表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『捨てられシスターと傷ついた獣の修繕日誌』 ~「修理が遅い」と追放されたけど、DIY知識チートで壊れた家も心も直して、幸せな家庭(ホーム)を築きます~  作者: エリモコピコット
第2章: 夏空の開拓と、小さな鍛冶師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/58

第46話:燻製器と香ばしい午後

 冬が来る。


 ガラムさんの言っていた通り、北の空は日に日に重くなっていた。朝起きると息が白く、指先がかじかむ。このままでは、せっかく貯めた食材も傷んでしまう。


「というわけで、今日は保存食を作るよ」


 私は鍛冶場の横に集まったみんなに宣言した。


「保存食?」


 モコが首を傾げる。


「うん。お肉を燻して、長持ちさせるの。燻製って言うんだよ」


「クンセー?」


「煙でいぶすの。そうすると、何ヶ月も腐らないんだよ」


「おおー! すごい!」


 モコの目がキラキラ輝いた。尻尾がブンブン揺れている。


「……どうやって」


 トトが静かに問いかけた。鉄板を抱えている。さっきから何やら考え込んでいるようだった。


「箱を作って、中で煙を出すの。トトちゃん、鉄の箱って作れる?」


「……ん」


 短く頷くと、トトはすぐに作業に取りかかった。カン、カン、カン。規則正しい音が響き始める。


  † † †


 トトの仕事は早かった。


 昼過ぎには、四角い鉄の箱が完成していた。蓋がぴったり閉まる密閉構造。底には空気穴があり、横には食材を吊るすための棒を通す穴が開いている。


「すごい、完璧だよトトちゃん」


「……ん」


 耳がピョコピョコ動いた。照れているらしい。


「あとは、この中に網を……」


 私は針金を手に取った。鉄を溶かして繋ぐ作業。かつて勇者パーティで「火力不足」と馬鹿にされた魔法だけど、こういう精密作業には向いている。


「点火……イグニス」


 指先に青白い炎が灯る。針金の交点に集中させると、ジュッ、と小さな音を立てて鉄同士が溶け合った。


「わぁ、くっついた!」


「ふふ、こうやって一個ずつ繋げていくの」


 ジュッ。ジュッ。ジュッ。


 地道な作業だけど、嫌いじゃない。むしろ好きかもしれない。


「……きれい」


 トトが溶接跡を見つめていた。


「本当? ありがとう」


  † † †


 網が完成し、いよいよ燻製の準備に入った。


 塩漬けにしておいた豚肉を取り出す。ガラムさんから買った岩塩で三日間漬け込んだものだ。赤い肉が、塩で締まってしっとりとした質感になっている。


「これを吊るして、クルミの木のチップで燻すんだよ」


「なんでクルミなの?」


 ピコが訊いた。私の作業を「興味なさそう」に眺めながら、でも一歩も離れない。


「クルミの木は香りがまろやかで、食材の味を邪魔しないの。煙と一緒に、ふわっていい香りがお肉に移るんだよ」


「ふーん」


 尻尾がゆらゆら揺れている。興味津々じゃないか。


 豚肉を網に吊るし、箱の中に入れる。底にクルミのチップを敷き詰めて、火をつけた。


 シュー……。


 白い煙が立ち上り始める。


「よし、蓋を閉めて……あ、待って」


 私は手を止めた。


「どうしたの、エリス姉?」


「冬だから、鉄の箱が冷えるんだよね。そうすると、中で結露して……」


「ケツロ?」


「水滴がついちゃうの。煙の中の悪いものが水に溶けて、お肉に落ちたらまずくなっちゃう」


「やだー!」


 モコが悲鳴を上げた。


「大丈夫、対策するから。ピコちゃん、この前作ったフェルトの端切れ、まだある?」


「……あるわよ。何に使うの?」


「蓋の裏に挟むの。水滴を吸ってくれるから」


 ピコが持ってきたフェルトを、蓋の裏側に張り付けた。これで結露対策は完璧。


 カチャン。


 蓋を閉めると、煙が箱の中に閉じ込められた。


「あとは、待つだけだよ」


「待つ? どれくらい?」


「数時間かな」


「ええー、長いー!」


 モコが不満そうに頬を膨らませた。


「ふふ、大丈夫。その分、美味しくなるんだよ」


 モコの頭を撫でてあげると、尻尾が一瞬で機嫌を直した。現金な子だ。


  † † †


 燻製が出来上がるまで、私たちは焚き火を囲んでいた。


 することがない。本当に、何もすることがない。


 でも、それがいい。


「……」


 パチ、パチ。


 薪が爆ぜる音だけが響く。


 燻製器から漂うクルミのチップの香りが、服に、髪に、染み込んでいく。甘くて、香ばしくて、あたたかい匂い。


「……いい匂い」


 トトがぽつりと言った。


「うん」


 モコが隣でうとうとしている。尻尾がだらんと垂れて、完全にリラックスしていた。


 ピコは眠そうな目で炎を見つめていた。猫獣人は暖かい場所が好きなのだ。


(ああ、なんかいいな、こういうの)


 焦らなくても、急がなくてもいい時間。


 煙の香りを嗅ぎながら、ただぼんやりする。


「……ねえ」


 トトが、ふと呟いた。


「もう、できた?」


「うーん、もうちょっとかな」


 私は笑った。


「待つのも、調味料のうちだよ」


「……?」


「急がないで、じっくり時間をかけると、美味しくなるってこと」


「……ふうん」


 トトは納得したような、してないような顔で頭を傾げた。


 ピコの尻尾が、ゆらり、と揺れた。


  † † †


 日が傾き始めた頃、燻製器を開けた。


 カチャン。


 蓋を開けた瞬間、煙と一緒に濃厚な香りが溢れ出した。


「わぁぁっ!」


 モコが目を覚ました。


 中を覗き込むと、豚肉が飴色に輝いていた。表面がテカテカと艶めき、まるで宝石のようだ。


「……すごい」


 トトが息を呑んだ。


 私はナイフを取り出し、ベーコンに刃を入れた。


 ザクッ。


 切り口から、脂の甘い香りが立ち上る。ピンク色の断面が、うっすらと透き通っていた。


「じゃあ、味見しよっか」


 一切れずつ、みんなに配った。


 モコが真っ先に頬張った。


「んー!!」


 もぐもぐと咀嚼しながら、尻尾がプロペラのように回転している。


「おいひー! なんかね、お肉の味がギュッてなってる! 煙の味がする!」


「燻製だからね。嬉しいな」


 トトは黙って食べていた。でも、耳がピョコピョコ動いているから、気に入ったんだろう。


 ピコは……。


「……悪くないわね」


 そう言いながら、二切れ目に手を伸ばしていた。


「あっ、ピコ、二枚目!」


 モコが声を上げた。


「な、なによ! テストよ、テスト! 一枚じゃ味が分からないじゃない!」


 尻尾がブンブン揺れている。正直すぎる。


「ふふ」


 私も一切れ口に入れた。


 噛むと、凝縮された肉の旨味と、クルミの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。塩気が脂の甘さを引き立てて、奥深い味わいになっている。


(……美味しい)


 勇者パーティにいた頃は、こんな贅沢はできなかった。移動と戦闘の連続で、食事は栄養を摂るだけのものだった。


 でも今は、こうして時間をかけて、丁寧に、美味しいものを作れる。


 待つ時間さえ、贅沢だと思える。


「ねえ、エリス」


 ピコが言った。


「これ、もっとたくさん作れないの?」


「えっ、気に入ってくれた?」


「べ、別に! ただ、保存食はたくさんあった方がいいじゃない! 冬のために言ってんのよ!」


 尻尾がふわふわ揺れている。本当に正直な尻尾だ。


「ふふっ、うん、たくさん作ろうね。チーズも、魚も燻せるんだよ」


「……そう」


 ピコはそっぽを向いた。耳だけが、ご機嫌にピコピコ動いている。


 トトはまだ黙々と食べていた。三枚目。


「トトちゃん、美味しい?」


「……ん。……いい仕事、した」


 それは、自分が作った燻製器への評価だろうか。ちょっと違う気もするけど、まあいいか。


 夕焼けが空を染めていく。


 クルミのチップの香りが染み込んだ服を着て、私たちは燻製ベーコンを頬張った。


 冬が来る。寒くて厳しい季節だ。


 でも、こうして保存食を作れば、きっと乗り越えられる。


 それに、待つ時間でさえ楽しいのだから。


 穏やかな達成感が、秋の終わりの風と一緒に吹き抜けていったのだった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ