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第3話:ココン村と、構造把握

 チュン、チュン……。


 鳥のさえずりで目が覚めた。


 目を開けると、目の前には私が昨日作った、不格好な枝と布の屋根があった。 隙間から朝日が差し込んでいる。


「……おはよう」


 寝ぼけた声で呟きながら、体を起こす。 背中は少し痛いし、寒さで指先も冷たい。でも、不思議と気分は悪くなかった。


 昨夜は風に飛ばされることもなく、ちゃんと朝を迎えることができた。勇者パーティの強力な結界魔法がなくても、私は自分の力で夜を越せたんだ。


(私、生きてる)


 そんな当たり前のことが、今は少しだけ誇らしかった。


 朝食は、昨日と同じ黒パン。 点火イグニスの魔法で軽く炙って、温かいお茶と一緒に流し込む。


 食事を終えると、私はシェルターを解体した。使った枝は森に返し、地面を平らにならす。立つ鳥跡を濁さず。これは、前世のキャンプ動画で学んだマナーだ。


「よし、行こう」


 リュックを背負い直し、私は再び街道へと足を踏み出した。


  † † †


 それから丸二日、私はひたすら歩き続けた。


 途中、親切な荷馬車に乗せてもらったり、また野宿をしたり。 王都セレストから離れるにつれて、すれ違う人の数は減り、景色はどんどん緑が濃くなっていった。


 そして、三日目の昼過ぎ。


 街道から外れた細い土道を登りきったところで、視界がパッと開けた。


「あ……」


 思わず、足が止まる。


 なだらかな丘の下に、小さな集落が広がっていた。


 茶色い屋根の家が、二十軒ほど。家の周りにはパッチワークのような畑があり、その奥には深く濃い緑色の森が広がっている。


 地図で確認した通りだ。あれが「フィーロの森」。そして、その手前にあるのが——。


「ココン村……」


 ココンのように、森と丘に守られた静かな村。


 王都のような高い塔もなければ、煌びやかな装飾もない。 あるのは、土と木と、緑だけ。


(静かだなぁ……)


 風に乗って、牛の鳴き声や、畑を耕す音が微かに聞こえてくる。その穏やかな空気に、張り詰めていた緊張の糸が、ふっと緩むのを感じた。


 ここなら。この場所なら、私でも息ができるかもしれない。


 私は深呼吸をして、村へと続く坂道を下っていった。


  † † †


 村の入り口に差し掛かると、畑仕事をしていた村人たちが顔を上げ、珍しそうな目で私を見た。


 無理もない。こんな辺境の村に、シスター服を着たよそ者が一人で歩いてくるなんて、怪しさ満点だ。


(緊張する……)


 人見知りの心臓が早鐘を打つ。でも、ここで引き返すわけにはいかない。


 私は勇気を振り絞って、近くにいた初老の男性に声をかけた。


「あ、あの……こんにちは」


 男性はくわの手を止め、帽子を押し上げた。日焼けした顔に、深い皺が刻まれている。


「おや、シスター様じゃな? こんな何もない村に、どうなさいました?」


 警戒心はあるけれど、敵意はない。穏やかな口調に、少しホッとする。


「えっと、旅をしていて……もしよろしければ、村長さんにお会いしたいのですが」


「村長か。それなら、あの一番大きな屋根の家じゃよ」


 男性が指差した先には、村の中央にある少し立派な建物があった。


「ありがとうございます」


 私は頭を下げて、教えられた家へと向かった。 背中に村人たちの視線を感じながらも、足取りは少し軽かった。


   村長の家は、古いが手入れの行き届いた木造建築だった。扉をノックすると、柔和そうな中年の男性が出てきた。


「はいはい、どなたかな……おや?」


 私が事情を話すと、村長さんは驚きつつも、家の中に招き入れてくれた。出された麦茶は香ばしくて、乾いた喉に染み渡った。


「なるほど……王都から、新しい生活を求めて」


 村長さんは、私の拙い説明を静かに聞いてくれた。「追放された」とは言えず、「静かに暮らしたい」とだけ伝えたけれど、深く詮索はされなかった。


「シスター様が来てくださるのは、村としても歓迎したいところなんですが……」


 村長さんは困ったように眉を下げた。


「見ての通り、ここは貧しい村でしてな。宿屋もないし、お貸しできるような綺麗な空き家もないんです」


「綺麗じゃなくていいんです!」


 私は身を乗り出した。


「屋根と壁さえあれば、ボロボロでも構いません。修理は自分でやりますから」


「自分で、ですか?」


 村長さんは目を丸くした。華奢なシスターが「修理をする」と言ったのが意外だったのかもしれない。


「はい。私、これでも建物を直すのは好きなんです。……得意かどうかは、まだ分かりませんが」


 自信はないので、最後は小声になってしまう。でも、村長さんはそんな私を見て、何かを思い出したような顔をした。


「ふむ……そういうことなら、一軒だけ心当たりがありますな」


「本当ですか?」


「ええ。村外れにある、古い空き家です。前の住人が亡くなってから随分経つので、正直かなり傷んでいますが……それでも良ければ」


「ぜひ、見せてください!」


  † † †


 案内された場所は、村の南端。少し小高くなった丘の上に、その家はあった。


「……これは」


 目の前の光景に、私は息を呑んだ。


 平屋の小さな木造住宅。かつては可愛い家だった面影があるけれど、今は見る影もない。


 庭は背丈ほどの雑草が生い茂り、まるで森のよう。 壁の板は黒ずんで反り返り、あちこちに大きな隙間ができている。 屋根も一部が剥がれていて、今にも崩れそうだ。 窓ガラスはもちろん入っておらず、ボロボロになった木の雨戸が風でガタガタと音を立てている。


「ひどいものでしょう?」


 村長さんが申し訳なさそうに言った。


「誰も住みたがらないので、取り壊そうかという話も出ていましてな。ただ、木材を運ぶ人手がなくて放置されていたんです」


 確かに、これはひどい。普通の人が見たら、ただの廃墟だ。


 でも——。


(……基礎は?)


 私は目を細めて、じっと家を見つめた。


構造把握アーキテクト・アイ


 小さくスキル名を呟く。勇者パーティでは「役立たず」と言われた、私の唯一のユニークスキル。


 視界が一変する。家の表面の汚れや雑草が透けて消え、建物を支える「骨組み」だけが青白い線となって浮かび上がった。


(柱は……太いオーク材だ。表面は腐りかけてるけど、芯はしっかりしてる) (梁も歪んでない。基礎の石組みも、沈下してない)


 ボロボロに見えるのは、外側だけ。人間で言えば、服が汚れて髪がボサボサなだけで、骨格は健康そのものだ。


(これなら……いける)


 私の頭の中で、リフォームの工程表が組み立てられていく。


 まずは雑草を刈って、床を掃除して。壁の隙間を埋めて、屋根を補修して。窓には……そう、あそこには光を取り込む工夫をして。


 想像するだけで、指先がうずうずしてくる。不安よりも、「やってみたい」という気持ちが勝った。


「村長さん」


 私はスキルを解いて、振り返った。


「ここ、お借りしてもいいでしょうか」


「えっ、本気ですか? 雨漏りもしますし、隙間風もひどいですよ?」


「大丈夫です。直してみせます」


 私は、この村に来て初めて、はっきりとした口調で言った。


「私、この家が気に入りました。磨けばきっと、素敵な家になります」


 村長さんは驚いた顔をしていたけれど、やがて嬉しそうに微笑んだ。


「シスター様がそうおっしゃるなら。……家賃は結構です。どうせ捨てる予定だった家ですから、好きに使ってください」


「ありがとうございます!」


 村長さんから鍵——と言っても、錆びついた鉄の棒みたいなもの——を受け取り、私はその家の前に一人残った。


 夕日が、廃屋を赤く染めている。


 これから、大変な毎日が始まるだろう。手持ちの道具は少ないし、お金もない。魔法も頼りない。


 でも。


「ただいま」


 誰に言うでもなく、そう呟いてみる。


 もう、誰かの顔色を伺う必要はない。効率や成果に追われることもない。


 ここは、私だけの城だ。


 私はリュックを足元に置き、深く息を吸い込んだ。土と草の匂い。そして、古い木の匂い。


 ここから、私の新しい生活が始まるんだ。


(まずは……明日の朝一番で、あそこの草むしりからかな)


 ボロボロの家を見上げて、私は自然と笑みをこぼしていたのだった…。

第3話までお読みいただきありがとうございました!

しばらくの間はストックがありますので、【毎日3話更新】を目標に頑張ります。

エリスたちのスローライフを、どうぞ温かく見守って頂けたら幸いです。

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