第22話:鉄の残骸と、凱旋の灯火
巨大なゴブリン・リーダーが沈黙し、森に静寂が戻ってきた。 私の足元には、剥がれ落ちた鉄の鎧――いや、鉄板の残骸が散らばっている。
「……ふぅ」
私は大きく息を吐き、へたり込みそうになる膝をなんとか支えた。勝った。本当に、怪我ひとつなく、この場所を守り切ったんだ。
「ねぇエリス姉、これ、どうするの?」
モコが足元の鉄板をコツンと爪で弾いた。
「食べられないし、重いし……邪魔だもん」
「ゴミね。森に捨ててくれば? 土に還るのに百年はかかりそうだけど」
ピコも興味なさそうに、落ちていた石を蹴飛ばしている。でも、私の目は違った。 月明かりに照らされたその鉄くずは、私にとって宝の山に見えた。
「ううん、捨てないよ。これは貴重な『鉄』だもん」
私は一枚のプレートを拾い上げた。ずっしりと重い。赤錆が浮いているけれど、中身はまだ生きている。かつて納屋で見つけた剣と同じだ。
「これを溶かせば、釘も作れるし、蝶番だって、ちゃんとしたフライパンだって作れるよ」
「えっ! フライパン!? お肉焼くやつ!?」
モコの尻尾がブンと振られる。
「でも……今は無理かな」
私は残念そうに首を振った。
「え、どうして? 『点火』で燃やせばいいじゃない」
ピコが不思議そうに首をかしげる。
「普通の焚き火や私の魔法じゃ、火力が足りないの。鉄をドロドロに溶かすには、もっとすごい高温……千五百度くらいの熱が必要なんだよ」
今の私たちの設備は、料理用のかまどと焚き火だけ。鉄を加工するには、専用の「炉」と、空気を送り込む「ふいご」が必要だ。現状では、この鉄はただの「硬くて重い板」でしかない。
(悔しいけど、現実は厳しいなぁ)
でも、諦めるわけじゃない。素材さえあれば、いつか設備が整った時に加工できる。
「とりあえず、今日は『保管』だね。納屋の奥にしまっておこう。いつか私たちの生活を豊かにしてくれる『種』として」
「種……鉄の種かぁ。エリス姉が言うなら、きっとすごい実がなるんだね!」
モコは納得して、軽々と鉄板を数枚まとめて抱え上げた。さすがの怪力だ。
その時だった。
「おーい! シスター様ーっ!」 「無事かーっ!」
村の方角から、たくさんの光が揺れながら近づいてくるのが見えた。松明を掲げた村長さんと、若い衆たちだ。
「村長さん!」
私たちが手を振り返すと、彼らは息を切らして駆け寄ってきた。そして、地面に伸びている巨大なゴブリンと、無傷で立っている私たちを見て、目を見開いた。
「こ、これは……」
村長さんが絶句する。
「やりました。……作戦通り、完全勝利です」
私が告げると、一瞬の静寂の後、ワァァァッ! と歓声が上がった。
「すげぇ! 本当に倒しちまったぞ!」 「シスター様たちがやったんだ!」
若い衆たちが、興奮した様子でモコやピコを囲む。
「怪我はありませんか!? 血の匂いがしますが……」
村長さんが心配そうに私の体を検分する。
「大丈夫です。これは返り血……いえ、サビの粉です。私たちは全員無事です。」
それを聞いて、村長さんはへなへなと座り込んだ。
「よかった……本当によかった……。村の者も、誰一人欠けていません。皆無事です」
その言葉に、私の胸がいっぱいになった。 守りたかったのは、この家だけじゃない。この人たちの、ささやかな日常も守りたかったのだ。
「さあ、野郎ども! このデカブツを運ぶぞ! ギルドにも連絡を!」 「おう!」
元気な掛け声と共に、男たちが丸太とロープを使ってゴブリン・リーダーを縛り上げ、運び出していく。その背中は、来た時よりもずっと頼もしく見えた。
† † †
村人たちが去り、再び静けさが戻った庭。 私たちは鉄くずを納屋に運び込み、家の中に戻った。
「ふぁぁ……終わったぁ……」
緊張の糸が切れたのか、モコがそのまま新しいベッドにダイブする。
「お疲れ様。……みんな、ありがとう」
私はランプに火を灯した。クルミ油の優しい光が、部屋を黄金色に染める。 自分たちで張り替えた床。自分たちで作ったテーブルと椅子。そして、信頼できる仲間たち。 戦いの後だからこそ、この「家」の温かさが身に沁みる。
「……ま、悪くない夜だったわね」
ピコが椅子に座り、テーブルに頬杖をついて微かに笑った。
「明日は何する? またなんか作る?」
布団から顔を出したモコが聞いてくる。
「そうだね……。とりあえず明日は、ゆっくり休もうか。美味しいごはんでも食べて」
「賛成ー! おやすみエリス姉!」
穏やかな寝息が聞こえ始めるまで、そう時間はかからなかった。 炉がなくたって、鉄は逃げない。 焦ることはない。私たちはこうして少しずつ、確実に、自分たちの幸せを形にしていけばいいのだから。
私も深い眠りに落ちていった。夢の中で、いつか作る「鍛冶場」の設計図を思い描きながら……。
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