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いつかのために、誓約書を交わしましょう④


 家へと着き、両親にはアリウムと共に帰ってきたこととドレスに驚かれた。

 事情を聞きたそうにしていたけれど「今日は疲れたから……」と説明するのを避けようとした。けれど──。


「俺が説明しておこうか?」


 アリウムが笑顔で爆弾を投げ放つ。

 それ、駄目なやつー! と、心の中で悲鳴をあげながら、必死にアリウムに念を送る。


 お願い、今すぐ帰って!

 お母様に説明とか大変すぎるから! お父様経由が一番だからー!!


 必死にアリウムの服の裾を握り、じっと見ていれば、アリウムは小さく頷いた。


「──と思いましたが、パーティーを抜け出して来たので、今すぐ帰らなくてはなりません。ミルベラも疲れているようですし、また後日お伺いします。詳しいことは、その時にご説明させていただくので、よろしいでしょうか?」


 ありがとぉぉぉぉぉ!!

 ナイスだよ、アリウム!

 何て思っていれば、アリウムが私に向かってふっと微笑んだ。


「ミルベラ、ちゃんと休めよ」


 ポンッと頭に手を置かれ、終わった……と思った。

 お母様の目がキラキラとしている。

 これは根掘り葉掘り聞かれるやつだ。


「アリウム、明後日は父の仕事を手伝うふりをして、私の方から行きます。王城で待っていてください」


 アリウムにだけ聞こえるように小声で言えば、何故? と視線を向けられる。


「お母様、恋愛話が大好きなんですよ。捕まったが最後、誓約書の話は一切できないと思ってください」


 早く聞きたくてうずうずしているお母様にアリウムは一瞬だけ視線を向けると、納得したように頷いた。


「わかった。逃げるなよ」

「……逃げませんよ」


 できることなら、そっちも逃げたいけどね。

 私はどうやってお母様から逃げようか考えながら、アリウムを見送った。


 ***


 ドレスを脱ぎ、化粧を落とし、入浴を済ませ、部屋に誰もいないのをいいことに、ベッドへとダイブする。


「あー、疲れた……」


 お父様が「疲れているだろうから、ゆっくり休ませてあげさなさい」と間に入ってくれたおかげで、どうにかお母様から逃げ切れて良かった。

 お母様の恋愛話好きには、困ったものである。


 お母様ったら「娘と恋愛話できるやっとの機会なのに……」って、泣き真似までしてたもんなぁ。

 まぁ、私は今までそういった話を一度もしたことないし、お姉様はお姉様で「私に相応しいのは……」といった感じだから、お母様の望んだものではなかったのだろう。

 とは言っても、今回もお母様の望むような話は……できるな。王族に見初められるなんて、お母様の大好物だわ。


 うん、お母様の気持ちが落ち着くまでは、逃げよう。

 そう決意しつつ、体を起こす。

 このまま寝てしまいたいけれど、その前にやっておきたいことがあるのだ。


「記憶、整理しとこう……」


 鍵のかかる引き出しから一冊のノートを取り出し、ぱらりとページをめくる。

 この世界が『夢見の聖女はあきらめない』というライトノベル小説だと気が付いた時に、覚えていることを書き出しておいて良かった。

 そのおかげで、思ったよりも冷静でいられる。


「うーん。ラディアとアリウムが出会うのって、やっぱり三年後くらいなのかな」


 聖女ラディアが夢見の力を発現させるのは、彼女が十六歳の誕生日で、今からおよそ一年後。

 そこから、その力の意味に気がつくのに二年かかるので、ラディアが十八歳、アリウムが二十二歳の時になる。


 つまり物語通りに進めば、少なくとも三年間は平和というわけだ。


「たしか、友人に夢が当たるようになったみたいなことを零したら、あれよあれよと聖女として発見されるんだったよね……。それで悪役令嬢であるお姉様に事あるごとに攻撃をされて、邪魔をされるはず……。あぁ、やっぱりそうだ」


 ノートのページをパラリとめくれば、お姉様の嫌がらせ──恐喝や暴行、毒殺未遂などが書かれている。

 これをお姉様はやらないと言い切れないあたり、本当に嫌になる。

 毒殺はともかくとして、脅したり、扇子で叩いたりは当たり前のようにするだろう。


 うーん。これは、私が何もやらかさなければ、悪役令嬢回避できる?

 聖女が見つかった時点で私から婚約解消を切り出せば、何も起こらない……かも?

 いやいや、甘く見ちゃいけない。どこに悪役令嬢としての落とし穴が待っているかわからない。

 アリウムと距離を置き続けるのが一番だけど、それも今は難しそうだしなぁ……。


「そもそも、小説通りだとしたら、私も未来を知ってるのが問題だよね。しかも、ラディアより詳しくわかるのがなぁ……」


 聖女と言っても、万能ではなくて、夢で見るのは断片的なもの。しかも、いつ起きるかもハッキリとはわからない。

 それでも、その未来は何もしなければ確実に起こることが過去の国の歴史(国史)からもわかっていて、決して無視することはできない。

 だから、聖女は国にとって大切なのだ。


 私、この小説、かなりハマってたんだよなぁ……。

 高校生の頃、暇さえあれば読んでいたから、いつ頃にどういった経緯で問題が起きるのか、何となく覚えている。

 さすがに詳細まではもう思い出せないけれど、物語通りに進むのであれば、完結するまでの限定的な期間においては誰よりも詳しい未来を知っているだろう。


 きっと知らないふりをしてしまうのが、正解だ。

 ラディアはアリウムたちと協力して、夢で見たことを現実にしないように奮闘するのだから、私が口を出す必要もない。

 だけど、ラディアの見る夢は飢饉(ききん)、暗殺、戦争……といった国にとっての危機や、命を脅かすものばかり。

 しかも、起こることすべてを防げたわけではなく、犠牲となった人もいた。


 物語なら良かった。けど、ここは現実だ。


「本当に、見て見ぬふりをしてもいいの?」


 私は夢見の聖女ではないから、起こるかもしれない未来を誰にも言うことはできない。

 それでも、何もできないほど力がないわけではない。公爵家の力を使えば、少なくとも飢饉に備えることはできる。


「……迷うなよ」


 私が備えれば、助かる命は必ず出てくるのだ。

 やらないという選択は取れない。


 もしかしたら、そのことで自分の首をしめるかもしれない。

 だけど、私が見殺しにしたという事実を背負って生きていけるほど、私は強くない。


「だから、迷うなって……」


 あぁ、自分の弱さが嫌になる。

 どっちにしろ後悔するかもしれないなら、やった方がいい。

 幸いにも、私は飢饉後に国が対策した方法を知っている。

 そのすべてをすることはできないけれど、少なくとも食料の備蓄と栽培するようになる作物をラットゥース領(うち)で育てることはできるのだ。


「やれるよ。だって、知ってるんだもん」


 それでも、心が潰れそうなのは悪役令嬢としての未来を知っているからか、人の命が重すぎるからか……。


 お姉様だったら、迷わないんだろうな……。


 そう思った時、部屋の扉がノックされた。

 出る気分ではないので返事をしないでいれば、今度は強く叩かれる。


「ベラ、寝てないのでしょう? 開けるわよ!」


 いつもと何も変わらないお姉様の声に、慌ててノートを鍵のかかる引き出しへと戻した。


 

ちょっとクリスマス付近は仕事が忙しく、1週間も空いてしまいました。

最低でも1週間に1話は更新していきますので、引き続き『悪役令嬢の妹のはずでした』をお楽しみいただけますと嬉しいです。

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