第20話:錆びついた鉄の鎧と、解体
「構造把握」
小さく呟くと、私の視界が一変した。世界の色が褪せ、代わりに無数の「線」が浮かび上がる。
目の前に立ち塞がる、巨大なゴブリン・リーダー。その体は、赤や青の線で埋め尽くされていた。
(……見えた)
筋肉の動き。重心の傾き。そして何より——奴が身につけている、錆びついた「鉄の鎧」。
普通の人には、頑丈な鉄の塊に見えるかもしれない。恐怖の象徴に見えるかもしれない。でも、私の「職人の目」には違って見えた。
『痛いよ、苦しいよ』
鉄が、泣いているみたいだった。
(……ひどい)
メンテナンスなんて、一度もされていない。雨風に晒され、赤錆が奥まで浸透している。無理やりねじ込まれたサイズの合わないボルト。革紐で雑に縛られた継ぎ目。
あれは「防具」じゃない。ただの、哀れな「鉄の拘束具」だ。
「グゥゥゥッ……!」
リーダーが頭を振って、眩暈から立ち直ろうとしている。ピコの石礫が効いているうちに、畳み掛けないと。
「モコ! そのまま耐えて! あと十秒!」
「う、うん……っ! 重いけど……負けないもん!」
モコが丸太を盾にして、リーダーの巨体を必死に押し返している。ミシミシと、丸太が悲鳴を上げる。モコの足が地面にめり込み、じりじりと後退する。
「フンッ!」
リーダーが鼻息を荒くして、腕に力を込めた。
「きゃっ!?」
モコの小さな体が、ズルズルと押される。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
ヒュンッ! 屋根の上から、再びピコの石が飛ぶ。でも、今度はリーダーも警戒していた。こめかみを狙った石を、肩の装甲でガキンと弾く。
「ギガァァァッ!」
リーダーが吠えた。ターゲットが、モコから私へと移る。私(家主)を潰せば、この要塞は落ちると判断したのか。
ドスッ、ドスッ!
地響きを立てて、鉄の塊が突っ込んでくる。怖い。足がすくみそうになる。シスター服の裾を握りしめたくなる。
でも——私には「弱点」が見えている。
(あそこだ)
正面から殴り合っても勝てない。私のハンマーは、殺すための武器じゃない。これは、「修理」するための道具だ。
私は大きく息を吸い込み、地面を蹴った。
「修理の時間だよ!」
逃げるんじゃない。真正面から、その懐へと飛び込む。
「ギッ!?」
リーダーが驚いて棍棒を振り上げる。その瞬間、脇腹がガラ空きになった。
そこにあるのは、鎧の前後を繋ぎ止めている、たった一本の留め具。赤く錆びて、今にも弾け飛びそうな「要」。
「一箇所目!」
私はハンマーを逆手に持ち、下から突き上げるように振るった。全力はいらない。ただ、正しい角度で、正しい場所を叩くだけ。
カィィィン!!
硬質な音が、夜の森に響き渡った。
バチンッ!
乾いた破断音。錆びついたリベットの頭が弾け飛ぶ。
支えを失った胸のプレートが、ガシャンと嫌な音を立てて、だらしなく外れかけた。
「ガッ……!?」
リーダーが足を止める。何が起きたのか分かっていない顔だ。自慢の鉄壁の防御が、たった一撃でグラグラと揺らいでいるのだから。
でも、ここで手を緩めれば、相手は体勢を立て直してしまう。私はハンマーを振り抜いた勢いを殺さず、くるりとその場で回転した。 遠心力を乗せて、反対側の脇腹——もう一つの留め具を狙う。
「二箇所目!」
ガキンッ!!
今度はさらに重い音が響いた。錆びた蝶番が悲鳴を上げて砕け散る。 両サイドの支えを失った胸部装甲が、まるで壊れた扉のように胸元でブラブラと揺れた。
「まだだよ! 次は右肩!」
私は止まらない。一度崩れたバランスは、もう元には戻らない。
私の「解体作業」は、まだ始まったばかりだ。
少しでも楽しい!と感じて頂けたら
ブックマック、評価、スタンプを頂けたらうれしいです。




