第15話:雑貨屋さんと、たっぷりのお肉の塊
翌朝。爽やかな鳥のさえずりと共に目覚めた私の耳に、不穏な音が響いた。
グゥゥゥ~~……。
それは、腹の虫の合唱だった。一つは隣で寝ているモコのお腹。そしてもう一つは、部屋の隅でマントにくるまって寝ていた、新入りの黒猫——ピコのお腹だ。
「……お腹すいた」
モコが目をこすりながら起き上がる。
「……アタシは空いてないわよ。誇り高き猫人族は、数日くらい食事しなくても平気なんだから」
ピコはそっぽを向いて強がっているけれど、尻尾は力なく垂れ下がっているし、お腹の音は正直だ。
「困ったなぁ……」
私は溜息をついた。 昨日の計画では、罠で「ツノウサギ」を捕まえて、豪華な肉料理にするはずだった。でも、実際に捕まったのは、この猫ちゃんだったわけで……。
つまり——我が家の食料庫には、お肉のストックがゼロなのだ。
「仕方ない。お買い物に行こうか」
私は財布を取り出し、中身を確認した。王都を出た時の所持金は、まだ銀貨10枚以上あるけど、家を直したり、日用品を買ったりすることを考えると、正直心許ない。
決して余裕があるわけじゃないけれど、育ち盛りの子供二人(二匹?)を飢えさせるわけにはいかない。
「やったー! お買い物!」
モコが飛び跳ねる。
「……ふん。付き合ってあげなくもないわよ。アタシが罠を無駄に……じゃなくて、罠にかかってあげたせいで獲物が取れなかったみたいだし」
ピコもマントを羽織り直して立ち上がった。素直じゃないけど、責任は感じているみたいだ。
† † †
私たちは連れ立って、村の雑貨屋へと向かった。
シスター服のエリス、狼耳のモコ、猫耳のピコ。滅多に余所者が来ない辺境の村で、こんな賑やかな三人組はひときわ目を引いた。
すれ違ったのは、畑仕事帰りの初老のおばあさん。私たちを見ると、珍しいものを見るような温かい好奇心をもって目を細めた。
「おや、シスター様。また家族が増えたのかい?」
おばあさんの視線が、マントに隠れるピコに向けられる。ピコは私の背中に隠れ、尻尾の先だけを警戒するようにパタパタと揺らしていた。
「あはは、まあ、そんなところです」
「賑やかそうでいいねぇ。ちいさくて、可愛らしいお嬢ちゃんだ」
その言葉に、ピコは**「誰が可愛らしいよ!」と口の中で呟いた**のが私には聞こえた。しかし、それを聞いたおばあさんは、目を細めてフフッと笑った。
「シスター様も苦労するねぇ。でも、元気があって何よりだ」
私は小さく会釈をして、ピコの頭を軽く撫でた。ピコは一瞬抵抗したが、すぐに諦めたように大人しくなった。
私は笑顔のまま雑貨屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい……おや、シスター様」
店番をしていたおじいさんが、眼鏡の奥で目を丸くした。
「今日は賑やかだねぇ。それで、何が入用だい?」
「お肉が欲しいんです。それも、お腹いっぱい食べられるような」
「肉なら…ちょうど昨日の晩に、村の若い衆が森で大きなツノウサギを何匹か仕留めてきたところだ。もう骨付きの良い部分は分けちまったが、筋の多い硬い塊なら残っているよ。どうだい?」
おじいさんがカウンターの奥から出したのは、赤身の大きなブロック肉だった。
「わぁ……お肉!」
モコがガラスケース(代わりの木箱)に張り付いて、涎を垂らさんばかりに見つめている。
「……硬そうね。煮込まなきゃ噛み切れないんじゃない?」
ピコが冷静に品定めをする。
「いくらですか?」
おじいさんは肉の重さを量り、少し唸ってから言った。
「うーん、訳ありだしな。これで銅貨50枚でどうだ?」
「えっ、銅貨50枚で!? い、いいんですか!? やったー!」
思わず、歓声を上げてしまった。私の予想よりもずっと安い。
「ハハッ、元気な子だねぇ。筋が多いからね。よく煮込むんだよ。」
「これください! あと、安くなってるお野菜も少し」
「はいよ。毎度あり」
これで我が家のタンパク源は確保だ。筋が多くて硬い肉。おじいさんは「よく煮込め」と言ったけれど、私の辞書に「煮込み」の二文字はない。
(硬い肉ほど、叩いて焼けば美味しいんだから!)
お肉を受け取ると、ずっしりとした重みがあった。これなら今夜はご馳走だ。
† † †
帰り道。私のリュックからは、ウサギ肉の包みが顔を出していた。
「ねぇエリス、その肉どうするの? 丸焼き?」
モコが待ちきれない様子で聞いてくる。
「硬いお肉だからね。ただ焼くだけじゃ、顎が疲れちゃうよ」
「じゃあ、どうするのよ?」
ピコも興味津々だ。
「ふふん。帰ってからのお楽しみ!」
「さあ、帰って『お肉柔らか大作戦』だよ!」
「おー!」 「……ま、手伝ってあげるわよ」
空っぽだった罠の代わりに、私たちは満タンの食材と、これからの楽しい食事の予感を抱えて、我が家への坂道を登っていったのだった……。
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