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第14話:ツノウサギの罠と、ツンデレな猫人族

ココン村での生活も、少しずつ軌道に乗ってきたある日のこと。私とモコは、深刻な「欠乏症」に悩まされていた。


「……お肉、食べたい」


 完成したばかりのテーブルに突っ伏して、モコが切実な声を上げた。デコボコとした名栗なぐり加工の天板に、彼女の頬がむにゅりと押し付けられている。


 目の前にあるのは、いつもの豆のスープ。テーブルと椅子のおかげで食事は快適になった。でも、器の中身は変わらない。育ち盛りの狼族の女の子(と、元現代人の私)には、圧倒的に脂質とタンパク質が足りていなかった。


「だよねぇ。干し肉も、もう残りわずかだし……そろそろガツンとしたお肉が食べたいよね」


「うん! 口の中がジュワ〜ってなるやつ!」


 モコが口元を拭いながら身を乗り出す。村で手に入る食材は野菜が中心だ。お肉を手に入れるには、自分たちで調達するしかない。


「よし。じゃあ今日は畑作りの前に……害獣駆除をしよう!」


「ガイジュウ?」


「そう。最近、森の方で『ツノウサギ』が増えてるって村長さんが言ってたの。畑を荒らす困った魔物なんだけど……お肉は鶏肉みたいでとっても美味しいんだって」


「おいしい魔物! 退治する! 今すぐ行く!」


 モコが目を輝かせて立ち上がる。魔物なら、心置きなく狩れるし、村の役にも立つ。一石二鳥だ。


  † † †


 私たちは裏庭——森との境界線あたりにやってきた。ここで、私のDIYスキルの出番だ。


「今回は、この森にあるものを使ってくくりスネアトラップを作るよ」


 まだ私には、立派な箱罠を作る板材も、釘もない。あるのは知恵と、森の素材だけ。まずは、罠に使う「ロープ」の調達からだ。


「モコ、木に巻き付いている、丈夫そうなツタを探して」


「これ、いいかな?」


 モコが指差したのは、私の親指ほどの太さがある緑色のツタだ。


「うん、上等!」


 私は万能ナイフを取り出し、ツタの根元に刃を入れた。水分を含んだツタは少し切りにくいけれど、今の私にはよく切れる刃物がある。


 ブチッ。


 切り出した長いツタを三本揃える。端を結び、三つ編みにしていく。


 キュッ、キュッ、キュッ。


 きつく編み込むことで、一本では切れやすいツタが、強靭なロープへと変わる。指先が緑色に染まるけれど、草の青い匂いが心地いい。


「できた。特製ロープの完成」


 引っ張ってみる。ビクともしない。これならイノシシの力にも耐えられるはずだ。


 次は、仕掛け作り。丈夫でよくしなる「若い木の枝」を選び、そこに編み上がったばかりのロープを結びつけた。


構造把握アーキテクト・アイ


 スキルを発動し、木の弾力と張力を確認する。枝をぐいーっと地面まで曲げて、削った杭に引っ掛ける。獲物が足を踏み入れると、杭が外れて枝が跳ね上がり、ロープの輪が足を締め上げる仕組みだ。


「……よし、セット完了!」


 仕上げに、罠の中央に「餌」を置く。今日の餌は、なけなしの干し肉の脂身を、石の上で炙って香りを立てた「特製・焼き脂」だ。


 ジュウウ……。


 強烈に香ばしい匂いが漂う。


「ツノウサギって、草食じゃないの?」


「普通のウサギはね。でも魔物のツノウサギは雑食で、こういう脂っこい匂いに目がないんだよ」


「んん〜っ! いい匂い! モコも目がない!」


 モコがフラフラと罠に入りそうになるのを、慌てて止める。


「ダメだよモコ! これはウサギ用! かかったら宙吊りになっちゃうよ!」


「はっ! ……危なかった。モコが空を飛ぶところだった」


 モコはよだれを拭いて、我慢した。これだけ匂いが強ければ、鼻の利く魔物ならイチコロのはずだ。


「じゃあ、明日の朝を楽しみにしようね」


 私たちはワクワクしながら家に戻り、新しいベッドに入った。夢の中では、二人で巨大な骨付き肉を囲んで宴会をしていた。


  † † †


 翌朝。私たちは早起きをして、裏庭へと走った。


「かかってるかな!? 」


 モコが尻尾をブンブン振って先行する。罠を仕掛けた茂みに近づくと——。


 バサバサッ!!


 激しい音が聞こえた。見上げると、しなった木の枝の先で、何かがぶら下がって暴れている。


「かかってる! 大物だよエリス姉!」


「すごい暴れ方! 気をつけて、角があるからね!」


 私は木の棒を構え、慎重に近づいた。朝日の中、ロープに足首を掴まれて、逆さまに吊るされていたのは——。


「にゃあっ!? ちょ、ちょっと! 誰か下ろしなさいよおおお!」


 イノシシではなかった。黒いフード付きのマントが重力でめくれ上がり、慌ててスカートを押さえている女の子だった。


 艶やかな黒髪と……ピンと立った黒い三角耳。そして、お尻の方では、しなやかな黒い尻尾が怒ったようにバシバシと空を切っている。


 そして何より——彼女の口の周りは、餌の「焼き脂」でテカテカに光っていた。


「……猫?」


「誰が猫よ! 私は誇り高き『猫人族キャット・ピープル』なんだから!」


 少女は逆さまの状態で、シャーッ! と威嚇した。その手には、食べかけの脂身がしっかりと握られている。


「泥棒猫だ!」


 モコが指差した。


「モコたちのウサギ肉(予定)を盗み食いした!」


「ち、違うわよ! 誤解しないでよね!」


 少女——ピコは、顔を真っ赤にして叫んだ。


「私はこの森の平和を守る斥候スカウトなの! たまたま怪しい仕掛けを見つけたから、危険がないか動作確認をしてあげてただけよ!」


「確認?」


「そうよ! そしたら地面が跳ね上がって……こ、この脂身は、証拠品として押収しただけなんだから!」


 言い訳が苦しい。どう見ても、匂いに釣られて近づいて、夢中で食べていたら罠を踏んだだけだ。


 グゥゥゥゥ〜〜〜……。


 その時、ピコのお腹から、盛大な音が鳴り響いた。逆さまの体勢だからか、いつもよりよく響く。


「…………」


 場が静まり返る。ピコの顔が、耳の先まで茹でダコのように赤くなった。


「……な、なによ。今の音は、その……私のお腹の中の魔獣が威嚇したのよ!」


「お腹の虫だね」


 私は思わず吹き出した。なんて分かりやすい子なんだろう。この警戒心のなさは、野良猫というより、お腹を空かせた捨て猫みたいだ。


「とりあえず、下ろしてあげるね」


 私はロープを解いて、ピコを地面に下ろした。彼女は着地するとすぐに体勢を整え、ふんぞり返った。……まだ足が少し震えているけど。


「ふん、助かったわ。……礼は言わないわよ、勝手に罠を仕掛けたのはそっちなんだから」


「ごめんね。でも、せっかく来てくれたんだし、朝ごはん、食べていく? 温かいスープがあるよ」


「はぁ!? 私を餌付けする気!? 誇り高き猫人族が、そんな簡単に……」


 グゥゥゥ……。


 お腹の魔獣ムシが、正直な返事をした。


「……っ。ま、まあ? あんたたちがどうしてもって言うなら? ……味見くらいは、してあげなくもないわよ」


  † † †


 家に戻り、私は土器の鍋で煮込んだ、野菜たっぷりのスープを出した。ピコは「いただきます」も言わずに器をひったくり、ガツガツと口に運んだ。


「んぐっ……んんっ!」


 勢いよく食べて、熱さに目を白黒させている。


「ゆっくり食べて。逃げないから」


「……ふん。味は、悪くないわね」


ピコはスープを飲み干し、ようやく一息ついたようだった。空っぽになった器を見て、少し気まずそうに目を逸らす。


「……ごちそうさま。借りは、いつか返すわ」


 彼女はマントを翻して立ち上がった。でも、玄関に向かう足取りが重い。チラチラと、部屋の暖炉(まだ焚き火だけど)を見ている。


「ねぇ、あなた」


 ピコが振り返った。


「この辺で畑を作るつもりなんでしょ? ……止めた方がいいわよ」


「えっ、どうして?」


「森の奥で、ゴブリンの群れが動いてるわ。奴らは鼻が利くし、畑の実りなんて格好の標的よ。素人が下手に開拓すると、畑ごと荒らされるのがオチだわ」


 彼女は腕を組み、ツンと鼻を鳴らした。


「……仕方ないわね。このアタシが、しばらく『監視役』として見ててあげるわよ。ゴブリンの動きを察知できる、プロの斥候がいた方が安心でしょ?」


「監視役?」


「そう! 別にこの家のスープが気に入ったわけじゃないから! あくまで仕事よ、仕事!」


「えーっ! 猫はいらないもん! モコだけで十分だもん!」


 モコが頬を膨らませて抗議する。でも、私は嬉しかった。この賑やかさが、広い家に温かさを足してくれる気がしたから。


「ふふ。じゃあお願いしようかな。よろしくね、ピコちゃん」


「ちゃん付けするな!」


 こうして、お肉を捕まえるはずの罠は、予想外の獲物——ツンデレな猫の居候を連れてきた。畑作りは少し先になりそうだけど、毎日の食事はもっと楽しくなりそうだ。


 私は空になった土器を洗いながら、次の「美味しいレシピ」を考えることにした。

 

 これからの生活がまた賑やかになりそう。そう考え微笑むのだった……。

新キャラのピコちゃんです!

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