第35話:退屈な朝と頼れる背中
「ぶぅ~~……」
朝の食卓に、不満たっぷりの声が響いた。
モコがテーブルに頬を押し付け、スプーンを弄りながら唇を尖らせている。
「どうしたのモコ? お腹痛い?」
「ちがうの……。ふいご飽きちゃった…」
モコががっくりと肩を落とした。
「最初は楽しかったけど……ずーっと同じリズムで、押して、引いて、押して、引いてばっかりだから……。」
(鉄製品を修理したり作ってた間、いつもふいご係やってもらったもんね…)
「まあ…。あの単調な作業は辛いわよねぇ」
ピコが紅茶をすすりながら、同情するように言った。
でも、トトの鍛冶仕事が増えれば増えるほど、火力を維持するための風はずっと送り続けなきゃいけない。
(うーん……とはいったものの……どうしようっか……。)
私は窓の外を見た。裏庭のすぐそばには、豊かな水量で流れる川がある。
前世の記憶がふわりと蘇る。水車小屋。コトコト回る牧歌的な風景。
「ねえトトちゃん。あの川の力を使って、ふいごを勝手に動かせないかな?」
「……川?」
トトがコテッと首を傾げる。どうやらピンと来ていないようだ。
無理もない。この世界にはまだ、そんな便利な自動機械は普及してないし、トトはあくまで「武器や道具」の専門家だ。
「えっとね、水車はわかるよね?」
「……ん。粉挽き小屋にあるやつ。でも、あれは石臼を「回す」だけ」
トトが首をかしげる。 ごもっともだ。普通の水車はクルクル回るだけ。対してふいごは「押して、引く」という直線の動きが必要だ。動きの種類が違う。
「そう! その『回る』動きを、『押して引く』に変えるの!」
私は近くの木の枝を拾うと、地面にガリガリと円を描き始めた。
「えっとね、こう……川の中に水車を置くでしょ? 普通は真ん中の軸から力を取るけど、そうじゃなくて……」
私は円の縁に近い部分に、グリグリと点を打った。
「ここ! 真ん中じゃなくて、端っこに棒をつけるの!」
「……端っこ?」
「そう。ここに棒をつけて、ふいごの取っ手に繋ぐとね……」
私は描いた点から、直線を伸ばして見せた。
「水車が回ると、この点は遠くに行ったり、近くに戻ってきたりするでしょ? つまり、回る力が『行って、帰って』の動きになるの!」
「……『回る』が、『行って、帰って』?」
「そう! まさにそれ!」
トトがハッとしたように私の手から枝を奪い取った。
サラサラサラ……。
私の図の横に、流麗な線が走る。 描かれたのは、水を受ける羽根車。そして、その中心軸から少しずれた位置に接続された棒。
「……なるほど。回転する動きを、往復する動きに変える」
すごい。私の説明図から、完璧な「クランク機構」を理解しちゃった。さすが天才鍛冶師。
「……これなら、勝手に動く。モコ、いらない」
「やったー! モコ、自由だー!」
モコがバンザイをする。
しかし、さらに詳細な図を描き込んでいたトトの手が、ピタリと止まった。
「……あ」
「どうしたの?」
「……ダメ。これ、動かない」
トトが図の中心、水車の軸の部分をバツ印で消した。
「……ふいごを動かすには、水車は大きくないとダメ。……すごく、重くなる」
トトの表情が曇る。
「……こんな重いのが木の軸で回ったら、すぐに削れてしまう。……ガタガタになって、折れる」
トトの表情が曇る。
言われてみればそうだ。
数百キロにもなる水車を、ただの木だけで支えて回し続けるなんて、ヤスリで削っているようなものだ。
「じゃあ、ポンプと同じように軸を鉄にする?」
「……鉄が、足りない」
トトが炉の脇にある鉄くずの山を見る。流石に水車を支えるような太くて長い鉄の棒を作るには、ゴブリンの鎧が何個あっても足りないのだ。
アイデアはいいのに、材料と強度が釣り合わない。
うーん、と二人で腕組みをして唸っていると、トトが何かに気づいたように顔を上げた。
「……全部、鉄じゃなくていいかも」
「え?」
トトが地面の図を書き直していく。
「……本体は、木でいい。擦れる端っこだけ、鉄にする」
なるほど!
軸のメイン部分は太い丸太を使い、回転して負荷がかかる両端の部分にだけ、鉄のカバーを被せるんだ。いわゆる「ハイブリッド軸」だ!
「すごい! それなら鉄も少しで済むね!」
「……ん。これなら、作れる」
方針は決まった。まずは、軸の本体となる頑丈な木が必要だ。
† † †
私たちは近くの森へと繰り出し、樹齢数十年はありそうな立派な樫の木を切り倒した。
ズズーン……!
地響きと共に巨木が倒れる。枝を落とし、長さ3メートルほどの丸太に加工した。
さあ、これを家に運ぶだけなんだけど……。
「せーのっ!」
ゴロン……。
三人掛かりで押して、ようやく一回転したかどうかだ。
「うそ……こんなに重いの!?」
「あ、当たり前でしょ!切り出したばかりの生木は水分たっぷりで、鉄みたいに重いのよ」
ピコが肩で息をしながら言った。
これでは、家まで転がして帰るだけで日が暮れてしまう。途方に暮れていると、
「……モコ、やる!」
モコが、ふんす! と鼻息荒く前に出た。
「モコ、これ運ぶ! 力仕事なら、飽きないもん!」
モコは丸太の下に潜り込むと、二の腕にグッと力を込めた。
「んんっ……ふんぬっ!!」
メリメリッ……!
地面にめり込んでいた丸太が、ゆっくりと浮き上がる。
「うそっ……持ち上げた!?」
ピコが目を丸くする。モコは顔を真っ赤にしながらも、自分の体よりも大きな丸太を肩に担ぎ上げたのだ。
「へ、へっちゃらだよ……! はやく、帰ろう!」
一歩、また一歩。地面に深い足跡を残しながら歩くモコ。
その背中は、どんな重機よりも頼もしかった。
私たちはモコに感謝しつつ、その背中を追って帰路につくのだった……。
※今回前半途中でおわっちゃったので、18:10に後半あげます!




