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第18話:結束する村と、古井戸への迷宮

 作戦会議の後、私たちは少しだけ仮眠をとった。神経が高ぶっていたけれど、戦いの前には休息も重要な「整備」の一つだ。泥のように眠り、朝日が昇る前に目を覚ます。


「よし。……行くよ、二人とも」


 顔を洗い、冷たい水で気合を入れる。まだ薄暗い早朝の空気の中、私たちは村長の家へと走った。


  † † †


 ドンドンドン!


「村長さん! 起きてください! 緊急事態です!」


 扉を叩くと、寝間着姿の村長さんが驚いた顔で出てきた。


「シスター様? こんな朝早くに……」


「時間がないので手短に話します。……ゴブリンの群れが、村に向かっています」


 私が告げると、村長さんの顔から血の気が引いた。


「ゴ、ゴブリン……しかも群れで!? いったい何匹……」


「リーダーを含めて約二十。……今の村の防備じゃ、正面から当たれば壊滅します」


「そ、そんな……」


 村長さんがその場に崩れ落ちそうになる。けれど、私はその肩を強く掴んで支えた。


「大丈夫です。勝算はあります」


 私は力強く言った。


「私の家を『おとり』兼『要塞』にします。奴らの狙いは食料と武器。一番目立つ私の家に誘導して、そこで一網打尽にします」


「シスター様の家で!? しかし、それでは貴女方が……!」


「私たちにはモコとピコがいます。それに、罠もたくさん仕掛けますから」


 私の言葉に、村長さんはハッとして、後ろに控える二人を見た。頼もしい狼と、鋭い目の猫。彼は覚悟を決めたように顔を上げ、すぐに鐘を鳴らして村人を集めた。


 広場に集まった村の男衆——若い衆たちは、最初は恐怖にざわめいていたけれど、事情を聞くとくわや斧を握りしめた。


「俺たちも戦います! 村を守るためだ!」 「シスター様だけに危険な真似はさせられねぇ!」


 みんな、この村が好きなんだ。その気持ちが嬉しくて、私は首を振った。


「ありがとうございます。でも、皆さんは『前線』には出ないでください」


「えっ? なぜです!?」


「敵にはリーダーがいます。普通の武器じゃ危険すぎるんです。……だから、皆さんにはサポートをお願いしたいの」


 私は地面に地図を描いて説明した。


「私の家に敵を引きつけるために、村の周囲で松明たいまつを焚いて、鐘や鍋を叩いて音を出してください。陽動です。敵を私の家の方へ追い込んで欲しいんです」


「音で……追い込む……」


「はい。そして、罠を抜けて逃げ出した手負いのゴブリンがいたら……その時は、皆さんで囲んで叩いてください。討ち漏らしの掃除です。これなら、安全に戦えます」


 男たちは顔を見合わせた。そして、力強く頷いた。


「わかった! 派手に鳴らしてやるよ!」 「背中は任せてください、シスター様!」


 村が一つになった瞬間だった。


  † † †


 村との連携が決まれば、次は「戦場」作りだ。私たちはゴブリンがやってくる「古井戸」の方角——私の家の裏手にある森の入り口へと向かった。


「ここが奴らの通り道ね」


 ピコが地面の足跡を確認して言う。


「よし。ここから家までのルートを、地獄の『障害物競走アスレチック』に変えよう!」


「モコ、穴掘る! いっぱい掘る!」


 モコが手(爪)をシャベルのようにして、猛烈な勢いで地面を掘り始めた。ザックザックと土が舞い上がる。私はその穴の底に、先を鋭く削った竹槍ならぬ「木槍」をびっしりと植え付ける。


「落ちたら痛いよ~」


「エグいわね……。まあ、アタシも手伝うけど」


 ピコは上から細い枝と枯れ葉を被せ、見事なカモフラージュを施していく。さすがプロ、どこに穴があるのか全く分からない。


 さらに、木と木の間には見えにくい「細いツタ」を張り巡らせる。引っかかれば、頭上の籠から石が落ちてくる仕掛けや、空き缶(代わりの木筒)が鳴って位置を知らせる仕掛けだ。


「よし、柵の補強も完了!」


 家の周りには、内側に向けて尖らせた丸太を配置。簡単に乗り越えられないようにする。


 朝から夕方まで、私たちは休むことなく動き続けた。夕日が沈む頃には、静かだった森の入り口は、一歩間違えれば大怪我をする罠の迷宮へと変貌していた。


「ふぅ……これで準備万端だね」


 私は額の汗を拭い、満足げに頷いた。ピコの予報では、敵の到着は明後日。つまり、明日は一日かけて最終チェックと、休息を取る時間があるはずだ。


「……静かね」


 ピコが森の奥を見つめて呟いた。


「鳥の声がしないわ」


「嵐の前の静けさ、ってやつかな」


 私はまだ見ぬ敵の気配に、ハンマーを握る手に力を込めた。猶予はあと一日。……そう、思っていた。


 私たちはまだ知らない。飢えたゴブリンたちが、予想よりも早く、そして狡猾に動き出していることを。


 運命の夜は、すぐそこまで迫っていた……。

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