第44話:銀色の綿毛と叩く水車
10月も終わりに差し掛かった頃。
私たちは、ガラムさんがくれた羊毛の袋を開けた。
「わぁ……フワフワ!」
モコが目を輝かせて、白い綿毛に手を突っ込む。
「雲みたい! あったかーい!」
「これで冬用の防寒具を作るよ」
「やったー!」
モコが嬉しそうに尻尾を振った。
† † †
羊毛を布にするには、「水フェルト」という方法を使う。
石鹸水をかけて、ゴシゴシ揉むだけで、繊維同士が絡み合って布になるのだ。
「まずは羊毛を洗って、汚れを落とすよ」
私たちは灰汁を溶かしたぬるま湯で、羊毛を揉み洗いした。
「うひゃぁ、ヌルヌルするぅ」
モコが楽しそうに手を動かす。
「アタシは見てるだけにするわ。水仕事は苦手なの」
ピコは暖炉のそばで丸くなっている。
「……ん。ボクも、やる」
トトはおずおずと手を入れて、不器用に毛を揉んでいた。
洗った毛を乾かすと、ふわふわの綿のような状態になった。
「きれいー!」
「でしょ? これを薄く広げて、石鹸水をかけて、ゴシゴシするの」
私は平らな板の上に毛を広げ、灰汁水をかけた。
それを手のひらでゴシゴシ、ゴシゴシ。
「お餅つきみたいだね!」
「あはは、確かに」
しばらくすると、バラバラだった毛がだんだん絡み合って、一枚の布みたいになってきた。
「おおー! 固まってきた!」
「これがフェルトだよ」
でも、まだフワフワしていて頼りない。もっと丈夫にするには、たくさん叩かないといけない。
「んー……腕がパンパンになってきた」
「モコも疲れたぁ」
私はふと、裏庭で回り続けている水車を見た。
「……ねえトトちゃん。水車に『叩く仕掛け』ってつけられる?」
「……叩く?」
「うん。軸に出っ張りをつけて、木の棒を持ち上げて落とす……みたいな」
トトの目がキラリと光った。
「……できる。やる」
† † †
数時間後。
ドスン。 ドスン。 ドスン。
裏庭に、規則正しい音が響き始めた。
「おおー! 勝手に叩いてる!」
モコが目を輝かせる。
水車が回るたびに、太い木の棒が持ち上がって、ドスン! と落ちる。
叩かれたフェルトは、みるみるうちにギュッと目が詰まっていく。
「すごい……手でやるより、ずっとしっかりしてる」
トトが完成した布を触って、満足げに頷いた。
† † †
出来上がったフェルト生地で、私たちは冬用の防寒具を作った。
「まずは帽子ね!」
私は木で作った頭の型に、濡らしたフェルトを被せた。
ギュッギュッと押さえつけて、乾かす。
「わぁ! つるんとした帽子だ!」
モコが完成した帽子を被って、嬉しそうに走り回る。
「次は手袋!」
「……ん。足も冷える」
「じゃあスリッパも作ろう」
みんな分の帽子、手袋、スリッパ。
白いフェルトの防寒具が、どんどん出来上がっていく。
「アタシにも頂戴」
ピコがスリッパを履いて、目を細めた。
「……悪くないわね。床が冷たくない」
尻尾がご機嫌に揺れている。
† † †
夕暮れ時。
私たちは新しい防寒具に身を包んで、暖炉の前に集まっていた。
「ねぇねぇ、エリス姉」
モコが、何かを後ろ手に隠しながら近づいてきた。
「なに?」
「えっと……これ、あげる」
差し出されたのは、一組の手袋だった。
他のみんなの分よりも丁寧に作られていて、指先まで綺麗に形が整っている。
でも、よく見ると……白い羊毛の中に、銀色の毛がキラキラと混ざっていた。
「モコ、これって……」
「えへ……モコの尻尾の毛、ちょっとだけ混ぜたの」
モコが照れくさそうに耳を伏せる。
「エリス姉、いつも手が冷たいでしょ? だから……モコの毛で、守ってあげたくて」
「モコ……」
私は手袋を受け取って、そっと手を入れてみた。
白いフェルトの中に、銀色の毛がキラキラと光っている。
モコの気持ちが、じんわりと手を温めてくれるようだった。
「……ありがとう。大切にするね」
「うん……!」
モコが満面の笑みで尻尾を振った。
窓の外では、冷たい風が木々を揺らしている。
裏庭からは、水車の回る音と、跳ねハンマーの規則正しい音が聞こえてくる。
ドスン。 ドスン。 ドスン。
「……なんか、いいわね」
ピコが窓の外を見ながら呟いた。
「水の音と、叩く音。聞いてると落ち着くわ」
「うん……心地いいよね」
私は銀色の混ざった手袋をそっと握りしめた。
冬の足音は、すぐそこまで来ている。
でも、温かい家と、頼もしい仲間がいる。
きっと大丈夫。
そう思いながら、私は穏やかな夕暮れに身を委ねるのだった……。




