第25話:生けるトラクターと錆びつく勇者
※勇者パーティの描写あります。
季節は巡り、7月中旬。
ジリジリと肌を焼くような、本格的な夏がやってきた。この平等に降り注ぐ太陽の下、ある場所では「希望」が芽吹き、ある場所では「後悔」が焦げ付こうとしていた。
「……あーつーいー」
裏庭の木陰で、ピコが溶けたアイスみたいに伸びている。
黒い毛皮が熱を集めるのか、完全にグロッキー状態だ。
「文句言わないの。冬を越すには、今から畑を作っておかないと食べるものがなくなるよ?」
私は手ぬぐいを首に巻いて、気合を入れる。
目の前に広がるのは、強敵「荒れ地」。雑草は伸び放題だし、地面はカチカチだ。
「……ねぇエリス。こんな石だらけの場所、本当に畑になるわけ?」
ピコが気だるげに尻尾をパタリと揺らす。
その目は「無駄なことして……」と半分閉じかけている。
「ふふん、見ててね。『構造把握』!」
スキル発動。私の目には今、地面の中がスケスケに見えている。
「うわっ、やっぱり……ここ、石だらけだ」
「……ふーん」
ピコは興味なさそうに欠伸を一つ。
「この辺は地下にでっかい岩盤があるからダメだね。……あ、でも待って」
視線をずらすと、少し離れた場所に「当たりのサイン」を見つけた。
「あっちの草が生い茂ってるあたり! あそこなら土も深いし、水はけも良さそう!」
「おー! じゃあモコ、そこ掘ればいい?」
やる気満々のモコが、太い木の棒を構えてブンブン振っている。この暑さの中、唯一元気な生き物だ。
「お願いモコ! でも、地中に漬物石サイズのが埋まってるから気をつけてね!」
「りょーかい! 任せて!」
モコは指定した場所にダッシュすると、木の棒を地面に突き刺した。
「ふんぬっ……!」
獣人の腕に、ムキッと可愛い筋肉が浮かび上がる。
普通なら大人数人がかりで掘り起こすような岩だ。でも、モコにかかれば——。
ズズズッ……スポーン!!
「とったー!!」
巨大な岩が、まるでカブでも抜くみたいに宙を舞った。
「ええええええっ!?」
私は思わず叫んだ。
岩はドスン! と音を立てて転がっていった。
チラリとピコを見る。さぞ驚いているかと思いきや——。
「…………うわぁ」
ピコは、口を半開きにしたまま、スーッと視線を逸らした。驚きというより、完全に引いている。
「……なによあれ。野生動物っていうか、もう魔獣じゃない」
冷めた声でボソリと呟く。暑さとドン引きで、ツッコミを入れる気力すらないらしい。
そんな外野の反応などお構いなしに、モコの勢いは止まらない。邪魔な岩がなくなると、今度はものすごいスピードで土を掘り返し始めた。
ガガガガガッ!
舞い上がる土煙。飛び散る雑草。
その姿は、もはや可愛い妹分というより、高性能な重機だ。
「エリス姉! 土がフカフカになったよ!」
あっという間に、カチカチだった地面が黒くて柔らかそうな土に変わっている。泥だらけの顔で振り返ったモコは、白い歯を見せてニカッと笑った。
「すごいよモコ! 天才! これなら一週間かかる作業が今日中に終わっちゃう!」
「えへへ、もっと掘る? 次どこ!?」
尻尾をプロペラみたいに回して、次なる指令を待っている。頼もしすぎる。
「……よくやるわね、この暑いのに」
ピコは呆れたようにそう言うと、再び木陰にゴロリと寝転がった。
「ふぅ……いい汗かいたね!」 額の汗を拭いながら見上げた空は、どこまでも青く、澄み渡っていた。
私たちの開拓は順調だ。 けれど、同じ太陽の下にいるはずの「彼ら」にとって、この夏はまったく違う色をしていたのかもしれない……。
† † †
Side:勇者パーティ
——王都セレストから遠く離れた、「灼熱の渓谷」。 Sランク昇格試験を兼ねたこのダンジョン攻略は、予想外の苦戦を強いられていた。
「……暑いですわ! もう帰りたいですの!」
灰色の空の下、ソフィアのヒステリックな声が響き渡る。 純白だった聖衣は煤で汚れ、自慢の金髪も汗で張り付いている。かつての優雅さは、もう見る影もない。
「我慢しろ、ソフィア。まだノルマの魔石が集まっていない」
勇者レオンハルトは、額から垂れる脂汗を乱暴に拭った。だが、そのレオンもまた、限界に近かった。
腰の聖剣に手をかける。かつては指一本で滑らかに抜けたそれが、今は鉛のように重い。
ジャリッ……。
鞘から抜くたび、手入れ不足の刃が嫌な音を立てる。まるで、「お前たちの全盛期は終わった」と嘲笑われているようだった。
「おい、ポーションくれよ。喉が焼ける」
盗賊のフィリップが手を伸ばすが、魔法使いのルーカスが首を振る。
「もうない」
「はぁ? 俺たちの稼ぎならもっと買えるだろ」
「市販の『量産品』は高いんだよ! 昨日の戦闘でソフィアがMP切れを起こした時に、全部使い切っちまっただろ!」
「稼ぎだと? 装備の維持と薬代で赤字続きだぞ!」
ルーカスの怒号に、全員が押し黙った。
——エリスがいた頃は、タダ同然で作ってくれていたのに。
誰も口には出さないが、全員が同じことを考えていた。ソフィアの魔法は強力だが、燃費が悪すぎる。おまけに汚れを嫌って戦闘をサボるため、前衛の負担は増える一方だ。
以前なら、戦闘の合間にエリスが冷たいドリンクを配り、装備の歪みを直してくれていた。だが今は、ただ荒い息を吐いて座り込むことしかできない。
「……くそッ」
レオンは、刃こぼれだらけの剣を見つめた。最強の剣聖と呼ばれた自分の剣技。それを支えていたのが、彼女の地味で丁寧な手入れだったと、今更になって思い知らされる。
(『遅すぎる』なんて……言わなければよかったのか)
脳裏に、エリスの控えめな笑顔がよぎる。気づいた時には、もう遅すぎた。
「……帰るぞ。これ以上は無理だ」
レオンの力ない撤退命令だけが、熱気の中に虚しく響いた。
Sランクへの道は、蜃気楼のように遠のくばかりだった……。
† † †
Side:エリス
「ぷはぁー! 生き返るー!」再び、辺境の裏庭。作業を一区切りつけた私たちは、井戸のそばで涼をとっていた。
私は井戸の滑車を回し、深い地底から桶を引き上げる。ギィ、ギィ、という木のきしむ音と共に上がってきたのは、滴るような水滴をまとった木桶だ。その中には、近くの農家さんがお裾分けしてくれたキュウリとトマトが浮いている。
「わぁ……! 桶が汗かいてる!」モコが目を輝かせる。外気との温度差で、桶の表面にはびっしりと水滴がついていた。地下深き場所を流れる井戸水は、夏でも驚くほど冷たい。一年を通して温度が変わらない、まさに「天然の冷蔵庫」だ。
「さぁ、召し上がれ」私が一本差し出すと、モコは冷たさに驚いたように一度手を引っ込め、それから嬉しそうに掴んだ。
カチリッ!採れたてのきゅうりを齧ると、小気味良い音が響く。魔法なんて使っていない。ただの井戸水で冷やしただけの野菜。けれど、そのキンキンに冷えた水分が、乾いた喉を潤し、火照った体に染み渡っていく。
「んー! トマトあまーい! 冷たくて美味しいー!」モコが両手で抱えた真っ赤なトマトに顔を埋めている。
「でしょ? 来年はこれを、自分たちの畑で作ろうね」
「うん! 絶対作る! モコ、畑仕事大好き!」
冷たい野菜と、これからの希望。私たちの夏は、まだ始まったばかりだ。
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