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『捨てられシスターと傷ついた獣の修繕日誌』 ~「修理が遅い」と追放されたけど、DIY知識チートで壊れた家も心も直して、幸せな家庭(ホーム)を築きます~  作者: エリモコピコット
第2章: 夏空の開拓と、小さな鍛冶師

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(幕間・勇者パーティ)王都の勇者たちと忍び寄る錆


 季節は冬。


 エリスたちが温かい家でぬくぬくしていた、まさにその頃——。


 王都セレスト近郊にある「嘆きの洞窟(Bランクダンジョン)」では、勇者レオンハルト率いるパーティが、苦戦を強いられていた。


 湿気の多いこのダンジョンは、鉄を錆びさせることで知られている。


 ——けれど、彼らを蝕む「錆」は、剣の表面だけではなかった。


   † † †


 ガキンッ!!


「くっ……! 硬い!」


 勇者レオンの振るった聖剣が、魔物アーマード・リザードの鱗に弾かれた。


 火花が散り、剣を持つ手が痺れる。


「おい! 切れ味が悪いぞ! 研ぎに出したばかりだろ!?」


 レオンが苛立ちを露わにして叫ぶ。


「文句を言うなよ。最高級の鍛冶屋でメンテナンスしたはずだぜ」


 盗賊のフィリップが、クロスボウを撃ちながら答える。


 だが、彼の放った矢も、狙いよりわずかに右に逸れ、魔物の肩をかすめるに留まった。


「チッ……照準がズレてるな。湿気で木が歪んだか?」


「無駄口を叩いている暇があったら、倒してください!」


 後衛から、聖女ソフィアの鋭い声が飛ぶ。


「私の『聖なる結界ホーリー・バリア』も、魔力消費が激しいのです。早く終わらせてくださらないと、持ちませんわ!」


 連携が噛み合わない。


 以前なら、もっとスムーズに敵を処理できていたはずだ。


 何かが、おかしい。


 ドォォォン!!


 結局、魔法使いルーカスの広範囲爆裂魔法で強引に敵を吹き飛ばし、戦闘は終了した。


   † † †


「……はぁ、はぁ。ひどい目にあった」


 戦闘後。


 洞窟の安全地帯で、一行は荒い息を吐いていた。


「レオン、腕を見せてください。火傷していますわ」


 ソフィアが近づき、レオンの腕に手をかざす。


 爆風の余波で、軽い火傷を負っていたのだ。


「ああ、頼む」


「『大治癒ハイ・ヒール』」


 眩い光と共に、傷が一瞬で塞がる。


 さすがは高位の聖女。その回復速度は圧倒的だ。


 しかし——。


「っ……」


 ソフィアが小さくよろめいた。


 顔色が青白い。


「おい、大丈夫か?」


「……ええ、平気ですわ。ただ、今日は連戦続きで、少し魔力を使いすぎました」


 以前——エリスがいた頃は、こうした小さな傷は彼女が包帯や軟膏で処置していた。


 あるいは、戦闘の合間にエリスが配る手作りのポーションで、こまめに魔力を補給できていた。


 だが今は、全ての負担がソフィア一人にかかっている。


「ポーションを飲めばいいだろ」


 レオンが腰のポーチから、市販のポーションを取り出して渡した。


 ソフィアはそれを受け取り、眉をひそめて一気に飲み干す。


「……っ、不味まずいですわね、相変わらず」


 市場で売られているポーションは、独特の苦味とエグみがある。


 エリスが作っていたポーションは、蜂蜜やハーブで味付けされていて、飲みやすかったのに——。


(……いや、あの子のことは関係ない)


 ソフィアは苦い後味を無理やり飲み込んだ。


 金があるのだから、高い薬を買えばいいだけのこと。


 ——そのはずだった。


   † † †


「それにしても、装備の調子が悪いな」


 フィリップが自分の短剣を光にかざして、舌打ちをした。


「刃こぼれしてる。……おかしいな。前の雑用係がいた時は、こんなに早くガタが来ることはなかったんだが」


「あいつが夜な夜な磨いていたからだろう」


 ルーカスが淡々と言った。


「だが、それは時間の無駄だ。壊れたら買い換えればいい。俺たちはSランクを目指す身だ。道具に愛着を持つ必要はない」


「分かってるよ。でも……」


 フィリップは言葉を濁した。


 買い換えればいい。それは正論だ。


 でも、新品の靴は足に馴染むまで靴擦れを起こすし、新しい剣は重心が微妙に違う。


 エリスは、それを知っていた。


 だから毎晩、彼らの寝ている間に、革を揉んで柔らかくし、剣の柄に滑り止めの溝を刻んでいたのだ。


 微細な調整。「違和感のない動き」を支える、見えない仕事。


 その支えがなくなった今、彼らの体には少しずつ疲労が蓄積していた。


「……クソッ。帰ったらまた鍛冶屋に文句を言ってやる」


 レオンは苛立たしげに剣を鞘に収めようとした。


 ガチン。


 鞘の口金が変形していて、スムーズに入らない。


「なんなんだよ、これ!」


 無理やり押し込む。


 嫌な金属音が洞窟に響いた。


   † † †


「おい、エリスから取り上げた『ヒーリングワンド』はどうした?」


 ふと、レオンが思い出したように聞いた。


 ソフィアのMP温存のために使えるはずだ。


「ああ、あれですか……」


 ソフィアは荷物袋の奥から、雑多な道具と一緒に放り込まれていた杖を取り出した。


 かつては透き通るような輝きを放っていた先端の魔石。


 今は手垢と埃にまみれ、白く曇ってしまっている。


「使い物になりませんわ。魔力が空のまま、一向に回復しないのです」


「はぁ? 自動充填リチャージ式だろ? 故障か?」


「恐らく。……所詮は、三流の魔導具だったということですわ」


 ソフィアは不快そうに眉をひそめた。


 この杖は繊細な魔導具だ。魔石の表面が曇っていると、大気中のマナを吸収できない。


 エリスは毎晩、眠い目をこすりながら、専用のクロスで丁寧に磨いていた。


 ——でも、それを知る者は、もうこの場にいない。


「チッ……やっぱりゴミか」


 結局、杖はまた袋の奥底へと放り込まれた。


 メンテナンスもされず、魔石も曇ったままで。


   † † †


 ——忍び寄る錆。


 それは剣の表面だけでなく、彼らのパーティとしての連携や、体調にも、静かに侵食を始めていた。


 けれど、彼らはまだ気づかない。


 自分たちが「不便」を感じている理由が、たった一人の少女の不在にあることを。


 プライドと効率至上主義が、その真実から目を逸らさせている。


「行くぞ。こんなダンジョン、さっさと踏破する」


 レオンが歩き出す。


 その背中で、手入れ不足の鎧が、ギシギシと悲鳴のような音を立てていた。

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