第26話:夏の汗とはじまりの水音
7月も下旬に差し掛かり、夏の太陽はいよいよ本気を出してきていた。
ジリジリと肌を焦がす日差し。立っているだけで体力が奪われていくような酷暑の中、私たちは「日課」という名の重労働に追われていた。
「……お、重い……」
両手に木の桶を提げて、私はよろよろと坂道を登る。
桶の中には、川から汲んできたばかりの水がなみなみと入っている。
「エリス姉、まだやるのぉ……? モコ、もう腕が上がらないよぉ……」
後ろから、モコがへろへろになってついてくる。自慢の怪力も、この暑さと単純作業の繰り返しには勝てないらしい。舌を出して、ハァハァと荒い息を吐いている。
「……無駄よ。こんなバケツリレーで畑全体に水を撒くなんて、日が暮れるわ」
最後尾のピコに至っては、すでに桶を地面に置いて木陰に座り込んでいた。
(……ピコちゃんの言う通りだわ)
先日、モコが開拓してくれた新しい畑。土はフカフカで最高だけれど、川からは少し距離がある。
作物を育てるには水が必須だ。でも、毎日何往復もして水を運ぶのは、今の少人数パーティには限界がある。
(うーん。自動化……しなきゃ)
私はドスンと桶を置き、額の汗を拭った。
私の知識と技術で、水を「運ぶ」のではなく「流す」仕組みを作るんだ。
† † †
休憩を挟んで、私は二人に提案した。
「『水道管』を作ろうと思うの」
「スイドウカン?」
「そう。川から畑まで、水を運ぶための長いトンネルだよ」
私は地面に図を描いた。
長い木をくり抜くのは大変だ。だから今回は、細長い板を円筒状に並べて、樽のように組み合わせる「木製パイプ」を作る 。
「板を並べるだけじゃ、水が漏れちゃうんじゃない?」
ピコが鋭い指摘をする。
「その通り。だから普通は、外側から鉄のタガを嵌めて、ギュッと締め付けるんだけど……」
今の私たちには、鉄を加工する設備がない。先日手に入れたゴブリンの鎧は、まだただの鉄板だ。
(鉄がないなら、代わりの素材を使えばいい)
私は家から、とある素材を持ってきた。
前に雑貨屋で買っておいた生皮や、使い古した革のベルトだ。
「革? そんなので締まるの?」
「ふふ、革の性質を利用するのよ。……モコ、この革紐を水に浸けてくれる?」
「うん、わかった!」
モコが桶の水に革紐を放り込む。
数分後。たっぷりと水を吸った革は、ずっしりと重く、まるで生き物のようにヌメヌメとしていた。
「うひゃぁ……なんかヌルヌルするぅ」
モコが指先でつまんで顔をしかめる。冷たくて、生々しい感触。
「これを、木のパイプに巻き付けるの。濡れた革は柔らかくてよく伸びるから、今のうちに限界まで引っ張って巻くんだよ」
「なるほど。乾いた時に縮む性質を利用するわけね」
さすがピコ、察しがいい。
「よし、やるよ! せーのっ!」
私たちは円筒状に組んだ板の周りに、濡れた革紐を巻き付けた。
「モコ、引っ張って! 緩まないように!」
「任せて! うぉぉぉーっ!!」
モコが足を踏ん張り、全体重をかけて革を引っ張る。
ミシッ、ミシッ。
水を含んだ革が悲鳴を上げ、木の表面に食い込んでいく。
「いい感じ! そのままもっと強く!」
「んんんーっ! モコの全力だぁぁぁーっ!!」
ブチンッ!!
「えっ」
乾いた音が響き、モコが勢い余って後ろにひっくり返った。
手には、無惨に千切れた革紐が握られている。
「いたたた……あうぅ……ごめんなさい……」
モコが涙目で見上げてくる。お尻をさすりながら、しょんぼりと耳を垂れている。
「出たわね、クラッシャー」
「うー……」
「……大丈夫だよ、モコ」
私は苦笑しながら手を差し伸べた。一生懸命やってくれた結果だもん、怒れるわけがない。
「怪我はない? ……ちぎれた短い革は、つなぎ目の補強に使おう。無駄にはならないから」
「……エリス姉ぇ……」
モコがうるうるとした瞳で私に抱きついてきた。泥だらけだけど、可愛いから許す。
† † †
「次は、力半分でお願いね。50パーセントだよ?」
「わかった! 半分!」
気を取り直して、二回目の挑戦だ。
今度は三人で、綱引きのように声を掛け合う。
「せーのっ、よいしょ!」 「よいしょ!」
ヌルヌルの革紐を、三人で息を合わせて引っ張る。
ギュッ、ギュッ。
筋肉がきしむ。革が伸びて、木を締め付ける感触が手に伝わってくる。スポーツみたいな爽快感だ。
そうして何十箇所も留め、私たちは夕方まで待った。
夏の太陽は仕事が早い。あれだけ濡れていた革は、すっかり水分を飛ばしていた。
「……よし」
私は指先で、乾いた革を弾いた。
カチッ、カチッ。
高い、乾いた音が返ってきた。
あんなに柔らかくてヌメヌメしていた革が、今は鎧のように硬化し、木に深く食い込んでいる。
「カチカチだ! 石みたい!」
モコが驚いて突っついている。
「さあ、通水試験だよ!」
川の上流に設置した取水口を開く。
チョロチョロ……という音が聞こえ、やがてパイプの中を水が走り抜ける音がした。
最初は、板の隙間から霧のように水が吹き出した。 プシューッ!
「わっ、冷たっ!?」
「失敗じゃない!?」
ピコが濡れた顔を拭う。
「待って! ……木が水を吸えば……!」
私の言葉通り、数分後。
水を吸って膨張した木材同士が、内側から押し合い圧着した。外側からは、縮んだ革が締め付ける。 内と外、両方からの圧力で、隙間が完全に塞がったのだ。
水漏れが、ピタリと止まる。
そして——。
ジョボボボボ……!
畑の端に設置した出口から、勢いよく透明な水が溢れ出した。
「わぁぁぁっ! 水だーっ!」
「すごい……本当に流れてきたわ」
モコが水しぶきを浴びてはしゃぎ、ピコが感心したようにパイプを撫でている。
「成功……!」
私はへたり込んだ。
もう、重い桶を持って往復しなくていいんだ。
カチカチに固まった革のタガを見つめる。
これはあくまで応急処置。革はいずれ腐るし、雨にも弱い。
いつか、本当の鉄で配管を作るその日まで。
(……それまでは、この革に頑張ってもらおう)
夕日に輝く水流を見ながら、私は心地よい疲労感に包まれていたのだった…。
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