第32話:呼吸する箱と最初の鉄
翌日。私たちは完成したばかりの炉の前に集まっていた。
「炉もできたし、これで畑の鍬とか直せちゃう?」
モコが壊れた農具を抱えて、期待に満ちた目で聞いてくる。しかし、腕組みをしたトトは首を横に振った。
「……無理」
「えっ、なんで? 炉はあるのに」
「……鉄を掴む『ヤットコ』がない。風を送る『ふいご』もない。……道具がないと、道具は直せない」
トトの腰には、ハンマーなどの小道具がぶら下がっているけれど、肝心の「火を操る道具」と「熱い鉄を持つ道具」は、あの廃坑に置いてきてしまっていた。
「……あれ?」
少し離れた切り株に座っていたピコが、毛づくろいの手を止めてきょとんとした顔をする。
「それじゃあ、昨日あんなに泥だらけになって頑張ったのは……もしかして無駄だったの?」
ピコの口がぽかーんと開いている。 「せっかく作ったのに使えないなんて」という純粋な呆れ顔だ。 でも、ここで諦める私たちじゃない。
「大丈夫。ないなら作ればいいの!」
私は拳を握りしめた。 ここからが、本当のDIYだ。
† † †
まずは、炉に空気を送る心臓部、ふいご作りだ。トトが木の板を組み合わせて、大きな箱を作り始めた。
「でもエリス、箱を作るための釘がないよ?」
「釘がなくても大丈夫。木で留めるんだよ」
私は硬い木を削って、細い棒を作った。板に穴を開け、そこに木の棒をコンコン! と打ち込む。
「へぇー! 木の釘だ!」
「そう。パズルみたいに噛み合わせるの」
次にトトが、箱の中に薄い板をぶら下げた。
「これは『弁』。……空気の、一方通行のドア」
「いっぽーつーこー?」
「……こういうこと」
モコが首をかしげる。トトは箱の取っ手を動かして見せた。
パカッ、パタン。パカッ、パタン。
トトが取っ手を引くと、板がヒラヒラと持ち上がった。逆に押し込むと、箱の中の風圧で板が穴に押し付けられ、パタン! と閉じる。
「風が強い日に、ドアが勝手にバタン!って閉まるのと同じだね!」
「……ん。モコ、正解」
トトが小さく親指を立てる。よし、あとは隙間から風が漏れないようにすれば完成なんだけど……。
「はい、これ」
不意に、横からボロ布が差し出された。ピコだ。布からは、ほのかに油の匂いがする。
「隙間を埋めるのに使うんでしょ? ……たまたま、手頃な布があったから油を染み込ませておいたわよ。たまたまね」
ピコはプイッとそっぽを向いているけれど、尻尾は「褒めてもいいのよ?」と言わんばかりに揺れている。
「ありがとうピコ! さすが気が利く!」
「ふ、ふん! 当然よ!」
ピコがくれた布をピストンに巻き付けると、気密性はバッチリだった。みんなの協力で、特製「箱ふいご」の完成だ!
† † †
完成したふいごを、炉の風穴に接続する。いよいよ、火入れの時だ。
炉の中に炭を入れるが、まだ火はつけない。トトが、ずっと大切に抱えていたランタンを静かに置いた。
カチャリ。
ガラスの扉を開ける。そこには、小さな、けれど力強い橙色の光が揺らめいていた。
「……師匠の火」
トトが呟く。廃坑から逃げる時、唯一持ち出したおじいさんの形見。彼女は細い薪にその火を移すと、恭しく炉の中へと差し入れた。
「……ここが、新しい家」
種火が炭に移る。まだ弱々しいその炎に、モコがふいごの取っ手を握って勢いよく引いた。
「いっくよー! せーのっ!」
シュゴー!!
押し込むと同時に、力強い風が炉内に吹き込んだ。
瞬間、炭がパチパチと爆ぜ、炎が生き物のように立ち上がった。
シュゴー! シュゴー!
モコが動かすたびに、炉の中がカッ! カッ! と眩しく明滅する。
「すごい……! 炉が呼吸してる!」
「おおっ……結構な迫力ね」
ピコも身を乗り出し、髭をヒクつかせている。ただの箱だった土の塊に、命が宿った瞬間だった。
† † †
火は起きた。でも、まだ終わりじゃない。トトの手元には、大きな鉄板があるだけだ。これを加工して「ヤットコ(鉄の箸)」を作らなければならない。
「……いくよ」
トトは足元に落ちていた、まだ葉のついた太い枝を二本拾い上げた。それを器用に操り、鉄板を挟み込む。即席の木の箸だ。
「えっ、トト、木だと燃えちゃうんじゃ……」
「……生木だから、大丈夫。水分を含んでるから、すぐには炭にならない」
ジュウウゥ……。
枝の先から白い煙と樹液が吹き出るけれど、トトは構わず炉の奥へと鉄を突っ込んだ。
「……もっと熱く。溶ける手前まで」
「任せて! 風魔法で一気にいくよ!」
私は炉に向けて両手をかざした。イメージするのは、バーナーのような鋭い風。
「『一点送風』!」
圧縮した空気を送り込む。
ゴオオオオッ!!
炎の色が赤から、目を焼くような白へと変わっていく。
「熱っ! なによ今の熱気!」
離れていたピコが慌てて後ずさるほどの熱量だ。
鉄板が、まるで水飴のように赤く透き通り始めた。
「「……今!」
トトが鉄板を引き出し、切り株の上に置く。すかさずタガネを当てる。
「モコ、叩いて! 急いで!」
「任せてーっ!!」
ズンッ!!
モコの大ハンマーが振り下ろされた。
ズブッ、と何か重たい粘土を切るような鈍い音がした。
「ええっ!?」
モコが目を丸くする。硬いはずの鉄に、タガネがバターみたいにめり込んでいるからだ。
「すごい……鉄なのに、ふにゃふにゃだ!」
「ホントだわ……まるでキャラメルみたい」
ピコも信じられないものを見る目で凝視している。
「……っ、もう木が保たない!」
トトの手元で、生木が煙を上げながらミシミシと悲鳴を上げる。炭化して砕ける寸前だ。
「あと一回!」
ズンッ!!
数回叩くと、ポロリと細長い鉄の棒が切り出された。
「……まだ冷めないうちに」
トトは燃え尽きた枝を捨てると、休まずその棒を素早く叩いて形を整えていく。
トトは休まず、その棒を素早く叩いて形を整えていく。真ん中あたりを熱し直し、金床の角を使って「Uの字」に曲げる。
「よし、冷やすよ!」
ジュッ!!
水桶に入れると、白い蒸気が爆発した。トトが引き上げたのは、無骨な黒い鉄の箸――「ヤットコ」だった。
「……これなら、掴める」
トトが新しいヤットコをカチ、カチと鳴らす。
自分の手のように動く道具。さっきまでただの板切れだった鉄が、頼もしい相棒に変わったのだ。
「やったね! これで、何でも作れるね!」
私が声をかけると、トトは煤だらけの顔で、今日一番の笑顔を見せてくれた。 ふいごの風音、炭の焦げる匂い、そして鉄を叩く音。
私たちの庭に、小さな鍛冶屋さんがオープンしたのだ。
グゥゥゥ~~……。
その時、盛大な音が鳴り響いた。
「……ふふっ。今日の作業はここまで! ご飯にしようか」
「さんせーい! お肉お肉ー!」
私たちは道具を置き、夕日の差す食卓へと向かった。
心地よい疲れと、確かな達成感。今夜のご飯は、きっといつもより美味しいはずだ。
そう確信して、私は夕焼けの中で微笑むのだった……。
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