いつかのために、誓約書を交わしましょう⑤
返事を待たずに入ってきたお姉様は、私を見るなり顔をしかめる。
「ベラ、すぐにベッドに入りなさい」
「え?」
「美しくないわ。何よ、その顔は……」
私をベッドへと引っ張っていき寝せると、お姉様はその横に腰掛けた。
「何で泣きそうな顔をしているのか聞いてるのよ」
「…………そんなことは」
「また黙りなのね。ベラは昔から言いたくないことを聞かれると、それなんだから」
聞き分けのない子どものように言われてしまう。
だけど、その黙りの原因って、いつもお姉様だったんだよなぁ……。
余計なことを言うと地雷を踏み抜くから、黙るしかなかっただけだし。
まぁ、今は違うけどさ。
「何? そんなにアリウム殿下との婚約が嫌なの? この国一番の好条件よ。どこが不満なのよ」
「……どうせ、別の人が良くなるから」
「あら、殿下はベラの好みじゃなかったのね。ま、そこは家のためだと思って諦めなさい」
「そうじゃなくて、アリウムが別の人が良くなるってことです」
そう答えれば、お姉様は目を輝かす。
「あら、お名前で呼んでるじゃないの。好きだからこそ不安ってやつかしらね。ベラ、あなたはこの世で二番目に美しいのよ。私が嫁げば国一番の美女はあなたなのだから、自信を持ちなさい」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、何なのよ?」
何って……。
聖女が現れて、私が悪役令嬢になるなんて言えるわけない。
「……何でもないです」
「そう。なら、これでベラの悩みは解決ね」
まったく解決していないけれど、誰にも言えないので頷く。
「では、私のターンね。オーガスタ皇子に求婚されたわよ」
さらりとどこか自慢げにお姉様は言う。
「…………えっ!?」
「何よ、その反応は」
「いやだって、今日出会ったばかりですよね?」
「そうね」
「……早すぎません?」
「ベラだって、同じでしょ」
いや、そうなんだけどね。
オーガスタ皇子は一応お忍びだったわけだし。そんなことしちゃっていいの?
まぁ、母方の姓を名乗ってたくらいだから、あまり隠す気はなかったってことかな。
それにしても、もう求婚か……。
「お姉様、即求婚は一般的なんですか?」
「さぁ、そんなことはないんじゃないかしら。ま、私くらい美しければ、出会った瞬間に求婚を受けたところで何ら不思議はないわね」
いや、不思議だらけだよ。
って、それよりもお姉様はオーガスタ皇子をどう思ったんだろう。
「お受けしたんですか?」
「当たり前でしょう? 帝国ですもの、断るわけないわ」
「では、オーガスタ皇子はお姉様のお眼鏡にかなったのですね」
「そうね。一番力を持つ帝国の第三皇子だもの。皆、私に跪くわよ! おーほほほほほ」
うん、お姉様はそうだよね……。
高笑いをする姿を遠い目で見ていれば、お姉様はぴたりと動きを止めた。
「おーほほほではなく、あーはははにしてとは言わないのかしら?」
「え、あ、はい……」
もうお姉様が悪役令嬢になることはなさそうだしね。
「何だか調子が狂うわね」
「そうですか?」
「えぇ。頭はいいのに、お馬鹿なことを言うベラが面白かったのに、いつもの反応がないと落ち着かないわ」
そういうものかな。
今はツッコむ元気はないけど、お姉様が喜ぶのなら、気持ちが回復したら、またやろう。
「……世界で一番幸せになれそうですか?」
「もちろんよ」
自信満々に答えるのを聞いて、ホッと胸をなでおろす。
一先ずお姉様は悪役令嬢から脱したのだ。
私が悪役令嬢ポジションになってしまったけれど、お姉様が悪役令嬢になるよりかは、ずっといい。
お姉様だと迷うことなく悪役令嬢やって、一家全員処刑コース真っしぐらだろうし。
「お姉様、おめでとうございます」
「えぇ、ベラもおめでとう。頑張ったわね」
極稀に見せる穏やかな笑みに、何だか心がムズムズとする。
そういうとこ、ズルいんだよなぁ……。
「絶対に幸せになってくださいね」
「えぇ、ベラも世界で二番目に幸せになるのよ」
あぁ、傲慢で自分勝手なのに、やっぱりお姉様が大好きだ。
お姉様が悪役令嬢を回避するのに、私がアリウムと婚約することが、もし必須条件だったのだとしたら、やっぱり私は迷いながらも自分が悪役令嬢になっただろう。
たまたま私が選ばれたけれど、きっとラットゥース公爵家は家格的に婚約者候補筆頭だっただろうしね。
「お父様にはもう報告したんですか?」
「まだよ。言うなら、ベラが一番でしょ」
「お姉様……」
「お父様に言ったら、誰が家を継ぐんだって頭を抱えて話が長くなりそうだもの。明日にするわ」
さらりとお姉様は言い切るけれど、私はピタリと動きを止めた。
養子? 何か、そんな話があった気がする……?
あ、最後にラットゥース家を裏切るあのキャラか?
実は聖女サイドだったという……。
サーッと血の気が引いていく。
どうして忘れていたのだろう。たしか、ラットゥース公爵家は遠縁から跡継ぎのためにと養子を取って、お姉様はやっぱりその子を悪役令嬢らしく虐げていた……はず。
お姉様、悪役令嬢からまだ完全には脱却してないかも……。
いやいや、そんなこと……。
ちらりとお姉様を見て、気に入らなかったらやるな……と、妹としての直感が言う。
これは、早急に帝国に嫁いでもらうに限るな。
寂しいとか、そんなことを言っている場合じゃない。
お姉様が嫁ぐまでは、私のことだけじゃなく、お姉様も悪役令嬢にならないように気をつけないと。
とにかく、明日お父様に養子を取る時期を相談しよう。
お父様だってお姉様の性格を知っているはずだし、お姉様が嫁いでからにしてもらえないか話さないとだ……。
お読みいただき、ありがとうございます。
本年もお世話になりました。
初の書籍が発売したりと、実りの多い一年でした。
来年も何かしら良いお知らせができるよう頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたします!!
では、皆様、良いお年をお迎えください。
私はぐーたらします!!




