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第21話:剥がれる鉄と、チームプレー

「右肩!」


 宣言と同時に、私はリーダーの右側へと回り込んだ。普通の剣士なら、首や心臓を狙うだろう。でも、私の狙いは違う。


 肩の装甲を支えている、革紐の結び目。雨水を吸って膨張し、今にも切れそうなその一点だ。


「ここっ!」


 ハンマーの先端(尖った方)を、正確に突き刺す。ブチッ!嫌な音を立てて、革紐が切れた。


 ガシャン!


 支えを失った右肩の鉄板が、地面に滑り落ちる。これで右腕の動きが軽くなる……なんてことはない。重心バランスが崩れて、奴の動きは余計にぎこちなくなるはずだ。


「ギガァァッ!?」


 リーダーが悲鳴を上げた。痛みじゃない。恐怖だ。自分の体を守っていた「最強の殻」が、わけの分からないちっぽけな人間に、次々と剥がされていく恐怖。


「オノレェェェッ!!」


 リーダーが半狂乱になって、棍棒をめちゃくちゃに振り回した。技術も何もない、ただの暴力の嵐。風切り音が怖い。当たれば即死だ。


 私が回避しようとバックステップした、その時。


「エリス姉には、指一本触れさせないもん!」


 私の前に、小さな背中が立ちはだかった。モコだ。


 ドゴォォォン!!


 リーダーの渾身の一撃を、モコは丸太一本で受け止めた。地面がひび割れ、土煙が舞う。


「ぐぬぬぬ……っ!」


 モコの足が地面にめり込む。でも、一歩も引かない。


「モコ、大丈夫!?」


「へっちゃらだよ! ……エリス姉が後ろにいるなら、モコは無敵だもん!」


 震える腕で支えながら、モコがニカッと笑った。かっこいい。うちのタンクは世界一だ。


 リーダーが棍棒を引き戻し、追撃しようとする。その隙を、もう一人の相棒が見逃すはずがない。


「よそ見してる場合?」


 ヒュンッ!


 ピコの放った石礫つぶてが、リーダーの膝頭ひざがしらを直撃した。膝の皿が割れるような音。


「ガッ!?」


 リーダーがガクンと体勢を崩す。


「ナイス、ピコ!」


「フン、的がデカすぎてあくびが出るわ」


 屋根の上で、ピコが次の石を装填しながら不敵に笑う。


 モコが守り、ピコが崩す。二人が作ってくれた、完璧な「作業時間」。


(ありがとう。……これなら、いける)


 私はハンマーを握り直した。恐怖心はもうない。あるのは、目の前の「壊れかけた道具」をどう処理するかという、職人の思考だけ。


 胸、右肩……次は、腰のベルトだ。あれが外れれば、下半身の装甲も全て脱落する。


構造把握アーキテクト・アイ


 再び、世界が設計図に変わる。リーダーの腰回り。複数の鉄板を束ねている、一点の留め金が見えた。


(あそこが、構造上の「かなめ」ね)


 私は地面を蹴った。モコの脇をすり抜け、体勢を崩しているリーダーの懐へ。


「仕上げの解体、いくよ!」


 私のハンマーが、月の光を受けて鈍く輝いた。


「たぁぁぁっ!!」


 私の気合いと共に、ハンマーがリーダーの腰——ベルトの留め金を直撃した。


 ガチンッ!!


 鈍い金属音が響き、錆びついていたバックルが弾け飛ぶ。それを合図に、リーダーの下半身を覆っていた鉄板が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「ガ、ア……!?」


 リーダーが呆然と自分の体を見下ろす。胸、肩、そして腰。自慢の重装備はすべて剥がされ、足元に鉄クズとして転がっている。今の奴は、ただの裸同然のゴブリンだ。


 身軽になったはずなのに、リーダーは動けなかった。「守られている」という絶対的な自信を粉々に砕かれ、心が折れてしまったのだ。


(これで、終わり)


私はハンマーを握る手に、魔力をすべて注ぎ込んだ。 イメージするのは、種火じゃない。鉄さえも溶かす、炉の中の熱源!


「『過熱オーバー・ヒート』!!」


 ジュゥゥッ!!  空気が焦げる音がして、ハンマーの打面が一瞬で真っ赤に発光する。 私は無防備になったリーダーの鳩尾みぞおちへ、最高温度の熱と質量を叩き込んだ。


「これで、とどめっ!!」 ドォォォン!!


 熱と衝撃が突き抜ける。リーダーの巨体がくの字に折れ、ボールのように後ろへ吹き飛んだ。地面にドスンと叩きつけられ、白目を剥いてピクリとも動かなくなる。


 ——完全なる、沈黙。


 それを見た手下のゴブリンたちは、「キーッ!」と悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。


  † † †


「……はぁ、はぁ」


 私はその場にへたり込んだ。ハンマーを持つ手が震えている。膝に力が入らない。


 勝った。……本当に、守りきったんだ。


「エリス姉!」


 ドサッ!モコが猛スピードで飛びついてきて、私ごと地面に転がった。


「すごかった! バラバラ~ってなって、ドーンって! エリス姉、最強だもん!」


 泥だらけの顔で、私の頬にスリスリしてくる。土と汗の匂い。でも、温かい。生きている体温だ。


「最強なのはモコだよ……。あの一撃を受け止めてくれなかったら、私、潰されてたもん」


 私はモコの背中を抱きしめ返した。小さな体なのに、岩みたいに頑丈で、頼もしい相棒。


「……まったく。常識外れもいいとこだわ」


 頭上から声がして見上げると、ピコが屋根からひらりと降りてきたところだった。腕を組み、呆れたようにため息をついているけれど、その口元は微かに緩んでいる。


「鉄の鎧をあんなおもちゃ(ハンマー)で剥がすなんてね。……ま、いいショーだったわよ。おかげでアタシも、いい運動になったし」


「ピコも……ありがとう。あそこで体勢を崩してくれなかったら、近づけなかったよ」


 私が言うと、ピコは「ふん」とそっぽを向いた。


「別に。アタシは自分の仕事をしただけよ。……ま、宿代分くらいは働けたかしらね」


 照れ隠しの言葉が、今の私にはくすぐったくて、嬉しかった。


 月明かりの下、三人で顔を見合わせる。みんなボロボロで、泥だらけ。でも、怪我はない。この家も、壊されていない。


「勝てたね……」


 実感が、じわじわと湧いてくる。


「うん! 私たちの勝ちだもん!」


 モコが私の胸元で元気に尻尾を振る。一人じゃ絶対に無理だった。この二人がいてくれたから、私はただの「職人」から「守る人」になれたんだ。


「……よかった。本当によかった」


 私は二人を引き寄せるようにして、深く息を吐いた。森の静寂が戻ってくる。守り抜いた我が家の庭で、私たちはしばらくの間、互いの無事を確かめ合うように寄り添っていたのだった……。

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