第33話:黒いフライパンと極上の目玉焼き
「トトちゃん、これ直るかな?」
モコが心配そうに差し出したのは、柄の付け根でポッキリと折れたクワの鉄部分だった。 畑の開拓中に石を強く叩いてしまって折れたらしい。
「……ん。直せる」
トトは折れた断面をじっと観察し、頷いた。今日は、我が家の鍛冶場の初仕事だ。
「でも、ただ熱して叩くだけじゃくっつかないよね?」
私が聞くと、トトは小袋から灰色の粉を取り出した。藁を燃やした灰と、泥を混ぜた魔法の粉らしい。
「……これがないと、鉄が嫌がる」
トトはその粉を接合面にパラパラと振りかけた。これで鉄同士が仲良くくっつく準備は完了だ。
† † †
トトがクワを炉に入れ、モコがふいごを引く。 鉄が赤くなっていく。でも、くっつけるにはまだ熱が足りない。
「……鉄が、溶ける寸前まで」
「よし、私の出番ね! 『一点送風』!」
私は炉の前に立ち、指先から鋭く圧縮された空気を送り込んだ。 ボッ!! 炉の中の炎が、赤から眩い青白色へと変わる。 バチバチッ! 鉄の表面から小さな火花が飛び散った。鉄が沸騰している合図だ。
「……今!」
トトが叫ぶ。 白熱した鉄を素早く金床に取り出し、折れた部分を重ね合わせる。
「モコ!」
「うんっ!!」
カン、ズン! カン、ズン!
トトの小槌がリズムを刻み、モコの大ハンマーが重低音を響かせる。 二人の息の合った乱舞によって、真っ赤な鉄の境目が消え、完全に一つに溶け合った。
「……よし。新品より、頑丈」
冷やして強度を確認したトトが、満足げに頷いた。すごい。折れたことすら分からないくらい綺麗に直ってる!
† † †
「クワも直ったし、まだ炭も残ってる。……次は、あれを作ろう!」
私は炉の脇に置いてあった、余りの分厚い鉄板を指差した。次に作るのは、私の悲願。生活の質(主に食)を劇的に向上させるアイテムだ。
一枚の厚い鉄板を熱し、叩いて円形にする。さらに縁を叩いて立ち上げ、底を平らに均していく。
数時間後。完成したのは、黒光りする無骨でずっしりと重い――「鍛造フライパン」だった。
† † †
さあ、いよいよお披露目だ。
完成したてのアツアツのフライパンを炉の上にセットし、貴重な油を敷く。
今日の食材は、奮発した厚切りのベーコンと、新鮮な卵だ。
「いくよ……!」
まずはベーコンを並べる。 ジューッ!!
脂が溶け出すいい音が響く。そこへ、卵を割り入れた。
バチバチッ! ジュゥウウウゥーーーーーーッ!!!
その瞬間、裏庭に爆発したような激しい音が響き渡った。今までの煮炊き生活では聞いたことのない、食欲を刺激する暴力的な音だ。
「わぁぁっ! いい匂い!」
瞬く間に透明な白身が白く染まり、縁がチリチリと狐色に焦げていく。ベーコンも自身の脂で揚げ焼き状態になり、カリカリに縮れていく。私たちは焼き上がったばかりのご馳走をお皿に移し、急いで食卓を囲んだ。
「いただきまーす!」
私はベーコンと目玉焼きを一緒に口へ運んだ。
カリッ。……ジュワァ。
「んんっ……!!」
噛んだ瞬間、衝撃が走った。白身の表面はサクサクと香ばしいのに、黄身は濃厚なソースのようにトロリと舌に絡みつく。
そして何より、ベーコンだ。 外側はカリカリでスナックみたいなのに、中から熱々の肉汁が溢れ出してくる。
(すごい……! 旨味が全部、閉じ込められてる!)
横を見ると、モコも目を輝かせて仰け反っていた。
「なにこれ! 白いところがカリカリでお菓子みたい!おいしい! 」
ピコもハフハフと言いながら、夢中で口を動かしている。ひとしきり味わった後、ピコは不思議そうに呟いた。
「……ねえ。前のも、別にまずかったわけじゃないんだけど」
ピコが、空になったお皿とフライパンを交互に見る。
「あの薄い鉄板で焼いた時って、今のと比べると、なんだか水っぽかった気がしない?」
「あー……」
モコが口元の黄身を拭いながら頷いた。
「なんかこう、ベチャッとしてたかも?」
「そうでしょ? 卵がダラ〜ッと広がっちゃってたものね」
そう、以前の薄っぺらい鉄板は、冷たい卵を乗せるとすぐに温度が下がってしまっていたのだ。
当時はそれでもご馳走だったけれど、この本物を知ってしまった今となっては、違いは歴然だ。
「ふふん、それがこの『分厚いフライパン』の力だよ!」
私はえっへんと胸を張った。
「トトちゃんが鍛えたこの分厚い鉄が、熱をガッチリ捕まえて離さないの! だから一瞬で焼けて、旨みを逃がさないの!」
「なるほどねぇ……。ただ重いだけじゃなかったのね」
ピコが感心したように、フライパンの縁についた焦げ目を指先で撫でた。そして、指についた油をペロリと舐める。
「……ん。いい仕事、した」
トトも自分の作ったフライパンで焼いた目玉焼きを頬張り、小さくガッツポーズをした。
カリカリのベーコンと濃厚な目玉焼きのハーモニーは、どんな高級なご馳走よりも贅沢に感じられたのだった……。
ミニ知識:薄いフライパンで肉が水っぽくなるのは、肉を乗せた瞬間に温度が下がるから。(先に水分がでちゃう)
同じ理屈で、現代でもフライパンを温めてから、乗っけたほうが温度が下がらずカリッと焼ける!おいしい!
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