第16話:魔法のステーキと、三人の食卓
家に帰り着くと、さっそく調理開始だ。私は買ってきたばかりのツノウサギのブロック肉をまな板の上にドスンと置いた。
「よし。じゃあ作戦を開始するよ!」
「おー! モコ、何すればいい?」
モコが袖をまくって、やる気満々で鼻息を荒くしている。
「モコの任務は……これだ!」
私は戸棚の奥から、布でしっかりと包まれた平たい石の塊を取り出した。ハーブの香りがほんのり漂ってくる。
「これはね、以前から調理用に抗菌のハーブを巻いて、布で包んでおいた石なの 。叩く時に手が滑らないし、お肉に雑菌が移るのも防いでくれるよ 」
「わかった! モコの力、見せてあげる!」
モコは石を布の上から握りしめ、お肉を木製の厚板で挟んだ。そして、石を振りかぶった。その瞳が、獲物を狙う狩人のように鋭くなる。
ドォン!!
凄まじい音が響き、まな板が悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと! 力強すぎ! まな板が割れるわよ!」
横で見ていたピコが飛び上がった。
「あはは、もう少し優しくていいよ。リズミカルに、全体を伸ばす感じでね」
私が手本を見せると、モコはすぐにコツを掴んだようだ。
バン、バン、バン!ダンダンダンダン!
モコの猛烈な連打によって、分厚くて硬そうだった筋肉の塊が、みるみるうちに薄く、広くなっていく。硬い筋繊維が断ち切られ、ハーブの香りが微かに移ったところで、第一段階はクリアだ。
「……すごい。原型がなくなっていくわ」
ピコが若干引き気味に見ているけれど、次は私の出番だ。
† † †
「次は魔法の水をかけるよ」
私は、一緒に買ってきた「安売りのタマネギ(のような野菜)」をすりおろしたボウルを持ってきた。
「なにそれ? 泥?」
ピコが顔をしかめる。
「失礼な。これはタマネギのすりおろしだよ。これにお肉を漬け込むとね……アラ不思議! 『酵素』の力で、お肉がとろとろに柔らかくなるんだよ」
すりおろしタマネギと、少しの塩、そして森で採った香草を混ぜたタレに、叩いたお肉を漬け込む。これで30分。美味しくなるおまじないの時間だ。
† † †
そして、夕暮れ時。いよいよ焼きの時間だ。
かまどに火を入れ、フライパン(まだ鉄板に近い簡易なものだけど)を熱する。貴重な油を引いて、煙が出るくらいまで温める。
「いくよ……投入!」
ジュゥゥゥゥーーーーッ!!
部屋中に、暴力的なまでに食欲をそそる音が響き渡った。タマネギの焦げる甘い匂いと、焼けた肉の香ばしい匂い。それが混ざり合って、最強のハーモニーを奏でている。
「んんっ……!?」
ピコの耳がピーンと立ち、尻尾がバタンバタンと床を叩き始めた。
「な、なによこの匂い……! 反則よ!」
「あうぅ……モコ、もう待てない……ヨダレが止まんないよぉ」
モコが今にもフライパンに飛び込みそうなのを、足で必死に押さえる。
「あとちょっと! 表面をカリッと焼いて、中はジューシーに……よし、完成!」
お皿の上に、大きなステーキがドーンと乗った。付け合わせは、肉汁を吸わせた焼き野菜だ。
「「「いただきまーす!!」」」
号令と共に、私たちは肉にかぶりついた。ナイフなんてないから、手掴みで豪快に。
ガブリ。
「…………!!」
モコの目が、カッと見開かれた。
「や、やわらかぁぁぁい!!」
叫び声が上がった。
「うそ!? 噛まなくても切れるよ! なにこれ、本当にお肉!?」
あんなに筋だらけだったツノウサギの肉が、嘘みたいに柔らかくなっている。噛むたびに、肉汁とタマネギの甘みが口いっぱいに広がる。
「……っ!」
ピコも一口食べて、黙り込んだ。そして、猛烈な勢いで二口、三口と食べ進める。
「……どう? ピコちゃん」
私がニヤニヤしながら聞くと、ピコは口の周りを肉汁でテカテカにさせながら、悔しそうに顔を上げた。
「……ふん。ま、まあ? 銅貨50枚のクズ肉にしては……上出来なんじゃない?」
そう言いながらも、手は止まらない。尻尾が嬉しそうに左右に揺れているのが丸見えだ。
「おいしーい! エリス姉、天才! 大好き!」
「おかわりもあるからね!」
硬くて安いお肉でも、知恵と工夫があれば、こんなに美味しいご馳走になる。
テーブルの上のお肉は、あっという間に消えてしまった。満腹になったモコとピコは、暖炉の前で身を寄せ合って、すやすやと寝息を立て始めた。
(……賑やかになったなぁ)
私は二人に毛布をかけてあげながら、小さく笑った。お肉柔らか大作戦、大成功だ。
明日は何をしようかな。そんなことを考えながら、私も二人の間に潜り込んだ。今夜は、いい夢が見られそうだ。
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