第52話:足踏み車輪と白いマフラー
翌日。
私は暖炉の前で、スピンドルを回していた。
クルクル……クルクル……。
羊毛がねじれて、少しずつ糸になっていく。
(はぁ……)
腕が疲れてきた。
スピンドルは便利だけど、時間がかかる。これだけの羊毛を全部糸にしようと思ったら、何日かかるんだろう。
「エリス姉、まだやってるの?」
モコが覗き込んできた。
「うん。でも、なかなか進まないなぁ」
「モコも手伝うー!」
「ありがと。でも……もっと効率よくできないかなぁって考えてたの」
私はスピンドルを見つめた。
(手で回すから遅いんだよね。これを……足で動かせたら)
† † †
「ねえトトちゃん」
私は納屋で作業していたトトに声をかけた。
「……ん?」
「スピンドルを、足で回せる仕組みって作れない?」
「……足で?」
「うん。足踏み式にして、手は糸を整えるだけにしたいの」
トトの緑色の瞳がキラリと光った。
「……面白い。やる」
垂れ耳がピョコピョコ動いている。
「じゃあ、どんな形がいいか考えよう」
私は地面に図を描き始めた。
「足で踏み板を踏むと、紐が引っ張られて……車輪が回る。その車輪とスピンドルを繋げば……」
「……できる」
トトが頷いた。
「でも、摩擦が大きいとすぐ止まっちゃうよね」
「……油。塗る」
「そうだね。あと、軸は?」
「……鉄で作る。摩擦ゼロ」
トトが自信満々に言った。
(さすがトトちゃん。鉄の扱いは完璧だ)
† † †
次の日から、紡ぎ車作りが始まった。
トトが木枠を組み立てている。カンカンと釘を打つ音が響く。
私は足踏み板を削っている。モコは車輪用の木を運んでいる。
「重いー!」
「モコ、ありがとね」
それから数日。
ようやく、紡ぎ車ができあがった。
木の枠に、大きな車輪。足踏み板から伸びた紐が車輪に繋がっている。
車輪の軸にはスピンドルが取り付けられていて、足で踏めば自動で回る仕組みだ。
「すごーい! これで糸が速く作れるの?」
モコが目を輝かせている。
「試してみよう」
私は椅子に座って、羊毛を手に取った。
足で踏み板を踏む。
ギィ……キュッ……。
車輪がゆっくりと回り始めた。
「……音が」
トトが眉をひそめた。
「摩擦音だね。油を差そう」
トトが軸に油を垂らした。
もう一度、足を踏む。
ブゥン……。
今度は滑らかな音だ。車輪がスーッと回り続ける。
「おおー!」
モコが拍手した。
私は羊毛を車輪に引っ掛けて、少しずつ繊維を引き出していく。
足を踏むたびに車輪が回って、糸がねじれていく。
手で回すより、ずっと速い。
「できた! 糸だ!」
ブゥン……ブゥン……。
車輪の回る音が部屋に響く。
低くて心地いい音だ。
「……この音、好き」
トトが満足そうに頷いた。
「……この音、嫌いじゃないわ」
ピコがペチカの上から呟いた。
「ピコも気に入った?」
「……聞いてると落ち着くの」
ピコが目を細めた。尻尾がゆらゆら揺れている。
† † †
紡ぎ車のおかげで、糸作りはあっという間に終わった。
白い羊毛の糸が、どんどん巻き取られていく。
ブゥン……ブゥン……。
車輪の音だけが、静かに響く。
(これなら冬の間中、糸には困らないな)
私は満足して、糸の束を見つめた。
ふわふわで、温かそうな糸。
「さ、次は編み物だよ」
「編み物!?」
モコが飛び跳ねた。
「うん。この糸でマフラーとか手袋とか作るの」
「やったー! モコ、マフラー欲しい!」
† † †
私は編み棒を取り出した。
といっても、トトが削って作ってくれた木の棒だ。先端が丸く削られている。
「編み物ってどうやるの?」
「こうやって、糸をクルッと巻いて……」
私は編み棒に糸をかけて、ゆっくりと動かした。
カチ、カチ。
編み棒が触れ合って、小さな音がする。
糸が絡み合って、少しずつ布の形になっていく。
「すごーい! 布ができてく!」
「これは目を作る作業。この目を増やしていくと、マフラーの形になるよ」
「モコもやりたい!」
「じゃあ教えるね」
私はモコに編み棒を持たせた。
「まず、こうやって糸をかけて……」
「んー……こう?」
「そうそう。次は棒を差し込んで……」
「あっ、落ちた!」
「大丈夫大丈夫。もう一回やってみよう」
モコが一生懸命、編み棒を動かしている。
舌を出して、真剣な顔だ。
「……ボクも、やる」
トトが近づいてきた。
「トトちゃんもやる?」
「……ん」
私はトトにも編み棒を渡した。
トトは静かに編み棒を持って、糸をかけようとする。
でも……。
「……できない」
トトの太い指が、細かい作業に苦戦している。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
「……指、不器用」
「いやいや、トトちゃんは鉄を叩く時はすごく器用じゃない」
「……それは、ハンマーだから」
「じゃあ、編み棒もハンマーだと思えば?」
「……え」
トトがキョトンとした顔をした。
私は笑いながら、トトの手を取った。
「ほら、こうやって……」
ゆっくりと手を添えて、一緒に編み棒を動かす。
カチ、カチ。
糸が絡み合って、小さな目ができた。
「……できた」
トトの目が少しだけ輝いた。
「でしょ? トトちゃんにもできるよ」
「……もう一回」
トトが真剣な顔で編み棒を持った。
† † †
気がつくと、みんなでペチカの上に集まっていた。
私が一番速く編んでいる。カチカチカチと、リズムよく編み棒が動く。
モコはゆっくりだけど、一生懸命だ。尻尾がピンと立っている。
トトは……。
「……ん……ん……」
ものすごく遅いけど、諦めずに続けている。
垂れ耳が集中してピクピク動いていた。
ピコは……。
「アタシは監督よ」
ペチカの上で溶けていた。
「監督は何も監督してないじゃん」
「してるわよ。ほら、モコ、そこ目が落ちてる」
「あっ、本当だ!」
ピコが目を細めて、みんなの手元を見守っている。
カチ、カチ、カチ。
編み棒の音だけが、静かに響く。
外は雪が降っているけど、ペチカの上は暖かい。
† † †
しばらくして、モコが編み棒を置いた。
「エリス姉、モコちょっと疲れた……」
「じゃあ休憩しよっか」
「うん……」
モコがゴロンと寝転がった。
「でもね、編み物ってなんか楽しいね」
「そうだね。カチカチって音も気持ちいいし」
「……ん」
トトも小さく頷いた。
「ねえ、エリス姉」
モコが起き上がった。
「冬の間に、みんなでお揃いのマフラー作らない?」
「お揃い?」
「うん! 同じ色の糸で、みんなの分!」
モコの目がキラキラしている。
「いいね。何色がいい?」
「白! 雪みたいで可愛い!」
「……ボクも、白がいい」
トトが真剣な顔で頷いた。
「アタシは別に何色でもいいわよ」
ピコがペチカの上から呟いた。でも、耳がピクピク動いている。
「じゃあ決まりだね。みんなでお揃いの白いマフラー」
私は嬉しくなって、二人の頭を撫でた。
† † †
夕方になっても、誰もペチカから降りなかった。
私は編み物を続けている。カチカチカチ。
モコは私の膝に頭を乗せて、うとうとしている。
トトは編み棒を握ったまま、小さく丸まっている。
ピコは完全に溶けて、微動だにしない。
外は雪。でも、ここだけは天国だ。
カチ、カチ、カチ。
編み棒の音が、時計みたいにゆっくりと時を刻む。
部屋の隅では、紡ぎ車が静かに佇んでいる。
今日使った紡ぎ車のことを思い出す。
ブゥン、ブゥンと回る音。
編み棒のカチカチという音。
機械が動く音。それは、私たちがここで生きている証だ。
私は編み棒を動かしながら、みんなの寝顔を見た。
(こうやって、みんなで冬を過ごすんだな)
編み物して。糸を紡いで。温かいペチカの上で、だらだらして。
それだけで、幸せだ。
カチ、カチ、カチ。
私は編み棒を動かしながら、穏やかな夕暮れに包まれるのだった……。
土日でちょっと頑張ってストックがつくれれば…月曜日以降は投稿時間が安定するかも…




