(幕間・ピコ視点)野良猫は、温かいスープの夢を見るか
森の冷たい雨が、アタシの頬を叩く。
これで何回目だろう。パーティを追い出されたのは。
(……ふん。せいせいしたわ)
強がりを吐いて、泥だらけの道を進む。
前のパーティは、悪くなかった。リーダーの剣技も、神官のヒールも水準以上。Bランクまでなら上がれる器だった。
だから、アタシは仕事をした。
ダンジョンで、神官が背後を取られそうになった時。アタシはいち早く気付いて、短剣で魔物を仕留めた。
でも、咄嗟に出た言葉は――。
『アンタ、背中に目がついてないなら下がってなさいよ! 足手まといなのよ!』
本当は『危ない、怪我がなくてよかった』と言いたかった。でも、口から出るのは棘だらけの言葉ばかり。
『ピコ、君の索敵能力は認める。だが……その物言いは、チームの士気を下げる』
『君がいると、空気が悪くなるんだ』
渡されたのは、手切れ金代わりのわずかな報酬。
……そうよ。アタシは猫人族。群れなんて似合わない。信用できるのは自分の爪と、金だけ。仲間ごっこなんて、こっちから願い下げよ。
そう思っていたはずなのに。一人きりの森は、どうしようもなく寒くて、広かった。
† † †
三日、何も食べていない。
プライドだけで歩き続けてきた足も、もう限界だった。
眠りたい。でも、眠ったら魔物に襲われる。片目を開けて、神経を張り詰めて。
(……もう、疲れたわ)
ふと、弱音が漏れた時だった。風に乗って、暴力的なまでに香ばしい匂いが漂ってきた。
焦げた脂の匂い。生きる力の匂い。
フラフラと近づくと、そこにはあまりにもお粗末な罠があった。
しなった木の枝。下手くそに編まれたツタ。子供のいたずらレベルだ 。プロの斥候であるアタシが、こんなものに気づかないわけがない。
でも。その罠の中心にある「焼き脂」を見た瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。
(……もう、いいや)
罠にかかれば、少なくとも「終わり」が来る。
魔物に食われるか、人間に捕まるか。どちらにせよ、この孤独な行軍よりはマシだ。
アタシは自暴自棄に近い気持ちで、その脂身に手を伸ばした――。
バサァッ!
視界が反転し、宙吊りになる。やってきたのは、恐ろしい山賊でも、魔物でもなかった。
ピンク色の髪をした、お人好しそうなシスター(エリス)と、銀色の生意気な小娘 。
彼女たちは、アタシを殺さなかった。
罵倒もしなかった。
ただ「お腹空いてるんでしょ?」と笑って、温かいスープを差し出してきた 。
(なによ、こいつら……)
警戒して、威嚇して、悪態をついた。
それなのに、このシスターは、アタシの棘だらけの言葉を、まるで柔らかい毛布みたいに受け止めてしまう。
『監視役? ふふ、じゃあお願いしようかな。よろしくね、ピコちゃん』
……馬鹿じゃないの。
泥棒猫を家に招き入れるなんて。
でも、その温かさが、冷え切ったアタシの心臓を、じわりと溶かしていくのが分かった。
パチパチと、ランプの芯が爆ぜる音がする 。
ゴブリンの群れを撃退した夜。
隣では、あの生意気な駄犬が、だらしなくお腹を出して寝ている。
その向こうでは、エリスが安らかな寝息を立てている。
(……不用心すぎるわよ、アンタたち)
アタシはマントにくるまりながら、薄く目を開けた。
いつものアタシなら、出口を確認し、武器を抱いて、いつでも逃げられる体勢で眠る。
でも今夜は、不思議とそんな気になれない。
この家は、隙間だらけのボロ家だ。
でも、アタシたちが修理した屋根がある 。アタシたちが守り抜いた壁がある 。
そして何より――アタシの背中を守ってくれる、お人好しの「家族」がいる。
「……ま、悪くないわね」
小さく呟いて、アタシは目を閉じた。ここなら、両目を閉じて眠っても、きっと大丈夫。
でも、勘違いしないでよね。
アタシはまだ、この家の「監視」をしてるだけなんだから……。
……あぁ、スープのいい匂いがする……。




