第1話:勇者パーティと、追放
「エリス、お前は今日で勇者パーティを解雇だ」
その言葉を聞いた瞬間、私——エリス・アテリアの頭の中が真っ白になった。
ここは王都セレストの一等地にある、勇者パーティ専用の宿舎。夕暮れ時の薄暗い談話室に、パーティメンバー全員が集まっていた。
勇者レオンハルトは、ソファに深く腰掛けたまま、事務的な口調でそう告げた。怒っているわけでも、嘲笑っているわけでもない。ただ、「古くなった装備を買い換える」と決めた時のような、冷ややかな目だった。
「え……あの、どうして……急に……」
震える声で尋ねる。レオンの隣には、先日加入したばかりの新しい聖女——ソフィアが優雅に座っていた。
「どうして、か。……自分でも分かっているんじゃないか?」
レオンは短く息を吐くと、テーブルの上に一枚の紙を置いた。それは、私のステータス鑑定書だった。
「お前がこのパーティに入って一年。俺たちはSランクを目指して順調に攻略を進めてきた。だが、これからの階層は敵の攻撃が激化する。……はっきり言おう。お前の『回復能力』では、もう耐えきれないんだ」
「あ……」
反論しようとして、言葉が詰まる。
「エリスさん」
鈴を転がすような知的な声で、聖女ソフィアが口を開いた。金髪碧眼の、絵に描いたような美貌。その瞳には、私への同情すら浮かんでいるように見えた。
「貴女のポーション作りは、とても丁寧ですわ。徹夜で薬草を煮詰めて、飲みやすいように味まで調整して……。その献身は素晴らしいと思います」
「……ありがとうございます」
「でも、遅すぎますの」
ソフィアは、ふわりと微笑んだまま言った。
「戦闘中にポーションを飲んでいる暇はありませんわ。私の『大治癒』なら、詠唱ひとつで全員の傷を瞬時に癒せます。コストもかかりませんし、何より確実です」
正論だった。ぐうの音も出ないほどの、圧倒的な「効率」の差。
「それに、お前の魔法レベルだ」
魔法使いのルーカスが、眼鏡の位置を直しながら淡々と言葉を継ぐ。
「火、水、風、土……全属性適性があるのは珍しいが、全部レベル1止まり。これじゃあ、戦闘ではただの足手まといだ。……悪いが、今の俺たちには『器用貧乏』を抱えている余裕はないんだ」
「そ、それは……でも、私……」
何か言わなきゃ。私だって、一年間必死に頑張ってきたんだから。
「ヒ、ヒーリングワンドがあります! あれがあれば中治癒だって……! それに回数制限で使えない時だって、私、包帯を巻くのは得意ですし! 骨折した時の添え木だって、廃材ですぐに……!」
「その『ワンド待ち』の時間が無駄だと言ってるんだ」
私の必死の言葉を、盗賊のフィリップが冷たく遮った。
「ヒーリングワンドは一度使うと、再充填に時間がかかるだろ? その三十分の間、俺たちは足止めを食らうんだ。……ソフィア様の魔法なら、待ち時間はゼロだ」
「あ……」
「それに、そのワンドでの回復も『道具の効果』であって、お前の実力じゃない。ワンドを取り上げられたら、お前はただの無能力者だろ?」
「…………」
全員の視線が、痛い。 悪意はないのかもしれない。彼らはただ、Sランクという高みを目指すために、合理的な判断をしているだけだ。
重い荷物を捨てる。錆びた剣を買い換える。
それと同じこと。
(私は……いらないんだ)
一年間、必死でついてきたつもりだった。魔法の才能がない分、知識と手作業でカバーしようとしてきた。
みんなが寝静まった後、ポーションを煮込んだ。 武器の手入れをして、靴底の減り具合をチェックした。 「ここが弱ってるかも」と思ったら、こっそり補強しておいた。
でも、それは全部——彼らにとって「無駄な時間」だったんだ。
「……わかりました」
私は、俯いたままそう答えるのが精一杯だった。
「悪いようにはしない」
レオンが、ジャラリと重そうな革袋をテーブルに置いた。
「退職金だ。銀貨10枚。お前が使ったポーションや備品代を差し引いて、このくらいが精一杯だ」
そう言って、レオンは手を差し出した。
「それと、ヒーリングワンドは返してもらうぞ。これだけはパーティーの資産だからな」
「…………はい」
私は腰に差していた杖を抜き、レオンに手渡した。一年間、私の無能さを補ってくれていた命綱。それが離れていく。
私にはもう、本当に何も残っていない。
「……今まで、お世話になりました」
それが、最後の言葉だった。
† † †
その夜。 私は一人、狭い個室で荷造りをしていた。
ベッドと机だけの質素な部屋。 でも、ここが一年間、私の居場所だった。
(もう……ここには居られないんだ)
棚から工具箱を取り出す。 小型ハンマー、ヤスリ、ペンチ、万能ナイフ。
どれも、私の大切な相棒たち。 前世——日本で暮らしていた頃の記憶を頼りに、この世界の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらった、整備専用の道具たちだ。
「……ごめんね」
私はハンマーの柄を撫でた。
「あんたたちの出番、作ってあげられなかったね」
勇者パーティでは、「魔法で直せばいい」が常識だった。私の手作業は、「遅い」「古い」「貧乏くさい」と笑われた。
物質教団のシスターとして、物を大切にしたかった。直して、手入れして、長く使うことの良さを伝えたかった。
でも、届かなかった。
私には、彼らを納得させるだけの実力も、自信もなかったから。
(……はぁ)
深いため息が出る。
机の引き出しから、一冊の古いノートを取り出した。表紙には『いつか作りたいものリスト』と書いてある。
中を開くと、ほとんどが白紙だ。 最初の数ページにだけ、下手くそな図面と、夢みたいなメモが書いてある。
『日当たりのいい平屋』 『広い作業場』 『自動水やり機能付きの畑』 『誰にも邪魔されないスローライフ』
前世で、会社員をしながら夢見ていたこと。 ネット動画を見て、「いつかこんな生活がしたいなぁ」と憧れていたこと。
転生したら叶うと思っていた。 でも、現実は厳しかった。魔法の才能なし。チートスキルなし。あるのは、中途半端なDIY知識だけ。
(結局、私……何もできなかったな)
ノートを閉じようとして、手が止まる。
何もできなかった? 本当に?
私はもう一度、工具箱を見た。 使い込まれて、手油が染み込んだ木の柄。 研ぎ澄まされた刃先。
魔法はレベル1だけど、この道具たちを使っている時だけは、私は私でいられた。時間を忘れて、無心になれた。
(……捨てたくない)
ノートを胸に抱きしめる。
勇者パーティはクビになった。シスターとしても落ちこぼれだ。
でも、この「好き」という気持ちだけは、誰にも否定されたくない。
(行こう)
私は立ち上がり、最後の荷物をリュックに詰めた。
財布の中には、退職金の銀貨10枚。それに、リュックの奥底には、今までコツコツ貯めた私の貯金5枚。合計で銀貨15枚。
この世界の物価だと、銀貨1枚が約1万円。つまり、私が今持っているのは約15万円相当。
不安だけど、これだけあればなんとか……。
王都セレストは、魔法と効率の街。ここには、私の居場所はない。
だったら、どこか遠くへ。魔法なんて必要とされない、辺境の地へ。
そこでなら——この道具たちも、私の知識も、役に立つかもしれない。
「……よし」
部屋を見渡す。忘れ物はない。
思い出は……少しだけ、苦いものが残っているけれど。
「さようなら」
私は小さく呟いて、ドアノブに手をかけた。
窓の外では、月が静かに輝いている。明日の朝一番で、この街を出よう。
どこへ行くかは、まだ決めていないけれど。 きっと、ここよりは息がしやすいはずだから。
初投稿になります…!
ず~と前からいつかなろうに投稿したい…!って思っていましたが、ずるずると…。
この度やっと温めていた作品がある程度形になりました。
最初は数話は追放パートなので、雰囲気が暗めですが…少しでも楽しんで頂けたら幸いです。




