表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

第13話:木の香りと、初めての食卓

第13話:木の香りと、初めての食卓


 翌朝。わらの香りに包まれて目を覚ました。  背中は痛くないし、底冷えもしない。昨日作ったベッドは想像以上に快適だった。


「んぅ……お腹すいた……」


 隣でモコがむくりと起き上がる。私たちはベッドの上で、朝食のスープを飲むことにした。


「いただきまーす! ……あっと」


 モコが器を傾けた拍子に、スープがこぼれそうになる。  膝の上にお椀を置くのは不安定だ。熱いし、落ち着かない。これじゃあ「食事」というより「補給」だ。


(……よし。今日は、あれを作ろう)


 私は庭に視線を向けた。そこには、復活したばかりの頼もしい相棒——ノコギリとノミが並んでいる。


「モコ。今日はテーブルを作ろう」


「テーブル?」


「そう。ご飯を置く台だよ」


「やる! ご飯がおいしくなる魔法の台だね!」


 モコは目を輝かせて、最後の一滴までスープを飲み干した。


  † † †


 私たちは再びフィーロの森へとやってきた。  狙いは、テーブルの天板になる木材だ。    製材所なんてないこの場所で、丸太を板にするのは重労働だ。私一人じゃ何日かかるか分からない。でも、私には「目」がある。


「『構造把握アーキテクト・アイ』」


 スキルを発動すると、視界から色が消え、物質の構造が線となって浮かび上がる。  探すのは、ただの木じゃない。「素直な繊維」を持った木だ。


「……あった。あれにしよう」


 苔むした倒木を見つけた。私はその断面をじっと見つめる。青白い線が、木の中心を貫くように走っている。  ——ここを叩けば、割れる。


「モコ、この線に沿ってナイフを当てて」


「うん! 任せて!」


 モコが万能ナイフを当てる。私はその背を、太い枝でカーン! と叩いた。  ピキッ、と乾いた音が響く。


「いまだよ、モコ! 裂いちゃって!」


「ふんぬっ!!」


 バキバキバキッ!!


 豪快な音と共に、丸太が繊維に沿って真っ二つに割れた。ノコギリで切るよりずっと早いし、繊維が切れないから水にも強い。  私たちは「天板の元」を担いで、意気揚々と家に戻った。


  † † †


 庭先が、青空工房に早変わりする。  割ったばかりの木はササクレだらけだ。カンナはないから、ツルツルにはできない。だったら——。


(デコボコを、模様にしちゃおう)


 私はノミを構えた。丸い刃先を使って、表面を浅くすくうように削っていく。


 コン、サクッ。コン、サクッ。


 心地よいリズムで、木肌に魚のうろこのような模様が刻まれていく。「名栗なぐり」という、あえて削り跡を残す技法だ。  仕上げに、川砂をつけた布で磨き上げる。


「わぁ……! 水面の波紋はもんみたいで綺麗!」


 モコがデコボコした表面を撫でている。  ツルツルではないけれど、手のひらに吸い付くような温かい感触。これはこれで、今の私たちに合っている気がした。


 次は、一番の難関。「脚」の取り付けだ。  釘も接着剤もない。どうやって固定するか。


(……木の性質を利用しよう)


 天板の裏に穴を彫り、そこに脚を差し込む。  ポイントは、天板が森から拾ってきたばかりの「生木」で、脚が昨日から乾かしておいた「乾燥した木」だということ。


 ——生木は、乾くと縮む。


 つまり、今きつく差し込んでおけば、天板が乾くにつれて穴が縮まり、脚をガッチリと締め付けてくれるはずだ。


「よし。モコ、この脚を穴に差し込んで」


「うん! ……えいっ!」


 ゴンッ!


 モコが体重をかけて押し込む。木と木が擦れ合い、きつく噛み合う音がした。  釘一本使っていないのに、四本の脚は岩のように微動だにしない。


「できた……」


 最後に、丸太を輪切りにして磨いただけの椅子を二つ並べる。  夕暮れの庭に、手彫りの跡も味わい深い、世界に一つの「ダイニングセット」が誕生した。


  † † †


 その日の夕食。私たちは完成したテーブルを部屋の中央に運び込んだ。


 今まで床に置いていたスープの鍋を、テーブルの上に置く。木のお皿と、水が入ったコップを並べる。デコボコした天板だが、器を置くと不思議と安定する。


「座ってみて、モコ」


 丸太の椅子に腰掛ける。目の前に、湯気を立てるスープがある。背筋が伸びる。視線が高くなる。


「わぁ……!」


 モコが目を輝かせた。


「すごいよエリス姉! お店屋さんみたい!」


「ふふ、そうだね。いただきます」


「いただきます!」


 スープを口に運ぶ。テーブルに肘をつき、顔を見合わせて笑い合う。ただの板一枚。それがあるだけで、食事がこんなにも豊かな時間になるなんて。


 向かい側に座るモコの顔が、ランプの灯りに照らされてよく見える。天板の削り跡を指でなぞりながら、彼女は嬉しそうだ。


 床で食べていた時は、どこか「餌」を食べているような侘しさがあったけれど、今は違う。これは、正真正銘の「食卓」だ。


「おいしいね、エリス姉」


「うん。すごい美味しく感じるね」


(ただの木材なのに、こんなにも温かい気持ちになる。向かいに座るモコの笑顔が、ランプの黄金色の光に照らされてキラキラと輝く。)


(この板一枚で、ここはもう「食卓」だ。冷たい床に座っていた日々は、もう遠い過去。私たちは、今日、ここに、自分たちの手で確かな居場所を築いたのだ。)


「明日は、なにしようかな」


 木の温もりと、美味しいスープの湯気に包まれながら、私は満ち足りた食後の余韻に浸っていたのだった……。


少しでも楽しい!と感じて頂けたら

ブックマック、評価、スタンプを頂けたらうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ