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第10話:錆びた宝物と、森の特製ジュース

 翌朝。小鳥のさえずりで目を覚ますと、隣にはすっかり元気になったモコが、お腹を出して眠っていた。足の包帯も取れて、傷口は綺麗に塞がっている。獣人の回復力には驚かされるばかりだ。


(さて、と。今日はあそこを調べなきゃ)


 私はそっとベッド(まだ床だけど)から抜け出した。気になっていたのは、裏庭にある納屋だ。昨日は屋根の修理で手一杯だったけれど、村長さんが「使えるものがあるかも」と言っていた場所。


 ギィ……。


 半分外れかけた扉を開けて、薄暗い中へと足を踏み入れる。埃っぽい空気。昨日はここで梯子を見つけたけれど、奥にはまだガラクタが積まれている。


「『点火イグニス』」


 指先に灯りをともし、奥へと進む。腐りかけた木箱や破れた麻袋を退けると——。


「……うそ」


 壁際に、赤茶色の塊が無造作に転がっていた。一見するとただの鉄屑だ。表面は分厚い赤錆に覆われていて、原形すら怪しい。でも、私には分かった。


「『構造把握アーキテクト・アイ』」


 スキルを発動させる。視界から色が消え、物質の輪郭が青白く浮かび上がる。その瞬間、心臓が跳ねた。


(生きてる……!)


 錆の殻の奥に、まだ死んでいない強靭な鉄の芯が見える。ギザギザの刃を持つ「ノコギリ」。重厚な頭の「ハンマー」。鋭い「ノミ」。そして「カンナ」の刃。これはガラクタじゃない。職人が使い込み、魂が宿った「本物の道具」だ!


「すごい……これさえあれば、何でも作れる!」


 私は錆だらけのハンマーを抱きしめた。ずっしりとした重みが心地いい。でも、このままじゃ使えない。錆を落として、油を塗ってあげないと。


(酸が必要だわ。それも、強力なやつ)


 王都なら専用の薬品があるけれど、ここにはない。でも、森がある。森なら、きっと代わりになるものがあるはずだ。


  † † †


「エリス姉、おはよー! 手、真っ赤だよ? 怪我?」


 家に戻ると、起きてきたモコが心配そうに私の手を除き込んだ。指先には赤錆がべっとりとついている。


「ううん、これは『宝物の汚れ』だよ」


 私は興奮気味に、納屋で見つけた道具のことを話した。モコの目がキラキラと輝きだす。


「すごい! じゃあ、それでベッドとか椅子とか作れるの?」


「うん! でもその前に、森で材料を集めないと。モコも手伝ってくれる?」


「任せて! モコ、力持ちだもん!」


 モコが力こぶを作る(萌え袖で見えないけど)。頼もしい相棒だ。私たちは簡単な朝食を済ませて、麻袋を片手に森へと向かった。


  † † †


 春の森は、命の気配で満ちていた。若葉の緑と、湿った土の匂い。私たちは「酸っぱいもの」と「油」を探して、森の奥へと進んだ。


「くんくん……あ! エリス姉、あっちから変な匂いがする!」


 モコが鼻をヒクヒクさせて、斜面の方を指差した。


「すごい酸っぱい匂い! 鼻がムズムズするよ!」


「でかしたモコ!」


 行ってみると、そこには黄色くてゴツゴツした実をつけた低木が生えていた。レモンよりも大きくて無骨な実。


(シトロンの仲間かな?)


 ナイフで切ってみると、強烈な酸味を含んだ果汁が飛び散った。舐めてみると、舌が痺れるほど酸っぱい。


「うぐっ……! これなら錆もイチコロだね!」


 私たちは夢中で実を集めた。高いところの実は、モコが木に登って落としてくれる。袋いっぱいになったところで、次は「油」探しだ。


「油なら、あっちにあるかも! いい匂いがするもん!」


 モコの野生の勘はすごい。案内された場所には、地面いっぱいに茶色い殻の実——クルミが落ちていた。


「クルミだ! これなら油も採れるし、中身も食べられるよ!」


「やったー! ご飯だー!」


 食いしん坊のモコは大喜びでクルミを拾い集めた。気づけば、私たちのリュックはずっしりと重くなっていたけれど、足取りは軽かった。


  † † †


 家に帰ると、さっそく「再生儀式」の始まりだ。


「モコ、このクルミを割って中身を出して!」


「りょーかい! ふんぬっ!」


 モコが石でクルミを割る。ガツン! といういい音が響く。私は取り出した実を布に包んで絞り、貴重な油を小瓶に集めていく。次に、採ってきたシトロンの実を木桶の中で絞る。


 ブシュッ、ジュワァ……。


 黄色い果汁が溜まっていく。酸っぱい匂いが充満して、二人で顔をしかめた。


「うぅ……目がシバシバする……」


「我慢だよモコ。これが『魔法の薬』になるんだから」


 たっぷりの果汁が溜まった桶の中に、私は錆びた道具たちをそっと沈めた。ジュワ……と小さな泡が立つ。酸が錆を食べている音だ。


「……おやすみ。明日の朝には、綺麗になってるからね」


 私は桶に蓋をして、愛おしそうに撫でた。これで一晩置けば、錆は落ちるはずだ。そうしたら、クルミ油で磨いてあげよう。


「ねぇエリス姉、お腹空いたー」


 作業が終わって、モコがへたり込んだ。外はもう夕暮れだ。


「ふふ、頑張ったもんね。今日はクルミ入りのパンケーキにしようか」


「わーい! エリス姉大好き!」


 その夜。私たちは窓辺に並んで座り、月明かりの下で静かに過ごした。桶の中では道具たちが眠っている。明日の朝、蓋を開けるのが楽しみで仕方ない。


(やっと……やっとスタートラインに立てる)


 道具が復活すれば、私の知識を形にできる。ボロボロの家を直して、家具を作って、モコともっと快適に暮らせるように。


「楽しみだね、モコ」


「うん! 明日は何作る? ベッド? テーブル?」


「ふふ、全部作ろうね」


 希望に満ちた夜だった。桶の中で微かに聞こえる泡の音が、私たちの新しい生活の足音のように聞こえたのだった……。

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