お父様はとても重いため息をこぼす。
「養子をとる以外、ないだろうな……。私としては、ミルベラに継がせたかったのだが、こうなった以上仕方あるまい」
「えっ!? 私が婿を取って、その方が領地経営をするのではないんですか?」
「そんなことするわけないだろ。何のために、ミルベラに後継者教育をしてきたと思っているんだ」
えっと……私、いつそんな教育を受けたんだろう。記憶にないんだけど……。
「ミルベラがアリウム殿下に目をつけられるとは、予想外だった。殿下は王妃として積極性のある令嬢を選ぶと踏んでいたが、まさかこんなにも見る目があるとは……」
いや、見る目というか、面白がられたというか……。
「養子のあてはあるのですか?」
「あぁ、とても優秀だと聞く子どもがいる。だが、その子を養子に迎えるとあれ等が面倒でな」
「あれ等とは?」
「その子どもの親だよ。あれは、どこまでも自分の利益になるものを手放さないだろう」
あー、なるほど。
小説でも、両親との間に良い思い出はないって言っていた気もする。
「厄介ですね」
「金の無心に来るくらいならまだ可愛いものだな。代替わりした途端に、下手したら屋敷に住み着くぞ」
「そこまでですか!?」
「そこまでだ」
これは、お父様が頭を抱えるわけだわ。
「他の方を養子にするのは……」
「それも考えたが、ラットゥース家の当主としての器に足りる者が他にいないんだよ」
そっかぁ。公爵家当主ともなると、並大抵じゃ駄目なんだ……。
って、お父様、私を次期当主にするつもりだったんだよね!?
小学生レベルの計算や知識がこの世界では革命的なことだなんて思いもよらなかったから、前世感覚で書類を作ったりしたの、やっぱりまずかったよなぁ。
「どのみち、誰を養子に取ってもミルベラには劣るだろうが、致し方ないさ」
うわぁ……。前世知識でチートしちゃってただけなのに、いたたまれない……。
「お、お父様? 私程度でしたら教えればすぐにできるようになりますよ!」
お願い、私と比べないで!
そう思って言ったのだけど、お父様は安堵したような顔をする。
「そうか。悪いな、面倒をかける」
「いえいえ、そんな……。え? 面倒をかける?」
どういうこと? それって、まさか……。
嫌な予感がする。
「ミルベラが学問を教えてくれるのだろう?」
さらりと言ったお父様に、今度は私が頭を抱えたくなった。
将来的にラットゥース家を裏切るって知っているから、できるだけ関わらないつもりだったのに……。
「ちょ、ちょっと待ってくださ──」
「その子どもを気にかけてやりたいが、時間がなくてな。ミルベラから申し出てくれて、助かったよ」
あ、詰んだ。これ、断れないやつだ……。
うー、仕方ない! それならせめて、その立場を利用して、私にとって都合の良い方向にしないと。
「……わかりました。私にできることはやります。その代わりと言ってはなんですが、お願いがあるんです」
「何かな?」
「養子を取るのは、お姉様が嫁いでからにしてくれませんか?」
「それは無理だな」
「どうしてですか!? お父様だって、お姉様の性格をよくご存知ですよね?」
そう言うと、お父様は渋い顔をする。
「ミルベラの言いたいことはわかる。だが、時間がないんだ。エリーカが嫁ぐ頃には、ミルベラだってもう家にいないだろうしね」
「──っ!」
そういうことか!
私は小説でアリウムとヒロインが結ばれると知ってるし、その出会いが三年後だとわかっている。
だから、私が嫁ぐことはないと当たり前のように思ってたけど、お父様はそうじゃないんだ……。
これ説明できないやつじゃん。どうすればいいの!?
「そう心配するな。エリーカもミルベラのことは、あれでも大切に思っているようだし、ミルベラが面倒を見ていると知れば、そこまでつらく当たることはないだろう」
「本当にそう思うなら、私の目を見て言ってくださいよ!」
露骨に視線を逸らされて、信じられるわけがない。
そもそも、お姉様は誰が世話を焼いているとか、気にしないって!
じとりと見れば、お父様は咳払いをする。
「とにかくだ。養子としてなるべく早く迎える予定だから、そのつもりでいるように」
「……わかりました」
渋々、頷く。
何一つ事態は好転しないまま、私たちを乗せた馬車は王城へとついた。
「ではお父様、私はアリウム殿下のところに──」
「ミルベラっ!」
行ってきますね。と続けるはずだった言葉は、どこか弾んだ声で呼ばれ、最後まで音となることはなかった。
「……アリウム」
「待っていたよ」
そう言いながら、アリウムは早足で私のところまでくると、さらりと私の手を取り微笑む。
「私から行くと伝えていたはずですが」
「だが、出迎えに行ってはいけないとは言われてない。少しでも早く会いたかったんだ」
嬉しそうな表情に、どう反応すればいいのか分からない。
思わず視線を逸らせば、お父様が信じられないものを見るような目を、アリウムに向けていた。
「その……ミルベラ、良かったな。愛されているようで」
戸惑いを隠すことなく言われ、肯定も否定もできず、曖昧に笑う。
一瞬だけアリウムから強い視線を感じたけれど、気付かないふりをする。
「ラットゥース公爵。愛されているようではなく、俺はミルベラを愛している」
「さ、左様ですか……」
お父様の返事に、アリウムはにこりと笑う。
「帰りは公爵家まで送り届ける。公爵は、ミルベラを待たなくていいぞ」
「承知しました」
「では、ミルベラ行こうか」
そう促されて向かった先は執務室……ではなく、何故かアリウムの私室であった。
あけましておめでとうございます。
本年も、よろしくお願いいたします。




