表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

第1話:勇者パーティと、追放

「エリス、お前は今日で勇者パーティを解雇だ」


 その言葉を聞いた瞬間、私——エリス・アテリアの頭の中が真っ白になった。


 ここは王都セレストの一等地にある、勇者パーティ専用の宿舎。夕暮れ時の薄暗い談話室に、パーティメンバー全員が集まっていた。


 勇者レオンハルトは、ソファに深く腰掛けたまま、事務的な口調でそう告げた。怒っているわけでも、嘲笑っているわけでもない。ただ、「古くなった装備を買い換える」と決めた時のような、冷ややかな目だった。


「え……あの、どうして……急に……」


 震える声で尋ねる。レオンの隣には、先日加入したばかりの新しい聖女——ソフィアが優雅に座っていた。


「どうして、か。……自分でも分かっているんじゃないか?」


 レオンは短く息を吐くと、テーブルの上に一枚の紙を置いた。それは、私のステータス鑑定書だった。


「お前がこのパーティに入って一年。俺たちはSランクを目指して順調に攻略を進めてきた。だが、これからの階層は敵の攻撃が激化する。……はっきり言おう。お前の『回復能力』では、もう耐えきれないんだ」


「あ……」


 反論しようとして、言葉が詰まる。


「エリスさん」


 鈴を転がすような知的な声で、聖女ソフィアが口を開いた。金髪碧眼の、絵に描いたような美貌。その瞳には、私への同情すら浮かんでいるように見えた。


「貴女のポーション作りは、とても丁寧ですわ。徹夜で薬草を煮詰めて、飲みやすいように味まで調整して……。その献身は素晴らしいと思います」


「……ありがとうございます」


「でも、遅すぎますの」


 ソフィアは、ふわりと微笑んだまま言った。


「戦闘中にポーションを飲んでいる暇はありませんわ。私の『大治癒ハイ・ヒール』なら、詠唱ひとつで全員の傷を瞬時に癒せます。コストもかかりませんし、何より確実です」


 正論だった。ぐうの音も出ないほどの、圧倒的な「効率」の差。


「それに、お前の魔法レベルだ」


 魔法使いのルーカスが、眼鏡の位置を直しながら淡々と言葉を継ぐ。


「火、水、風、土……全属性適性があるのは珍しいが、全部レベル1止まり。これじゃあ、戦闘ではただの足手まといだ。……悪いが、今の俺たちには『器用貧乏』を抱えている余裕はないんだ」


「そ、それは……でも、私……」


 何か言わなきゃ。私だって、一年間必死に頑張ってきたんだから。


「ヒ、ヒーリングワンドがあります! あれがあれば中治癒ミドル・ヒールだって……! それに回数制限で使えない時だって、私、包帯を巻くのは得意ですし! 骨折した時の添え木だって、廃材ですぐに……!」


「その『ワンド待ち』の時間が無駄だと言ってるんだ」


 私の必死の言葉を、盗賊のフィリップが冷たく遮った。


「ヒーリングワンドは一度使うと、再充填リチャージに時間がかかるだろ? その三十分の間、俺たちは足止めを食らうんだ。……ソフィア様の魔法なら、待ち時間はゼロだ」


「あ……」


「それに、そのワンドでの回復も『道具の効果』であって、お前の実力じゃない。ワンドを取り上げられたら、お前はただの無能力者だろ?」


「…………」


 全員の視線が、痛い。 悪意はないのかもしれない。彼らはただ、Sランクという高みを目指すために、合理的な判断をしているだけだ。


 重い荷物を捨てる。錆びた剣を買い換える。


 それと同じこと。


(私は……いらないんだ)


 一年間、必死でついてきたつもりだった。魔法の才能がない分、知識と手作業でカバーしようとしてきた。


 みんなが寝静まった後、ポーションを煮込んだ。 武器の手入れをして、靴底の減り具合をチェックした。  「ここが弱ってるかも」と思ったら、こっそり補強しておいた。


 でも、それは全部——彼らにとって「無駄な時間」だったんだ。


「……わかりました」


 私は、俯いたままそう答えるのが精一杯だった。


「悪いようにはしない」


 レオンが、ジャラリと重そうな革袋をテーブルに置いた。


「退職金だ。銀貨10枚。お前が使ったポーションや備品代を差し引いて、このくらいが精一杯だ」


 そう言って、レオンは手を差し出した。


「それと、ヒーリングワンドは返してもらうぞ。これだけはパーティーの資産だからな」


「…………はい」


 私は腰に差していた杖を抜き、レオンに手渡した。一年間、私の無能さを補ってくれていた命綱。それが離れていく。


 私にはもう、本当に何も残っていない。


「……今まで、お世話になりました」


 それが、最後の言葉だった。


  † † †


 その夜。 私は一人、狭い個室で荷造りをしていた。


 ベッドと机だけの質素な部屋。 でも、ここが一年間、私の居場所だった。


(もう……ここには居られないんだ)


 棚から工具箱を取り出す。 小型ハンマー、ヤスリ、ペンチ、万能ナイフ。


 どれも、私の大切な相棒たち。 前世——日本で暮らしていた頃の記憶を頼りに、この世界の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらった、整備専用の道具たちだ。


「……ごめんね」


 私はハンマーの柄を撫でた。


「あんたたちの出番、作ってあげられなかったね」


 勇者パーティでは、「魔法で直せばいい」が常識だった。私の手作業は、「遅い」「古い」「貧乏くさい」と笑われた。


 物質教団マテリアル・オーダーのシスターとして、物を大切にしたかった。直して、手入れして、長く使うことの良さを伝えたかった。


 でも、届かなかった。


 私には、彼らを納得させるだけの実力も、自信もなかったから。


(……はぁ)


 深いため息が出る。


 机の引き出しから、一冊の古いノートを取り出した。表紙には『いつか作りたいものリスト』と書いてある。


 中を開くと、ほとんどが白紙だ。 最初の数ページにだけ、下手くそな図面と、夢みたいなメモが書いてある。


『日当たりのいい平屋』 『広い作業場』 『自動水やり機能付きの畑』 『誰にも邪魔されないスローライフ』


 前世で、会社員をしながら夢見ていたこと。 ネット動画を見て、「いつかこんな生活がしたいなぁ」と憧れていたこと。


 転生したら叶うと思っていた。 でも、現実は厳しかった。魔法の才能なし。チートスキルなし。あるのは、中途半端なDIY知識だけ。


(結局、私……何もできなかったな)


 ノートを閉じようとして、手が止まる。


 何もできなかった?  本当に?


 私はもう一度、工具箱を見た。 使い込まれて、手油が染み込んだ木の柄。 研ぎ澄まされた刃先。


 魔法はレベル1だけど、この道具たちを使っている時だけは、私は私でいられた。時間を忘れて、無心になれた。


(……捨てたくない)


 ノートを胸に抱きしめる。


 勇者パーティはクビになった。シスターとしても落ちこぼれだ。


 でも、この「好き」という気持ちだけは、誰にも否定されたくない。


(行こう)


 私は立ち上がり、最後の荷物をリュックに詰めた。


 財布の中には、退職金の銀貨10枚。それに、リュックの奥底には、今までコツコツ貯めた私の貯金5枚。合計で銀貨15枚。


 この世界の物価だと、銀貨1枚が約1万円。つまり、私が今持っているのは約15万円相当。


 不安だけど、これだけあればなんとか……。


 王都セレストは、魔法と効率の街。ここには、私の居場所はない。


 だったら、どこか遠くへ。魔法なんて必要とされない、辺境の地へ。


 そこでなら——この道具たちも、私の知識も、役に立つかもしれない。


「……よし」


 部屋を見渡す。忘れ物はない。


 思い出は……少しだけ、苦いものが残っているけれど。


「さようなら」


 私は小さく呟いて、ドアノブに手をかけた。


 窓の外では、月が静かに輝いている。明日の朝一番で、この街を出よう。


 どこへ行くかは、まだ決めていないけれど。  きっと、ここよりは息がしやすいはずだから。

初投稿になります…!

ず~と前からいつかなろうに投稿したい…!って思っていましたが、ずるずると…。


この度やっと温めていた作品がある程度形になりました。

最初は数話は追放パートなので、雰囲気が暗めですが…少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ