第28話:崩れる空と小さな光
「待っててね、見知らぬ鍛冶屋さん! 今、私たちが助けに行くから!」
私はスカートの裾をまくり上げ、全力疾走した。
後ろでピコが「……ったく、また無茶なことを」と呆れながらも、すぐに駆け出してくる気配を感じる。
よし、行くぞ! 目的地は北の廃坑! 私は気合を入れて、鬱蒼とした森の中を突き進んだ。
……突き進んだ、のはいいけれど。
「……あれ?」
十分ほど走って、私は足を止めた。 見渡す限り、木、木、木。
廃坑らしき岩場なんて、どこにも見当たらない。
「えっと……北ってこっちだよね? 」
私はキョロキョロと辺りを見回す。 焦る気持ちだけが空回りして、足が止まる。 考えてみたら、私、廃坑の場所なんて詳しく知らないんだった。
「……はぁ」
後ろから、深いため息が聞こえた。
「あんたねぇ……。あんな勢いで飛び出したから、場所わかってるのかと思ったわよ」
ピコが呆れ顔で追いついてきた。 隣ではモコも「エリス姉、こっちじゃないの?」と首を傾げている。
「うぅ……ごめん。気持ちが先走っちゃって……」
「まったく。……こっちよ。ついてきなさい」
ピコは仕方なさそうに肩をすくめると、藪の方を指差した。
「匂いがするわ。湿った土と、鉄錆の匂い。……あんたが好きな匂いよ」
「ありがとう、ピコちゃん! さすが!」
「ふん、礼には及ばないわよ。さっさと行くわよ」
私たちはピコの先導で、獣道のような細い道を進んだ。
† † †
しばらく進むと、森が開け、切り立った崖の下に出た。
そこには、土砂崩れで半分埋まった、黒い穴が口を開けていた。
「ここだ……」
崩落した土砂が入り口を塞ぎかけている。
隙間はわずかしかない。大人は通れそうにないけれど、私たちなら何とか潜り込めそうだ。
「モコ、あの岩をどかしてくれる?」
「任せて! ……ふんぬっ!」
モコが入り口を塞いでいた岩を抱え上げ、ゴロンと転がす。
ぽっかりと空いた穴の奥から、ヒヤリとした冷気が吹き出してきた。
「行くよ」
私はランタンに火を灯し、暗闇の中へと足を踏み入れた。
† † †
ピチャッ、ピチャッ……。
坑道の中は、外の暑さが嘘のように冷え込んでいた。
暗い闇の奥から、冷たい水滴の音が響いてくる。鼻を突くのは、湿った土と、淀んだカビの匂い。
「うぅ……暗いよぉ。なんか出そう……」
モコが私の服の裾をギュッと掴んで、背中に隠れるようにして歩く。
暗闇で光る自分の目が一番怖いことに、本人は気づいていないらしい。
「出るわよ。オバケとか、ゾンビとか」
「ひゃっ!? やめてよピコぉ!」
「ちょっと、脅さないの。……でも、確かに空気が重いね」
私はランタンを高く掲げた。 頼りない光が、濡れた岩肌をぼんやりと照らし出す。
その時だった。
ミシミシ……ッ。
頭上の岩盤から、腹の底に響くような低い音が聞こえた。
「……!」
ピコが立ち止まり、鋭い視線で天井を睨んだ。 尻尾の毛が逆立っている。
「……今の音、聞いた?」
「……うん。」
私の「構造把握」を使わなくても分かる。 この坑道は、限界が近い。
地盤が緩んで、絶妙なバランスで保たれているだけだ。大きな衝撃があれば、一瞬で崩れる。
(急がないと……!)
ガラムは「助からない」と言った。
でも私の勘が告げている。あの子はまだ、そこにいる。
まだ間に合うはずだ。
「行くよ。足元、気をつけて」
私たちは互いの呼吸を感じながら、慎重に、けれど急いで足を速めた。
「……あ!」
最奥の空洞にたどり着いた瞬間、モコが声を上げた。
そこは、少し開けた場所だった。かつては作業場だったのだろう。
崩れた瓦礫の隙間に、古びたレンガ造りの炉がある。
そして、その炉を守るようにして、小さな影がうずくまっていた。
「……だめ。……こないで」
弱々しい、けれど拒絶の意志を秘めた声。
ボサボサの赤茶色の髪。顔も服も泥だらけ。大きな垂れ耳が、恐怖で震えている。
でも、その泥だらけの腕の中には、一本の「金槌」が抱きしめられていた。泥など一粒もついていない。
そこだけが、鏡のようにピカピカに磨き上げられ、ランタンの光を受けて美しく輝いていた。
「……っ」
息を呑んだ。 あの子は、戦ってるんじゃない。守ってるんだ。自分の命よりも、その道具を。
「大丈夫だよ。怖くないから……」
私が一歩踏み出し、手を伸ばそうとした、その時だった。
パキィッ!!
頭上で、何かが弾けるような乾いた音が響いた。
「エリス、上ッ!!」
ピコの鋭い叫び声と共に、パラパラと乾いた砂が私の肩に降り注いだ。
見上げると、炉の真上にある巨大な岩盤に、致命的な亀裂が走っていた。
——崩落が、始まる。
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