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第4話:即席の草箒と、泥つきのハネ出し野菜

 キィィ……。


 錆びついた蝶番ちょうつがいが、悲鳴のような音を立てる。私は恐る恐る、新しい「我が家」へと足を踏み入れた。


「……すごいホコリ


 思わず手で口を覆う。夕日が差し込む室内には、キラキラと舞う埃の粒子が見えた。床には枯れ葉や砂が積もり、天井の隅には立派な蜘蛛の巣がカーテンのように垂れ下がっている。


 長年、誰も住んでいなかった証拠だ。


(まずは、寝る場所だけでも確保しないと)


 私はリュックを部屋の隅——比較的汚れが少なそうな場所——に置いた。


 もうすぐ日が暮れる。明かりはないし、もちろん電気もない。暗くなる前に、少しでも掃除をしておきたい。


「えっと、掃除道具は……」


 辺りを見回すが、ほうき一本落ちていない。あるのは廃材とゴミだけだ。


(……作るか)


 私は庭に出た。背丈ほどに伸びた雑草の中から、茎が硬くてしなやかなススキのような草を探す。


 愛用の「万能ナイフ」を取り出し、根元から刈り取っていく。ザッ、ザッ。草を刈る感触が、手に心地いい。


 刈り取った草を束ねて、手持ちの紐でギュッと縛る。穂先をナイフで切り揃えれば——。


「即席・草箒くさぼうきの完成」


 不格好だけど、埃を掃き出すくらいなら十分だ。


  † † †


 家に戻り、私は窓を全開にした。壊れかけの雨戸がガタガタと揺れる。


「よし、いくよ」


 私は草箒を構え、床のゴミを掃き出し始めた。


 サッサッ、サッサッ。


 乾いた音が響く。積もっていた砂埃が舞い上がり、私は咳き込んだ。


「けほっ……うぅ、すごい」


 これじゃあ、掃いてるのか埃を撒き散らしているのか分からない。普通の掃除なら、水を撒いて埃を落ち着かせるのが定石だけど、腐りかけた床板に水を吸わせたくない。


(……そうだ)


 私は箒を持つ手を止めた。私には、魔法があるじゃないか。


「『送風プチ・ウィンド』」


 小さく詠唱する。私の掌から、扇風機の「弱」くらいの風が吹き出した。


 戦闘では、相手の髪を揺らす程度しか役に立たない、最弱の風魔法。でも、今はこれが最強の武器になる。


 風を床に這わせるように操り、埃を窓の方へと誘導する。


 フワァァ……。


 舞い上がった埃が、風に乗って屋外へと吸い出されていく。


「便利……!」


 掃き掃除と送風魔法のコンボ。これなら、埃を吸い込まずに部屋を綺麗にできる。


(勇者パーティのみんなは、こんな使い方思いつかないだろうな)


 彼らにとって魔法は「敵を倒す力」。掃除のためにMPを使うなんて、ナンセンスだと笑われるだろう。


 でも、私にとっては、こっちの方がずっと大事な魔法だ。


  † † †


 一時間後。部屋の隅の、畳二畳分くらいのスペースだけは、なんとか横になれるくらい綺麗になった。


 日は完全に落ち、室内は闇に包まれている。


「『点火イグニス』」


 指先に小さな火を灯す。その明かりを頼りに、私はリュックから干し肉を取り出し、遅い夕食をとった。


 カジッ。


 硬い肉を噛み締めながら、ぼんやりと部屋を眺める。


 窓ガラスがないから、風が吹き込んでくる。床は固いし、カビ臭い。王都の宿舎にあった柔らかいベッドが、少しだけ恋しい。


(……寒くなってきたな)


 私は旅の道中で使っていた薄い布を体に巻き付け、部屋の隅で小さく丸まった。


 工具箱を枕元に置く。手ぬぐいを取り出し、今日使った万能ナイフの刃を丁寧に拭う。


 草の汁や泥を落とし、最後に刃こぼれがないか指で確認する。


「よし。今日もお疲れ様」


 道具に声をかけると、心がすっと落ち着く。神様への祈りは忘れても、これだけは欠かせない私の儀式。


 ナイフを箱にしまうと、私は固い床に横になった。


 背中が痛い。風の音がうるさい。一人ぼっちの、広い廃屋。


 でも——。


(ここは、私の家だ)


 誰の許可もいらない。明日は、もっと広く掃除しよう。明後日は、あの隙間を塞ごう。


 全部、自分で決めていいんだ。


 その事実は、寒さを忘れさせるくらい、私の胸を熱くした。


「おやすみなさい」


 私は目を閉じた。ココン村での最初の夜は、静かに更けていった。


  † † †


 翌朝。


 ガタガタッ!


 風で雨戸が揺れる音で、私は目を覚ました。


「んん……痛た……」


 体を起こすと、全身がバキバキと音を立てた。やっぱり、床で寝るのは体に悪い。腰が悲鳴を上げている。


 顔を洗おうと庭に出ると、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。


「おはようございます、シスター様!」


「あ、村長さん。おはようございます」


 村長さんは、背中に大きな荷物を背負っていた。


「どうでしたか、昨夜は。幽霊なんかは出ませんでしたかな?」


「ふふ、幽霊は出ませんでしたが……隙間風が幽霊みたいに鳴いてました」


「でしょうなぁ。あんなボロ家で寝かせちまって、申し訳ない」


 村長さんは苦笑しながら、荷物を下ろした。


「これ、使ってください。村の連中から集めた古着やわらなんかを詰めた袋です。敷けば少しは床の冷たさもマシになるでしょう」


「えっ、いいんですか? こんな貴重なものを……」


「いいんですいいんです。それと、これも」


 村長さんは、泥だらけの麻袋も渡してくれた。


「これは……野菜?」


 中を覗くと、二股に分かれたニンジンや、握り拳よりずっと小さなジャガイモがゴロゴロ入っていた。


「見ての通り、売り物にならない『ハネ出し』ですがね。味は一緒ですから」


 村長さんは、少し照れくさそうに頬をかいた。


「村の連中がね、『新しいシスター様が来たんだろ?』って、勝手に持ってきたんですよ。余り物で失礼かとは思ったんですが……」


「……!」


 私は、胸が詰まった。


 この村は貧しいと聞いていた。自分たちの食べる分だって、決して余裕はないはずだ。それなのに、どこの誰かも分からない私に、こうして分け与えてくれる。


「ありがとうございます……! すごく、嬉しいです」


 私は深々と頭を下げた。泥だらけの野菜が、宝石よりも輝いて見えた。


「何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね。では、私は畑がありますので」


 村長さんは手を振って帰っていった。


 残された私は、藁の詰まった袋と、泥野菜を抱きしめた。


 温かい。朝日の中で、人の優しさがじんわりと染みてくる。


(頑張ろう)


 昨日の夜は、寒くて心細かったけれど。この村の人たちのために、私にできることを返していきたい。


「まずは……この家を、人が住める場所にしないとね」


 私は腕まくりをした。今日の目標は、快適な寝床作りと、隙間風対策だ。


 私は工具箱を手に取り、やる気に満ちた足取りで家の中へと戻っていった。

本日は区切りの問題で7話まで掲載予定です!

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

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