第47話:秋の宝石と魔法の壺
森が色づいてきた。
赤、橙、黄色。木々が燃えるように美しい。
そして、この季節は果物の宝庫でもある。
「わぁぁっ! いっぱいだよエリス姉!」
モコがカゴいっぱいの野イチゴを抱えて駆け寄ってきた。
「すごいね、こんなにたくさん」
「あっちにもあったの! それと、こっちにも!」
モコの尻尾がブンブン回っている。
「……これも」
トトが両手に抱えた布袋を差し出した。中には紫色の実がぎっしり詰まっている。
「あら、ブドウかしら」
ピコが覗き込んだ。
「野生のやつね。小粒だけど甘いのよ、これ」
「ピコちゃん、詳しいね」
「ふん、斥候だもの。食べられるものくらい見分けるわよ」
私たちは森中を歩き回って、果物を集めた。
野イチゴ、野ブドウ、小さなリンゴ、木イチゴ。
気がつけば、カゴが山盛りになっていた。
「えへへ、大収穫ー!」
「……うん」
トトも満足げに頷いている。
「でも、こんなに食べきれないよ?」
モコが首を傾げた。
確かに、4人で食べるには多すぎる。このまま放っておいたら、数日で傷んでしまうだろう。
「腐らせるのはもったいないよね」
私は果物の山を見つめて、にっこり笑った。
「よし、魔法で時を止めよう!」
「えっ、時間魔法!?」
「ふふ、嘘。ジャムを作るの」
† † †
家に戻って、さっそくジャム作りの準備を始めた。
まずは果物を洗って、傷んだ部分を取り除く。
「モコ、これ潰してくれる?」
「うん! 任せて!」
モコが木のすりこぎで、野イチゴをガシガシ潰し始めた。
……ちょっと力が強すぎる気もするけど、まあいいか。
「トトちゃんは、お砂糖を量ってね」
「……ん」
ガラムさんからもらった砂糖を、慎重に量り始めるトト。
「ピコちゃんは……」
「アタシは見張り役ね。焦げたら教えてあげるわ」
ピコは窓辺で日向ぼっこしながら、片目だけ開けてこちらを見ている。
まあ、猫は猫らしく。
「よし、煮込むよー」
大きな鍋に潰した果物と砂糖を入れて、弱火にかけた。
グツ……グツ……。
甘酸っぱい香りが立ち上ってくる。
「わぁ、いい匂いー!」
モコが目を輝かせた。
「泡が出てきたら、丁寧にすくってね」
「はーい!」
木べらでゆっくりかき混ぜながら、アクを取っていく。
トトは横で、小さな火加減を見守っていた。
「……もう少し、弱く」
「うん、ありがとう」
トトの火加減のアドバイスは的確だ。さすが職人。
† † †
ジャムを煮込んでいる間に、もう一つの作業を始めた。
「ねえ、ジャムを入れる器って、どうするの?」
ピコが訊いた。
「木の器だと染みちゃうし、腐りやすいんだよね」
私は裏庭から粘土を持ってきた。
「だから、陶器の壺を作るの」
「陶器? 焼き物ってやつ?」
「うん。土を焼くと、硬くて水漏れしない器になるんだよ」
私はテーブルの上に粘土を広げた。
「みんなで作ろうよ」
「えー、できるかなぁ」
モコが不安そうに粘土をつついた。
「大丈夫、簡単だよ。まず、ひも状に伸ばして……」
粘土を細長く伸ばして、クルクルと巻き上げていく。
「こうやって積み重ねて、形を整えるの」
「おおー、壺っぽい!」
モコが真似して、粘土をこね始めた。
ピコも興味津々で近づいてきた。
「……ちょっと触ってみてもいい?」
「もちろん」
ピコがそっと粘土を手に取った。
「……ん、ひんやりして気持ちいいわね」
尻尾がゆらゆら揺れている。
トトは黙々と、驚くほど正確な形の壺を作っていた。
「トトちゃん、上手!」
「……ん。土も、鉄と同じ。形を、作る」
職人の魂は素材を選ばないらしい。
† † †
みんなの壺が完成した。
形はバラバラだけど、それがまた可愛い。
「次は、魔法の仕上げだよ」
私は灰を水に溶いた液体を持ってきた。
「なにそれ?」
「釉薬。これを塗って焼くと、表面がツルツルになるの」
壺の表面に、刷毛で釉薬を塗っていく。
「はい、これで準備完了」
鍛冶炉の余熱を利用して、壺を焼いた。
じっくり、ゆっくり。
パチ……パチ……と炭がはぜる音を聞きながら、その時を待つ。
「……」
みんな、静かに炉を見つめていた。
何かが生まれるのを待つ時間。
悪くない。
† † †
それから、三日が過ぎた。
炉のそばでじっくりと水分を抜き、釉薬をかけて本焼きをした壺が、ようやく冷める頃だ。
炉の扉を開けると、そこには。
「わぁぁっ!」
モコが歓声を上げた。
昨日までの土色の壺が、薄茶色にピカピカ光っていた。
「すごい! 全然違う!」
「……きれい」
トトが目を丸くしている。
私は壺を持ち上げて、コンコンと叩いてみた。
カン、カン。
澄んだ音が響く。
「よし、成功だね」
水を入れてみる。
「一滴も漏れない!」
「本当? すごい!」
モコが目を輝かせた。
「これで、ジャムを長期保存できるよ」
† † †
ジャムは一晩寝かせて、さらにトロトロになっていた。
ルビーのように透き通った赤色。
甘酸っぱい香りが、部屋中に漂っている。
「じゃあ、詰めていくよ」
熱湯で消毒した壺に、まだ温かいジャムを流し込んだ。
トロリ、トロリ。
赤い宝石が、壺の中に満ちていく。
「最後に、蓋をして……」
蜜蝋を溶かして、蓋と壺の隙間に垂らした。
ジュッ。
蝋が固まって、完全に密封された。
「これで、空気が入らなくなったから、春まで腐らないよ」
「本当に? すごーい!」
モコが完成した壺を持ち上げて、キラキラした目で見つめた。
「春まで……」
ピコが呟いた。
「それまで、このジャム、食べられないってこと?」
「うん、基本的にはね」
「……」
ピコの尻尾が垂れ下がった。
「でも、一つくらいは今すぐ食べてもいいよ?」
「っ!」
尻尾がピーンと立った。
† † †
おやつの時間。
私たちは焼きたてのパンに、ジャムを塗って食べた。
「んー!!」
モコが頬を押さえた。
「あまーい! 酸っぱい! おいしー!」
尻尾がプロペラのように回っている。
「……おいしい」
トトも小さく頷いた。耳がピョコピョコ動いている。
「悪くないわね」
ピコはそう言いながら、3枚目のパンにジャムを塗っていた。
「ふふ」
私もパンを齧った。
野イチゴの甘酸っぱさと、ほんのりした砂糖の甘さ。
噛むたびに、秋の森の香りが口いっぱいに広がる。
(春まで、この味を閉じ込められるんだ)
冬が来ても、この壺を開ければ、秋の味覚が蘇る。
時を止める魔法。
それがジャムなんだと思う。
「ねえねえ、エリス姉」
モコがジャムだらけの口で言った。
「もっと作ろうよ! いーっぱい!」
「ふふ、そうだね。まだ果物、たくさんあるもんね」
「やったー!」
窓の外では、秋の風が木の葉を揺らしていた。
棚には、ピカピカの陶器の壺が並んでいる。
赤、紫、橙。
秋の宝石を閉じ込めた、小さな魔法の壺たち。
冬支度は、着々と進んでいる。
この調子なら、きっと大丈夫だ。
そう確信しながら、私は甘いパンを頬張るのだった……。




