(幕間・勇者パーティ)王都の勇者たちと忍び寄る錆
季節は冬。
エリスたちが温かい家でぬくぬくしていた、まさにその頃——。
王都セレスト近郊にある「嘆きの洞窟(Bランクダンジョン)」では、勇者レオンハルト率いるパーティが、苦戦を強いられていた。
湿気の多いこのダンジョンは、鉄を錆びさせることで知られている。
——けれど、彼らを蝕む「錆」は、剣の表面だけではなかった。
† † †
ガキンッ!!
「くっ……! 硬い!」
勇者レオンの振るった聖剣が、魔物の鱗に弾かれた。
火花が散り、剣を持つ手が痺れる。
「おい! 切れ味が悪いぞ! 研ぎに出したばかりだろ!?」
レオンが苛立ちを露わにして叫ぶ。
「文句を言うなよ。最高級の鍛冶屋でメンテナンスしたはずだぜ」
盗賊のフィリップが、クロスボウを撃ちながら答える。
だが、彼の放った矢も、狙いよりわずかに右に逸れ、魔物の肩を掠めるに留まった。
「チッ……照準がズレてるな。湿気で木が歪んだか?」
「無駄口を叩いている暇があったら、倒してください!」
後衛から、聖女ソフィアの鋭い声が飛ぶ。
「私の『聖なる結界』も、魔力消費が激しいのです。早く終わらせてくださらないと、持ちませんわ!」
連携が噛み合わない。
以前なら、もっとスムーズに敵を処理できていたはずだ。
何かが、おかしい。
ドォォォン!!
結局、魔法使いルーカスの広範囲爆裂魔法で強引に敵を吹き飛ばし、戦闘は終了した。
† † †
「……はぁ、はぁ。ひどい目にあった」
戦闘後。
洞窟の安全地帯で、一行は荒い息を吐いていた。
「レオン、腕を見せてください。火傷していますわ」
ソフィアが近づき、レオンの腕に手をかざす。
爆風の余波で、軽い火傷を負っていたのだ。
「ああ、頼む」
「『大治癒』」
眩い光と共に、傷が一瞬で塞がる。
さすがは高位の聖女。その回復速度は圧倒的だ。
しかし——。
「っ……」
ソフィアが小さくよろめいた。
顔色が青白い。
「おい、大丈夫か?」
「……ええ、平気ですわ。ただ、今日は連戦続きで、少し魔力を使いすぎました」
以前——エリスがいた頃は、こうした小さな傷は彼女が包帯や軟膏で処置していた。
あるいは、戦闘の合間にエリスが配る手作りのポーションで、こまめに魔力を補給できていた。
だが今は、全ての負担がソフィア一人にかかっている。
「ポーションを飲めばいいだろ」
レオンが腰のポーチから、市販のポーションを取り出して渡した。
ソフィアはそれを受け取り、眉をひそめて一気に飲み干す。
「……っ、不味いですわね、相変わらず」
市場で売られているポーションは、独特の苦味とエグみがある。
エリスが作っていたポーションは、蜂蜜やハーブで味付けされていて、飲みやすかったのに——。
(……いや、あの子のことは関係ない)
ソフィアは苦い後味を無理やり飲み込んだ。
金があるのだから、高い薬を買えばいいだけのこと。
——そのはずだった。
† † †
「それにしても、装備の調子が悪いな」
フィリップが自分の短剣を光にかざして、舌打ちをした。
「刃こぼれしてる。……おかしいな。前の雑用係がいた時は、こんなに早くガタが来ることはなかったんだが」
「あいつが夜な夜な磨いていたからだろう」
ルーカスが淡々と言った。
「だが、それは時間の無駄だ。壊れたら買い換えればいい。俺たちはSランクを目指す身だ。道具に愛着を持つ必要はない」
「分かってるよ。でも……」
フィリップは言葉を濁した。
買い換えればいい。それは正論だ。
でも、新品の靴は足に馴染むまで靴擦れを起こすし、新しい剣は重心が微妙に違う。
エリスは、それを知っていた。
だから毎晩、彼らの寝ている間に、革を揉んで柔らかくし、剣の柄に滑り止めの溝を刻んでいたのだ。
微細な調整。「違和感のない動き」を支える、見えない仕事。
その支えがなくなった今、彼らの体には少しずつ疲労が蓄積していた。
「……クソッ。帰ったらまた鍛冶屋に文句を言ってやる」
レオンは苛立たしげに剣を鞘に収めようとした。
ガチン。
鞘の口金が変形していて、スムーズに入らない。
「なんなんだよ、これ!」
無理やり押し込む。
嫌な金属音が洞窟に響いた。
† † †
「おい、エリスから取り上げた『ヒーリングワンド』はどうした?」
ふと、レオンが思い出したように聞いた。
ソフィアのMP温存のために使えるはずだ。
「ああ、あれですか……」
ソフィアは荷物袋の奥から、雑多な道具と一緒に放り込まれていた杖を取り出した。
かつては透き通るような輝きを放っていた先端の魔石。
今は手垢と埃にまみれ、白く曇ってしまっている。
「使い物になりませんわ。魔力が空のまま、一向に回復しないのです」
「はぁ? 自動充填式だろ? 故障か?」
「恐らく。……所詮は、三流の魔導具だったということですわ」
ソフィアは不快そうに眉をひそめた。
この杖は繊細な魔導具だ。魔石の表面が曇っていると、大気中のマナを吸収できない。
エリスは毎晩、眠い目をこすりながら、専用のクロスで丁寧に磨いていた。
——でも、それを知る者は、もうこの場にいない。
「チッ……やっぱりゴミか」
結局、杖はまた袋の奥底へと放り込まれた。
メンテナンスもされず、魔石も曇ったままで。
† † †
——忍び寄る錆。
それは剣の表面だけでなく、彼らのパーティとしての連携や、体調にも、静かに侵食を始めていた。
けれど、彼らはまだ気づかない。
自分たちが「不便」を感じている理由が、たった一人の少女の不在にあることを。
プライドと効率至上主義が、その真実から目を逸らさせている。
「行くぞ。こんなダンジョン、さっさと踏破する」
レオンが歩き出す。
その背中で、手入れ不足の鎧が、ギシギシと悲鳴のような音を立てていた。




