第50話:見えない毒と視える目
断熱リフォームのおかげで、だいぶ暖かくなった。
でも、まだ足りない。
暖炉から離れると寒いし、夜は毛布を何枚も重ねないと眠れない。
「もっと効率よく暖めたいな……」
私は暖炉の前で、設計図を描いていた。
「エリス姉、なにしてるの?」
モコが覗き込んでくる。
「ペチカを作ろうと思うんだけど、レンガが必要だからどうしようかなーって…」
「……レンガなら、ある」
トトが裏庭を指差した。
そこには、シートを被せられた四角い塊の山があった。
「鉄を打つたびに、余った熱でコツコツ焼いておいたやつ」
「さすがトトちゃん! 用意周到すぎる!」
これだけあれば十分だ。
「ペチカって何?」
「うん。レンガでベッドを作って、その中に煙を通すの。そうすると、レンガがポカポカに暖まるんだよ」
(現代でいうと、床暖房みたいなものかも)
「へぇー! あったかいベッド!」
モコの尻尾がブンブン回り始めた。
† † †
私たちはレンガの山を部屋の中に運び込み、組み立てを開始した。
まず、部屋の隅にレンガを積んでいく。
ベッド……というより、大きなソファみたいな形。
「この中にトンネルを作るよ。煙が通る道」
「……ん」
トトが頷いて、レンガの隙間に粘土を塗り込んでいく。
私は煙の通り道を設計した。
カマドから出た熱い煙が、レンガの中をぐるぐると回ってから、煙突に抜けていく。
「これで、煙の熱がレンガに伝わって、蓄熱されるんだ」
「ちくねつ?」
「熱をためておくってこと。火が消えても、しばらくはポカポカだよ」
モコが目を輝かせた。
† † †
数日かけて、ペチカが完成した。
レンガを積み上げた、大きな暖かいソファ。
水車動力のふいごがあるから、夜通し燃やしても誰も疲れない。
「よーし、火を入れてみよう」
カマドに火を入れる。
パチパチ、パチパチ。
炎が燃え上がり、熱い煙がレンガの中を流れていく。
「……あったかい」
トトがペチカに手を置いた。
しばらくすると、レンガ全体がじんわりと暖まってきた。
「わぁ……!」
みんなでペチカの上に座ってみる。
下からじんわりと熱が伝わってくる。
「これ、天国……!」
モコが幸せそうに目を細めた。
ピコは……。
「……」
ペチカの上で、完全に溶けていた。
手足を投げ出して、ぐでーんと伸びている。
「ピコちゃん、気持ちよさそうだね」
「……ん……」
返事すらまともに返ってこない。猫人族、暖かい場所で溶けすぎじゃない?
ふふ。みんなで笑いながら、温かさを楽しんだ。
† † †
その夜。
みんなでペチカの上に集まって、お茶を飲んでいた。
外は寒いけど、ここだけは天国だ。
「エリス姉、これすごいね。あったかくてずっとここにいたい」
「えへへ、でしょ」
私は得意げに笑った。
……でも。
「……ん?」
なんだか、頭がぼんやりする。
(疲れたのかな……)
最初はそう思った。でも、だんだん頭痛がしてきた。
「……エリス? 顔色悪いわよ」
ピコが起き上がって、私を見た。
「う、うん……ちょっと頭が……」
おかしい。なんだろう、この感じ。
私は念のため、スキルを使ってみた。
『構造把握』
目を閉じて、部屋の「構造」を視る。
すると――。
「……!」
見えた。
ペチカのレンガの隅っこから、ドス黒い紫色のモヤが漏れ出している。
「なに、これ……」
私は目を見開いた。
紫色のモヤは、天井に向かってゆらゆらと立ち昇っている。
「エリス姉? どうしたの?」
「窓を開けて! 今すぐ!」
私は叫んだ。
「え? えええ?」
モコが慌てて窓を開けた。
冷たい風が吹き込んでくる。
私はスキルで見えている「紫色のモヤ」を追って、ペチカの裏側を調べた。
「……ここだ」
レンガの継ぎ目に、小さなひび割れがあった。
ここから、見えない毒が漏れていたんだ。
「モコ、粘土持ってきて!」
「う、うん!」
モコが粘土を持ってきた。
私はひび割れに粘土を塗り込んで、完全に塞いだ。
もう一度、スキルで確認する。
……紫色のモヤは、もう出ていない。
「ふぅ……」
私は息をついた。
† † †
「エリス姉、さっきの何だったの?」
モコが心配そうに聞いてきた。
「煙の中には、見えない毒があるの。ちゃんと煙突に流れないと、部屋の中に溜まっちゃうんだ」
「毒……!?」
「うん。吸いすぎると、眠ったまま起きられなくなっちゃう」
モコとトトが顔を青くした。ピコも真剣な顔をしている。
「でも大丈夫。もう直したから」
私は笑って、みんなの頭を撫でた。
「私のスキル、ちょっと進化したみたい。前は見えなかったものが、見えるようになったの」
今回気づいたこと。
『構造把握』で、目に見えない気体の流れや、温度の分布が視えるようになった。
まるでサーモグラフィみたいに、暖かいところは赤く、冷たいところは青く。
(これなら、危険な場所も事前にわかる)
私はペチカをもう一度確認した。
今度こそ、問題なし。
「さ、せっかく直したんだから、改めて温まろうよ」
私がそう言うと、みんなの顔がパッと明るくなった。
「うん!」
モコが飛びつくようにペチカに戻る。
「……ん」
トトもちょこんと座った。
「……仕方ないわね」
ピコも、さっきまでの緊張が嘘みたいにペチカの上で伸び始めた。
窓を閉めて、しばらくすると部屋がまた暖まってきた。
下からじんわりと熱が伝わってくる。
「やっぱり天国……」
モコが目を細めた。
ふふ。さっきは怖い思いをしたけど、こうしてまた温まれるなら、作った甲斐があったな。
† † †
翌朝。
私たちはペチカの上で目を覚ました。
みんなで一緒になって寝ちゃっていたらしい。
モコが私の腕にしがみついていて、トトは私の反対側で小さく丸まっている。
「……あったかい」
トトが幸せそうに呟いた。垂れ耳がピクピク動いている。
「ピコちゃん、また溶けてる」
「……ん……」
ピコは返事もせずに、ペチカの上でぐでーんとしている。黒い尻尾だけがゆらゆら揺れていた。
昨夜はあんなことがあったけど、こうしてみんなで無事に朝を迎えられてる。
それだけで、十分だ。
外は寒いけど、ここだけは天国だ。
私はみんなの寝顔を見ながら、穏やかな朝を迎えるのだった……。
と、投稿おくれちゃいました…!
ペチカ=カング=カン? とりあえず現代の床暖房みたいなものと思ってもらえれば!




