悪役令嬢になりたくないのに、殿下の婚約者になりそうです①
よろしくお願いします。
名前さえ登場しない、悪役令嬢の妹に転生した。
そんな私の待ち受ける未来は、一家全員処刑の死亡エンドのみ。
そんな未来を受け入れられる訳もなく、前世を思い出したその日から、お姉様が悪役令嬢になるのを回避し、両親が悪行をしないようにと行動をし続けている。
とは言っても、私にできることはあまり多くはないのだけれど。
「おーほほほほほほほ」
エリーカお姉様の悪役令嬢感あふれる高笑いが聞こえ、私──ミルベラ・ラットゥースはダッシュで階段を駆け上がる。
「ミルベラ様、淑女たるもの走ってはなりませんよ」
「ごめんなさい! 次からは気をつけるから!!」
家庭教師のメリッサに声をかけられるけれど、お姉様を悪役令嬢から少しでも遠ざけるためにも、今はこの足を止めるわけにはいかない。
お姉様の部屋の前に着くと、私は勢いよくバーンと扉を開ける。
そして、高笑いをしているお姉様に向かって叫んだ。
「おほほ笑いは悪役っぽいから、ダメって言ったじゃないですか。あーはははははにしてください!!」
そう言った私に、お姉様は眉を寄せる。
「そんな笑い方をしたら、皆に馬鹿にされるわ」
「じゃあ、いーひひひひでも、うーふふふふでもいいです! とにかくおほほ笑いは却下です。超絶、悪そうなんで! それに今時、高笑いなんて流行りませんよ。お姉様の他にしている人います?」
「いないけど……」
お姉様が私の勢いに押され、怯んだ。
よし、このまま押し切れる!
「ですよね! 笑い方を変えましょう。没個性! これが平和に生きるコツですよ」
「個性の塊であるベラにだけは言われたくないわ。でも、そうね。もう少し親しみやすい笑い方を考えようかしら……。もうすぐアリウム殿下の婚約者選びだものね。私で決定したようなものだけれど、それでも油断は大敵だわ」
そう言って、笑い方を思案し始めたお姉様に、今度は私の眉間にシワが寄る。
「アリウム殿下だけはダメです。破滅しかありません。お姉様、王族がいいのならせめて国外にしましょう」
「はぁ? ベラはどうしてそのように頭が悪いの? 知り合いをすべて跪かせられるのよ? こんなに気持ちいいことがあるはずがないわ」
その思考が悪役令嬢まっしぐらなんだよー!! と言いたくなる気持ちをぐっとのみ込む。
悪役っぽいとか、いろいろ失礼なことを言っても気にもしないお姉様だが、考え方の否定だけはしてはならない。
以前うっかり否定してしまった時は、屋根裏部屋に一日放り込まれた。
それでも、妹だからといくらか手加減はしてくれたらしい。
どうにかお姉様の地雷を踏み抜かないで、アリウム殿下とお姉様の婚約を阻止しなければ。
えっと、たしか殿下の婚約者選びのパーティーには、お忍びで帝国の第三皇子が来るんだよね。
帝国なら、ここファルコニタ王国より大国だし、お姉様の知り合いすべてを跪かせたいという希望に合うはず。
何より、帝国は既に第一皇子が皇帝に即位していて、お姉様が王妃になることは絶対にないということと、第三皇子は気の強い美人を手のひらで転がすのが趣味というのが良い。
第三皇子なら、お姉様が意見を否定した人すべてを死刑にしようとするのを阻止できるはず。
というか、できると信じてるから! 頼むよ、第三皇子!! お姉様のことは、あなたにしか任せられないからね!!
よし。そうと決めたら、全力でお姉様の気持ちを第三皇子に向かせないと。
「でしたら、お姉様が狙うのはアリウム殿下ではなく、殿下のご学友であり、帝国の第三皇子であられるオーガスタ皇子が良いのではないでしょうか」
「オーガスタ皇子はたしかに魅力的だけれど、出会う機会がないわ」
「それが、あるんですよ……」
そう言った瞬間、お姉様の目が輝いた。
まるで獲物を狙う肉食獣のようだなと思う。
「アリウム殿下の婚約者を選ぶためのパーティーにお忍びでオーガスタ皇子もいらっしゃいます。ただ、その時の皇子はアリウム殿下の側近候補のふりをしているはずです」
「……何故、ベラがそのようなことを知っているの? 仮にその話が本当だとしても、あなたが知っているということは、多くの者が知っているのではなくて?」
疑いの眼差しを向けられ、冷や汗が流れる。
言えない、前世で読んだから知っているなんて……。
「ほら、私はよくお父様の手伝いで王城に出入りしておりますから、その……たまたま殿下にお会いしたときに聞いたのです」
「ふーん?」
ひー! 絶対に信じてないやつだ。
お願いだから、この話の深掘りはやめて!
「で、オーガスタ皇子はどんな見た目なの? かなり見目が良いと聞いているわ」
「それは……」
「わからないのね。それじゃあ、アピールのしようがないじゃないの」
「で、でも、普段見ない側近候補だと思うんです」
私の言葉にお姉様は少し考える様子を見せたあと、その美しい顔に微笑みを浮かべた。
「なら、パーティー当日は一緒に行きましょうか」
「え? いや、私は当日、熱が出る予定ですので」
「そう言って、デビュタント以降のパーティーは何一つ出ていないわよね? ベラもいい加減、婚約者候補を見つけないといけないわ」
「うっ……。わかってはいますけど……」
お姉様の言葉に、耳を塞ぎたい気持ちになる。
お姉様は十七歳で、私は十六歳。もう婚約者がいるのが一般的な年齢だ。
けれど、アリウム殿下が婚約者をなかなか決めないため、家格の高い家の令嬢たちの多くは婚約者を作れていない。
そうなると、これまた家格の高い家の令息たちも婚約者がいないとなってくる。
ファルコニタ王国は、かつてないほどに年頃の高位貴族の子息、子女がお相手が婚約しておらず、そのおかげか今まで社交を避けていても、何も言われなかった。
でも、殿下の婚約者が決まれば、他の高位貴族の子息、子女も次々と婚約をするだろう。
そうなれば、私ももう大目には見てもらえなくなる。
「もしオーガスタ皇子がいた場合、私は皇子を狙うから、ベラはアリウム殿下を落としなさい」
お姉様は決定事項のように話す。
けれど、私の脳はその言葉を拒絶した。
「……落とす?」
「そうよ。あなたはこの世で二番目に美しいもの。私がいなければ簡単でしょう?」
えっと、それはつまり私にアリウム殿下と婚約するように……ってことだよね?
「無理です!!」
お姉様が悪役令嬢を回避して、私が悪役令嬢になったら、何の意味もないって。
無理無理無理!!
いくらお姉様が怖くても、それだけは無理っ!!
「何故、無理なのかしら?」
「いやだって、私は社交が苦手だし、社交よりお父様の手伝いをしていたいっていうか……」
「だから?」
「そ、それに、アリウム殿下にも好みがあるだろうし」
私が口を開く度に、お姉様の笑顔が凄みを増していく。
や、やばい。
これは、言うことを聞く以外の選択肢がないやつ……。
「ベラ、まさかやる前から諦めないわよね?」
「…………無理です」
ものすごーく小さな声で答えれば、お姉様がスッと目を細めた。
冷や汗が止まらず、思わず背中を丸める。
「背筋を伸ばしなさい」
「はいぃぃぃ」
条件反射のように背中をビシッと伸ばす。
「いいこと、婚姻は貴族令嬢の義務よ。そして、そのお相手は身分、将来性ももちろんだけれど、何より家にとっていかに有益であるかが求められるわ」
「はい……」
「ラットゥース家にとって、最良の結婚相手は誰?」
「……アリウム殿下です」
「そうよ。だから、ベラは私の代わりにアリウム殿下と婚約なさい。私はより地位の高いオーガスタ皇子に見初められるから。これで、アリウム殿下と婚姻するよりも多くの者を跪かせられるわね」
機嫌よく言うお姉様に、溜め息が出そうになるのをどうにか堪える。
お姉様も家のこと考えてたんだ……と、ちょっと感動したのに、結局自分の欲望じゃん……。
まぁ、だからお姉様は悪役令嬢になったのだろうけど。
「とにかく、ベラに拒否権はないわ。必ずアリウム殿下の婚約者になるのよ。いいわね」
「…………はぃ」
こうして、熱が出たとまた仮病を使って休もうと思っていたパーティーへと強制参加が決定したのであった。
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