第11話:黄金色の光と、夜の作業場
静かな夜だった。部屋の隅に置いた木桶からは、時折ジュワ……という微かな音が聞こえてくる。
「ねぇエリス姉、なんの音?」
モコが不思議そうに耳を澄ませている。
「あれはね、酸がサビを食べている音だよ。明日の朝には、真っ赤なサビが消えてピカピカになってるはず」
「すごい! 魔法のオケだね!」
モコは目を輝かせて、桶の周りをグルグル回っている。足の包帯も取れて、すっかり元気いっぱいだ。
(さて、と。明日の朝まで待つしかないけど……)
私は窓の外を見た。月明かりだけが頼りの部屋は、やっぱり暗い。私の『点火』はライター程度の火力しかないから、長時間部屋を照らすのには向いていないのだ。
「……暗いと、何もできないね」
「うん。もう寝る?」
モコがつまらなそうに欠伸をする。でも、せっかくの夜だ。ただ寝るだけじゃ勿体無い。
「そうだ。あれを作ろう!」
私は庭で集めた山グルミの殻の残りを、小さな木桶に集めた。
「モコ、この殻をハンマーで粉々に砕いてくれる?」
「えっ、壊していいの? 任せて!」
破壊工作ならお手の物だ。モコは楽しそうに殻を叩き始めた。パキン! コン!
「粉々になったよ!」
「ありがとう。これを油と混ぜて……」
私は砕いた殻に、絞ったばかりのクルミ油を少し混ぜて練り上げる。そこに、要らなくなった布の切れ端をねじって差し込んだ。
——クルミ殻の即席ランプ。殻自体が燃料を含んでいるから、煤が出にくく、安定して燃えてくれるのだ。
「『点火』」
芯の先に火を移す。チロチロ……と小さな炎が揺れ、やがてボウッと大きくなった。
「わぁ……!」
モコが歓声を上げる。黄金色の炎が、小さな部屋を優しく照らし出した。魔法の光よりも温かくて、柔らかい光だ。
「明るい! エリス姉の顔がよく見えるよ!」
「ふふ、これで夜も作業ができるね」
ランプの灯りがあれば、手元が見える。私は工具箱から、万能ナイフを取り出した。まだノコギリは復活していないけれど、ナイフならある。
「ねぇ、何作るの?」
モコが興味津々で覗き込んでくる。
「台座だよ。ほら、クルミ油の小瓶、倒れたら大変でしょ?」
私はその辺に落ちていた手頃な木片を拾い上げ、削り始めた。
シャッ、シャッ、シャッ。
静かな夜に、木を削る音が心地よく響く。四角い木片の中央を窪ませて、瓶がぴったり収まるように調整する。仕上げにヤスリをかければ、木屑がランプの光を受けて金粉みたいに舞い上がった。
「できた! これで安心」
小瓶をセットすると、ピタリと安定した。
「すごい! エリス姉、魔法使ってないのに形が変わった!」
「ナイフ一本あれば、大抵のものは作れるんだよ」
私は作業で出た「木屑」を集めて、もう一つの空き瓶に詰めた。
「モコ、これは火おこし瓶だよ」
「ひおこし?」
「そう。この削りカスは、乾燥していて燃えやすいの。これがあれば、朝の忙しい時でも一瞬でカマドに火をつけられるよ」
——着火剤。ただのゴミに見える木屑も、知識があれば立派な燃料になる。
「モコのお仕事は、私が木を削るたびに出るこのカスを、瓶に集めること。できる?」
「やる! モコが集める!」
モコは目を輝かせて、テーブルに散らばった木屑を丁寧に集め始めた。その姿は、まるで砂金を集めるトレジャーハンターみたいに真剣だ。
(ふふ、可愛いなぁ)
クルミ油の温かい光。木を削る音。そして、隣には楽しそうな家族がいる。王都の夜は煌びやかだったけれど、こんなに温かい気持ちになったことはなかった。
「よし、準備万端!」
モコがパンパンになった瓶を掲げる。
「ありがとう、モコ。これで明日の朝は、美味しいスープがすぐに作れるね」
「えへへ、楽しみ!」
私たちはランプの火を消して、布団(まだ藁だけど)に入った。暗闇に戻ったけれど、もう怖くない。桶の中では道具が蘇ろうとしているし、明日になればまた、自分たちの手で生活を作っていける。
「おやすみ、エリス姉」
「おやすみ、モコ」
明日、桶の蓋を開けるのが待ち遠しい。ワクワクする気持ちを抱きしめながら、私たちは静かな眠りについた。




