第27話:悲鳴をあげる道具と見捨てられた職人
ジジジジジ……。
木を挽く音が、どこか苦しげに聞こえる。
真夏の太陽が照りつける作業場。私は汗だくになりながら、新しい柵を作るために木材を切り出していた。
「……熱い」
ノコギリの刃に触れると、火傷しそうなほど熱を持っていた。
摩擦熱だ。それに、刃の隙間に湿ったおがくずが詰まって、切れ味が極端に落ちている。
「エリス姉、まだ切れないのー?」
杭打ち係のモコが、待ちくたびれて地面に落書きをしている。
「ごめんね、ちょっと待って。……『送風』!」
私はノコギリに向けて、鋭い風を放った。プシュッ! という音と共に、詰まっていたおがくずが吹き飛び、刃が一瞬だけ冷やされる。
(よし、これなら!)
私は再び力を込めた。風魔法による強制冷却と排屑。これぞ魔法とDIYのハイブリッド技術だ。……と、自画自賛したその時だった。
ガキンッ!!
嫌な音がして、私の手の中で何かが弾けた。
「……え?」
恐る恐る手元を見る。愛用のノコギリの刃が、無惨にも欠けていた。
それだけじゃない。横でモコが使っていたクワも、「バキッ!」という音と共に柄が折れ、鉄の部分が転がった。
「ああっ! クワさんが死んじゃった!」
モコが悲鳴を上げる。
「……嘘でしょ」
私は欠けた刃を拾い上げた。断面がボロボロだ。度重なる酷使と、無理な研ぎ直し。金属疲労が限界を超えていたのだ。
「あらら。完全に逝ったわね」
日陰で休んでいたピコが、欠けた刃を見て冷ややかに言った。
「ねぇエリス。あんたの『お手入れ』で、なんとかならないの?」
「う、うーん……無理かも」
私は首を横に振った。喉の奥が苦い。
「私のメンテナンスは、あくまで『整える』だけだもん。折れた鉄を繋いだり、すり減った刃を元に戻したりはできないの」
「そっか……。じゃあ、もう畑仕事できない?」
モコが折れたクワを抱えて、しょんぼりと耳を垂れている。
「……うん。新しいのを買うか、直せる職人さんにお願いしないと」
チラリと納屋を見る。そこには、先日手に入れたゴブリンの鎧——大量の鉄くずが眠っている。
材料はある。鉄はあるんだ。
でも、私にはそれを溶かす炉もなければ、叩き直す技術もない。目の前に宝の山があるのに、指をくわえて見ていることしかできないなんて。
「……はぁ。悔しいなぁ」
私はため息をついて、折れた道具を拾い集めた。
† † †
道具が壊れて作業ができなくなった私たちは、気分転換も兼ねて村の広場へ向かった。
今日は行商人が来る日だという。
「うわぁ! エリス姉、見て! すっごく大きい人がいるよ!」
広場に着くなり、モコが目を丸くして指差した。
「こらモコ、指差さないの」
モコの視線の先には、見上げるような巨漢の男が立っていた。
熊のような分厚い胸板に、立派な髭。荷台から大きな木箱を一人で軽々と下ろしている姿は、人間というより岩山のようだ。
「……ふーん。いい革のコート着てるじゃない」
ピコが興味深そうに目を細める。
「ただのゴロツキじゃなさそうね。アイツ……なかなかやるわよ。」
男——行商人のガラムは、村のおばあさんが持ってきた薬草の束を手に取り、ふむ、と鼻を鳴らした。
「悪くない乾燥具合だ。……これなら、相場より色をつけて買い取ろう」
「まあ、ありがとうごぜえます!」
強面だけど、村の人と話す声は意外と穏やかだ。私たちは邪魔にならないように、遠巻きにその様子を眺めていた。
その時だった。ガラムの近くにいた村の男衆が、ひそひそと話しているのが聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 北の方にある廃坑……今朝の地震で崩れたらしいぞ」
「ああ、知ってる。……あそこに住み着いてたコボルトのガキ、どうなったかな」
私は足を止めた。コボルト? 廃坑?
「ねぇ、今の話……」
私が思わず声をかけると、その声を聞きつけたガラムが、面倒くさそうにこちらを振り返った。
「ああ……北の廃坑に、変わり者のコボルトが一匹住み着いてたんだよ」
ガラムは帳簿をパラパラとめくりながら、独り言のように続けた。
「親を亡くして一人でな。なんでも、ガラクタを集めて一日中カンカン叩いてるような、偏屈なガキだったそうだ」
「カンカン叩いてる……?」
私の心臓がトクンと跳ねた。カンカンって、鉄を叩く音?
「それって……鍛冶、ですか?」
「ま、真似事だろうな。……だが、入り口が崩落したとなれば、中の空気も薄くなってるだろうし、生き埋めってやつだ」
ガラムは淡々と言った。まるで、明日の天気を話すような口調で。
「た、助けに行かないんですか!?」
思わず大声が出た。
「おいおい、商売人が崩れかけの穴に入ってどうする? 二次災害で死ぬだけだ」
ガラムは冷めた目で私を見下ろした。そこにあるのは悪意ではない。大人としての、あまりにも現実的な判断だった。
「それに、相手はただのコボルトだ。金になる商品でもない、身寄りもない。……助けられるものなら助けたいが、俺まで巻き込まれて死ぬリスクを負うには、あまりに利益がなさすぎる」
「…………ッ!」
胸が、ズキリと痛んだ。
合理的だ。正しい。彼の言うことは、大人としては百点満点かもしれない。
価値がないから、見捨てる。リスクが高いから、切り捨てる。
——それは、かつて私が勇者パーティで言われたことと同じだ。
『お前の回復能力では、もう耐えきれない』
『器用貧乏を抱えている余裕はない』
あの時の冷ややかな目。効率と成果だけで判断され、居場所を奪われた時の絶望。
その子も、同じなの?一人で、暗い穴の中で、誰にも必要とされずに終わるの?
(カンカン叩いてる……)
親がいなくても、一人で。きっと、物作りが好きなんだ。私と同じで、何かを作る時だけは寂しさを忘れられたのかもしれない。
そんな子が、今、暗闇の中で震えているとしたら。
「……行きます」
私は拳を握りしめた。
「は? おい、待て!」
ガラムが呼び止めるのも聞かず、私は走り出した。
「エリス姉!?」
「モコ、ピコ! ついてきて! 廃坑へ行くよ!」
私はスカートの裾をまくり上げ、全力疾走した。
(価値がないとか、そんなの関係ない!)
誰にも見向きされなくても、その子が懸命に生きてきた時間を、私にはわかる気がした。たった一人で道具に向き合う孤独も、完成した時の喜びも。
もし、世界中がその子を見捨てたとしても。私だけは、同じ「作り手」として、見捨てることなんてできない。
「待っててね、見知らぬ鍛冶屋さん! 今、私たちが助けに行くから!」
私は祈るような気持ちで、廃坑方角へと走ってった。
後ろでピコが「……ったく、また無茶なことを」と呆れながらも、すぐに駆け出してくる気配を感じながら……。
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