第34話:回るハンドルと空へのブランコ
早朝の裏庭に、耳障りな音が響き渡っていた。
ギギギ……ギギギィ……!
まるで怪鳥の断末魔のような音だ。
「うぅ~……うるさいよぉ……」
モコが井戸のポンプのハンドルを回しながら、ぺたんと耳を塞いでいる。
彼女の怪力ならハンドル自体は指先一つで回せる軽さなのだが、この不快な音だけはどうにもならないらしい。
「うるさいわねぇ。まだ寝てる鳥が起きちゃうわよ」
ピコも不機嫌そうに起きてきて、自分の猫耳をパタパタと手で塞いでいる。
私はポンプの軸を見つめて溜息をついた。原因は単純。水を吸って膨張した木の軸が、強く擦れ合って悲鳴を上げているのだ。木製部品の限界だった。
「トトちゃん! このポンプの軸、鉄で作れたりしない?」
私が尋ねると、トトは古くなった木の軸を指先でなぞり、コクリと頷いた。
「……ん。作れる。……もっと、良いやつ」
その言葉には、職人の静かな自信が滲んでいた。
† † †
早速、改修工事のスタートだ。 トトは鉄の棒を炉に入れ、真っ赤に熱して叩き始めた。
カン! カン! カン!
高く澄んだ音が、秋の空に吸い込まれていく。トトが小槌を振るうたびに、鉄の棒が形を変えていく。でも、ただの丸い棒じゃない。
「……真ん中は、四角。端っこは、丸」
トトの言葉通り、真ん中は角材のように四角く、両端だけが綺麗な円柱に整えられていく。
「あ、そっか! 全部丸いと、木の螺旋がツルッと滑って空回りしちゃうもんね」
「……ん。四角なら、噛み合う。逃げない」
トトが満足げに頷く。さらに、軸を支える「軸受け」部分も鉄で作り出し、仕上げにたっぷりと脂を塗り込む。
ヌラリと黒光りする鉄の軸。それは、今までの木工細工とは明らかに違う、「機械」の部品としての存在感を放っていた。
† † †
換装作業はあっという間に終わった。螺旋部分は木のままだが、芯となる軸は強靭な鉄だ。
「よし……モコ、回してみて」
「うん! 任せて!」
モコがハンドルを握り、クルッと回す。
スルルルル……。
聞こえてくるのは、水が流れる音と、微かな風切り音だけ。あの不快な摩擦音は完全に消え失せていた。
ジョボボボボボッ!!
筒の先から、今まで以上の勢いで地下水が噴き出した。
「わぁっ! 音がしない! 全然うるさくないよ!」
モコが目を輝かせて、ブンブンとハンドルを回す。四角い軸が螺旋をしっかりと食い込ませているおかげで、力のロスも全くないみたいだ。
「……完璧」
トトが小さくガッツポーズをした。
「へぇ……大したもんね。これなら、朝寝坊しても起こされなくて済みそうだわ」
ピコが腕組みをして、噴き出す水を満足げに眺める。その尻尾は、ご機嫌にゆらゆらと揺れていた。
† † †
ポンプの修理が終わった午後。トトがまだ炉の前に座っていたので、私は思いついた「ある計画」を持ちかけてみた。
「ねえトトちゃん。余った鉄で、鎖……チェーンって作れる?」
「……鎖? ……何に使うの?」
トトが首を傾げる。武器でも農具でもないリクエストに戸惑っているようだ。
「ふふ、ちょっとした遊びだよ」
トトが作ってくれた頑丈な鉄の鎖。それを、裏庭にある一番大きな木の、太い枝にしっかりと巻き付ける。 そして鎖の先に、私が削り出した座り心地の良い木の板を取り付けた。
「じゃーん! 『特製ブランコ』の完成!」
それだけじゃない。隣には、余った板を組み合わせた滑り台も設置した。
「仕上げに、これを塗り込んで……と」
私が板の表面にゴシゴシと擦り込んでいるのは、森で集めた蜜蝋だ。
「……いい匂い」
「でしょ? これを塗らないと、摩擦でお尻が熱くなっちゃうからね」
ささくれ防止と、滑りを良くするためのひと手間。これでスベスベの特等席ができあがった。殺風景だった裏庭が、一気に公園らしくなる。
「……これ、役に立つの?」
トトがブランコを指差し、不思議そうに眉をひそめた。
生きるために必要な道具ばかり作ってきた彼女には、生産性のない道具の意味がわからないのかもしれない。
「役に立つかどうかは……ほら、見てて」
私はモコを手招きした。
「モコ、座ってみて!」
「えっ、なにこれなにこれ! 座っていいの?」
モコがおっかなびっくり木の板に座る。私はその背中を、優しくトンと押した。
「わっ……!」
身体がふわりと浮く。戻ってきた背中を、もう一度押す。
「わあぁぁぁーーっ!!」
モコの声が弾けた。風を切って高く舞い上がる感覚。琥珀色の瞳がキラキラと輝き、大きな尻尾が空中でブンブンと振られる。
「すごーい! 空を飛んでるみたいー! エリス姉、もっともっとー!」
「ふふっ、いくよー!」
キャッキャッとはしゃぐモコの声が、裏庭いっぱいに響き渡る。
そんな様子を見ていたピコも、最初は子供っぽいと澄ましていたけれど、蜜蝋でピカピカになった滑り台へ近づいていった。
「……ま、耐久テストくらいはしてあげてもいいわよ?」
そう言いながら、シューッと滑り降りてくる。
「っ! ……なによこれ、すっごい滑らかじゃない!」
想像以上のスピードに、ピコの尻尾がピンと立っている。どうやら気に入ったみたいだ。
私はトトの隣に並び、楽しそうに遊ぶ二人を眺めた。
「どう? 役に立ってるでしょ?」
トトは、空高く舞い上がるモコの笑顔と、それを支える鉄の鎖をじっと見つめていた。
自分が打った鉄が、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを笑顔にするために使われている。
トトの口元が、微かに緩んだ。
「……悪くない」
彼女は小さな声で、でも嬉しそうに呟いた。
「……鉄が、笑い声を聞いてる」
その言葉は、どんな詩よりも優しく私の胸に響いた。
夕焼けに染まる庭で、キィコ、キィコという鎖の音と、みんなの笑い声だけがいつまでも響いていた。
この穏やかなこんな時間がずっと続けばいい。揺れるブランコを眺めながら、私は心からそう願うのだった……。
幕間(ゴブリン戦後の24話後)に『(幕間・モコ視点)冷たい泥と、お日様の匂い』を追加しました!
よかったら読んでください。数日後にゴブリン戦直後のピコ視点とキャラクター紹介を掲載する予定です。




