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第12話:蘇った古い道具と、ぬくぬくベッド


 翌朝。私が目を覚ますと、すぐ隣に茶色いモフモフがあった。


「……すぅ……すぅ……」


 モコだ。私にぴったりとくっついて、尻尾を私の腕に巻きつけて眠っている。湯たんぽみたいに温かいし、なにより可愛い。でも——その温もりの下にある背中は、正直言って冷たかった。


(床が……冷えるなぁ)


 隙間風は塞いだけれど、地面からの冷気はどうしようもない。これじゃあ、せっかくのモコの温かさが台無しだ。


(……よし。今日はあれを作ろう!)


 私はそっとモコから離れ、かまどの前へ行った。そこには、昨夜モコが集めてくれた「特製着火剤(木屑)」の瓶が置いてあった。


「ありがとう、モコ」


 瓶からひとつまみ取り出し、かまどに放り込む。


「『点火イグニス』」


 ボッ!


 乾燥した木屑は一瞬で炎を上げ、薪へと火を移した。あっという間に温かいお湯が沸く。


(すごい……! 本当に一瞬だ)


 昨日までの苦労が嘘みたいだ。道具と知識があれば、魔法はもっと便利になる。私は感動しながら、モコを揺り起こした。


「モコ! 起きて! 着火剤のおかげで、もうお湯が沸いたよ! それに……道具も復活したよ!」


  † † †


 まずは、昨日仕込んでおいた「道具」のチェックだ。庭に置いた木桶の中を覗き込む。昨夜、森で採ったシトロンの果汁に漬け込んでおいた、錆だらけの道具たち。


「……っ!」


 桶の中で、道具たちが朝日を反射してキラリと光った。赤茶色の頑固な錆が溶け落ちて、その下から鈍色の鉄肌てつはだが顔を出している。


「わぁ……! すごいよエリス姉! 昨日までボロボロだったのに、キラキラしてる!」


 起きてきたモコが目を丸くする。


「えへへ、シトロンの力だよ。でも、ここからが本番!」


 私は道具を取り出し、水で丁寧に酸を洗い流す。そして、持参したヤスリで刃を研ぎ澄ませていく。


 シャッ、シャッ、シャッ。


 静かな朝に、鉄を研ぐ音が響く。刃こぼれが消え、滑らかなラインが蘇る。仕上げに、モコに手伝ってもらってクルミ油を塗り込めば——。


「完成! 私たちの武器ツールだよ!」


 ノコギリ、ハンマー、やっとこ。どれも長い年月を生き抜いてきた道具たちだ。私の手の中で、彼らが「早く使ってくれ」とウズウズしている気がする。


「ありがとう。これからよろしくね」


 私は道具に声をかけ、モコに向き直った。


「よし、モコ。この道具を使って、今日は『ベッド』を作るよ!」


「ベッド? 寝る台のこと?」


「そう! 地面から体を浮かせれば、もう寒くないからね!」


  † † †


 私たちはフィーロの森へ向かった。今回作るのは、釘を使わない簡易ベッドだ。まだ私の技術じゃ、複雑な「継ぎ手」を作るのは難しい。でも、知恵を使えば丈夫なベッドは作れる。


「モコ、Y字型になってる太い枝を探して!」


「Y……わい? こんなの?」


「そう、それ! 天然のジョイントだよ!」


 モコが見つけたY字の枝は、ベッドの脚にぴったりだ。これを四本。そして、横棒になる真っ直ぐな木を三本。モコの怪力のおかげで、あっという間に材料が揃った。


「組み立て開始!」


 庭に戻り、四隅にY字の枝を立てる。その股の部分に、横棒を渡していく。


 カチッ。


 まるで測ったようにぴったりとハマった。これだけでも形にはなるけれど、寝相の悪いモコが暴れたら崩れてしまうかもしれない。


「ここで、ロープワークの出番だよ」


 私は麻紐を取り出し、交差部分を「角縛り(スクエア・ラッシング)」で固定していく。


「モコ、ここをギュッと押さえてて!」


「任せて! ……ふんぬっ!」


 モコが全体重をかけて木を固定する。私はその上から、縦に三回、横に三回、キツくロープを巻きつけていく。そして最後に、真ん中を絞め上げる!


 ギュウウッ!


 ロープが木に食い込み、ガッチリと固定された。さらに、脚と脚の間には、斜めに「筋交い(すじかい)」の枝も入れた。これで横揺れにも強くなる。


「すごい……! 釘がないのに、全然グラグラしない!」


 モコが揺すっても、岩のようにどっしりとしている。木の摩擦とロープの張力、そして筋交いの構造。単純だけど最強の組み合わせだ。


 最後に、枠の上に細い枝を並べて、その上にわらを詰めた袋を敷けば——。


「できた! 『高床式・ぬくぬくベッド』の完成!」


 地面から浮いているのは、ほんの10センチちょっと。でも、この隙間にある空気が断熱材になって、床の冷たさを遮断してくれるのだ。


「一番乗りはモコだー! とうっ!」


 モコが勢いよくダイブする。


 ギシッ。


 木が少しきしむ音がしたけれど、崩れる気配はない。藁のクッションが優しく体を受け止めてくれる。


「ふわぁぁ……すごいよエリス姉! 浮いてる! 背中が寒くない!」


 モコはベッドの上でゴロゴロ転がり、尻尾をバタバタさせて喜んでいる。


「ふふ、気に入ってくれた?」


「うん! 最高だもん!」


 私も隣に座ってみた。お尻から伝わるのは、藁の柔らかさと、自分の体温が逃げずに溜まっていく温かさ。固くて冷たい床とは大違いだ。


「……あったかいね」


 夕日が差し込む部屋で、私たちは肩を寄せ合った。隣にいるモコの体温と、下から支えてくれる木の感触。


「ねぇ、エリス姉」


 モコが私の腕にスリスリと頬を寄せた。


「明日は何を作るの? テーブル? それとも椅子?」


「うーん、そうだなぁ。椅子があれば、ご飯がもっと美味しくなるかもね」


「楽しみ! エリス姉といれば、毎日すごいものができるね!」


 モコの笑顔を見て、私も自然と笑みがこぼれた。何もないボロ家だった場所が、私たちの手で少しずつ「家」になっていく。


 明日は椅子を作ろう。明後日はテーブルを。そうやって一つずつ、私たちの幸せをDIYしていこう。


 心地よい藁の匂いに包まれながら、私は新しいベッドの寝心地を噛み締めていた。

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