いつかのために、誓約書を交わしましょう③
それから家に着くまでの間、いろいろな話をした。
「え? サイナス様って子どもの頃はけっこう話したんですか!?」
「あぁ、口調はまぁ……ぶっきらぼうだったけど、今みたいに必要最低限ってことはなかったな」
「……もしかして、何かあったんですか?」
トラウマ的なことがあったんじゃ……。
そう思って恐る恐る聞けば、アリウムは考えるように小さく首を傾げる。
「いや……。ある日、言葉で言うよりも力で示した方が手っ取り早いと気付いたらしい」
ん? それだけ聞くと、ちょっと強引なイメージなんだけど……。
「そのせいか、わりと力尽くなところも多いぞ。まぁ、騎士団は実力主義だから、やり方としてはあってるみたいだけどな」
「あ、そうなんですね……」
えっと、無口で優しいキャラはどこいったの?
いや、トラウマが原因とかじゃなくて良かったけどさ。
「……アリウムから見た他の側近候補たちは、どのような方なんですか?」
まさか、みんなイメージと違うなんてことないよね?
「そうだなぁ……カルナは可愛らしい見た目を最大限生かして、相手の懐に入っての情報収集が得意だし、キールは追い詰める時はひたすら理詰めといった感じで、なかなかに頼もしいよ」
おいおいおい、三人そろって思ってたのと違うことが発覚しちゃったよ……。
アリウムが主なら、未来の側近たちも癖が強いってこと? 類は友を呼ぶと言うけれど、これは呼びすぎじゃない?
「少し話しただけでは、やはり相手のことは分からないものですね」
「そうかもなぁ。俺だって、ミルベラのことをもっとおとなしい令嬢だと思っていたしな。知らなければ、こんなに惹かれることもなかった」
その言葉にヒュッとのどが鳴る。
「……ごめんな。たぶん、俺は間違っている。こんなに強引に進めるべきじゃないって、本当は分かってるんだ」
「だったら、どうして……」
「逃げるだろ?」
誰がとは言われていないけれど、確信を帯びた言葉にそっと視線を外す。
「今を逃せば、もうチャンスはないと思った。俺自身、婚約者を決めずにいられる時間はもうない。あなたを尊重したいという気持ちもある。だけど、余裕がない……」
眉を下げ、困ったようにアリウムは笑う。
想像以上にアリウムの心は複雑で繊細だ。
きっと、自分の行動が他者をどう巻き込むのかも知りすぎている。
「大丈夫です……とは、言えません。でも、アリウムを知れば知るほど、嫌いになれなかった。無関心でもいられなかった。自分の感情を持て余しているのは、私も同じみたいです」
「……そうか。その感情が良い方向にいくように努力するしかないな」
その言葉に曖昧に笑うことしかできない。
だって、それは私にとって都合が悪いから。アリウムに対して、良い感情を持ちたくないのだ。
私の感情を察したのだろう、馬車のなかに沈黙が落ちる。
その雰囲気に息が詰まり始めた頃、アリウムは迷いながら口を開いた。
「ミルベラ……。あなたは先見の力があるということはないか?」
「……え?」
「いや、あまりにも未来を恐れるから、何か見えているのではないかと思っただけだ。違うのならいい」
先見の力という言葉に、心臓が嫌な音を立てている。
それはヒロインである聖女の力だ。彼女は夢を通して先見──未来を見る。
「いえ、そのような特別な力はありません……」
私はただ、小説で読んでいるから、展開を知っているだけ。
けれどそれは、先見の力のように思われてもおかしくない。
そのことに気が付き、自分の持つ転生者としての知識の危うさを理解した。
きっと、先見の力があると言っても信じてもらえるだろう。実際、小説で描かれていたところまでなら、断片的ではあるものの起こるかもしれない出来事を知っている。
けれど、もし途中でその未来が方向を変えたら、私の知識は何も役に立たない。
それどころか、国を混乱に陥れた悪女と呼ばれることになるかもしれない。
自分のなかの体温が失われていくように、寒い。
「──ベラ! ミルベラっ!!」
肩を掴まれのろのろと顔を上げれば、藤色の瞳の中に、迷子のような、何かに縋りつきたいような、情けない顔の私が映っていた。
「ごめんなさ──」
「謝らなくていい。大丈夫だから……。変なことを聞いて悪かった」
アリウムの言葉に、どうにか首を横に振るけれど、作ろうとした笑みは失敗に終わる。
そんな私の手をアリウムはそっと握る。
「手、冷たいな……。不安にさせて、ごめん。もしかしたらと思っただけなんだ。ミルベラが違うと言うのなら、そうなんだろう」
「信じて……くれるんですか?」
「あぁ、これから先、ミルベラの言うことは信じるよ」
あまりにも優しく言われ、戸惑った。
「私、嘘をつくかもしれませんよ……」
「うん。それでもいい。ミルベラは、必要ない嘘はつかないだろ?」
「それはそう……ですけど……」
「なら、それがすべてだ。話すようになって間もなくても、それくらいは分かるさ。どれだけ多くの者たちの私利私欲を見てきたと思う? きっと、同年代では国で一番だ」
自嘲気味に言われ、無意識にアリウムの手を握り返す。
今まで、たくさんの気持ちを抱えてきたのかな……。その想いを誰かに話せていたらいいけど、アリウムの性格上、難しい時もあったのかもしれない。
「アリウム。私はあなたの理解者にはきっとなれない。だけど、あなたから聞いた話は誰にも言いません。だから、気持ちを吐き出したい時は……ううん、そうじゃなくても、いつでも聞きますから」
アリウムはぎしりと動きを止め、瞬きを繰り返すと、どこか泣きそうな顔をする。
「あ、でも、本当に聞くことしかできないので、あまり役には立てないかもしれませんけど──」
最後まで言い切る前に、私の言葉はアリウムの胸へと吸い込まれていった。
「ありがとう……」
私を抱きしめ、アリウムはとても小さな声で言う。
「どうやったって、手放してあげることはできないな……」
どこか感情を押し殺したように呟かれた言葉に、自分で自分の首をしめたことに気が付いた。
けれど、言ったことに後悔はない。
アリウムにとって、弱さを少しでも出すことは抵抗があったはず。それを私のために、見せてくれたのだ。
ずっとそばにいるとは言えない。
好きにならないように努力もする。
それでも、息をしにくい時にそばにいることくらいは、許されるのではないか。
今、アリウムが私の心に踏み込まないで寄り添ってくれたみたいに。
「誓約書、けっこう色々と言いますからね」
そう言えば、アリウムの纏う雰囲気が少しゆるんだ。
「明日……は、休んだ方がいいか。明後日、誓約書を作りにラットゥース家まで行くよ。未来への不安を少しでも小さくしような」
頷けない私にアリウムは何も言わない。
けれど、それが今の私たちの距離感なのだ。
アリウムの婚約者に、悪役令嬢になりたくない気持ちは変わらない。
それでも、繊細で、弱さを見せないように振る舞うことになれてしまったアリウムを突き放すこともできなくて、中途半端な私はきっと、これからも中途半端にアリウムを受け入れてしまうのだろう。
タイトルを少し変えました。




