人殺すいっち

　【ワイ、人を殺せるスイッチをゲットした模様wwwww】

001「まじやで(⌒∇⌒)」

002「こマ？」

003「kwsk（くわしく）」

004「kwsk」

　静岡のとあるローカル板。スレッドはそんな始まり方をしていた。よく見る定型だ。

　僕はそのままマウスホイールを滑らせる。

005「昨日、日課の犬の散歩をしてたんやが、行きつけの公園で変なボタンが落ちてるのを見つけたんや(⌒∇⌒)」

006「続きはよ」

007「ボタンって言ったら大抵押すところ赤いやつ思い浮かべるやろうが、まさしくそんな、イメージ通りの典型的な謎ボタンだったわけや(⌒∇⌒)」

008「試しに押してみたわけやけど、その時は特になんも考えとらんかったからなんも起きんかったんや(ノ∀`)アチャー」

009「不良品じゃねーか」

010「一般人はわざわざ犬の散歩を日課とか言わないからイッチはニート」

011「寒いねん続きはよ」

　いつも通り空気の読めないレスが続く。僕はそれに大した興味はそそられない。僕の興味の対象はイッチの話だし、おそらく他のスレ民も同じだった。

012「とりあえず持ち帰っていつも通り過ごしてたんやが、親がその日はなんか騒がしくてな、死ねって思ってたら偶々ボタン押してもうたんや(⌒∇⌒)」

013「あっ」

014「まずいぞ」

015「どんな態勢取ってたら偶々ボタン押すようなことがあんだよw」

016「>>015　そら逆立ちとかやろ」

017「で、そしたら急に親が静かになってな。いつの間にか死んどったんや(⌒∇⌒)」

018「なんでイッチはさっきからニコニコしてんだ」

019「>>018　解放されたからやね。ワイは今までずっと親に縛られてきたんや。小学校受験して中高一貫の男子校で過ごして、大学はMARCHより上行くことを強要されて今五浪やから(⌒∇⌒)」

020「五浪www」

021「五浪は笑えんて」

022「イッチのことこれから五郎って呼んだるわ」

023「そんなやから、親が死んでくれて今マジでハッピーなんや。やっとワイは自由なんやって、今めちゃくちゃ噛みしめてるわ(⌒∇⌒)」

024「おめでとうな。とっとと大学受かってればもっと自由だったろうけどなw」

025「毒親はガチでキツイで。許せんわ。ワイが直接出向いてイッチの事かばったるで」

　誰もかれも本気にしていない。そんな空気をこのスレからは感じる。それもそうだろう。スイッチを、ボタンを押しただけで人が死ぬなんて非現実的なこと、本気にする方がおかしいのだから。

026「お前ら本気にしてないやろ(^_^メ)」

027「あたりまえやろ」

028「久々の伸びた糞スレやったな」

029「だったらイッチがワイらを本気にさせてみろよ」

　そんな一言にイッチは噛みつくようにレスをしてくる。

030「おっ言ったな？お前標的や。お前らこいつのID覚えとけ。明日の今日と同じ時間、このスレ集合で来れなかったらワイのボタンが本物って事でええよな？(⌒∇⌒)」

031「あーあ五郎怒らせちゃったよ」

032「男たるもの逃げも隠れもせんで。かかってこい」

033「スイッチカチッwwwグエー死んだンゴーwww」

034「やめたれ五郎www」

　それから数レス続いたが、その日はもうイッチが現れることは無かった。

　スクロールして、翌日同時刻。

052「約束の時間やで(⌒∇⌒)」

053「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」

054「五郎キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」

055「五郎って言った奴マジでしばくぞ(^_^メ)」

056「で、結果は？あいつマジで来てねーけど」

057「ガチで死んだ？www」

058「死んでて草」

059「ガチでおらんやんwww」

060「朗報　五郎スイッチ、本物」

　今、このレスの中に同じIDをもつ者はいない。しかしだからと言って誰も本気にはしてくれないだろう。

　こんな状況を面白がる奴らはいるけれど。

061「だから言ったやろ。ワイに歯向かうなよお前ら(⌒∇⌒)」

062「いや待てイッチ。お前みたいなのの親とかニートが一人死んだくらいじゃワイらはほんとか分からんで？」

063「ニュースにでもなればガチで信じたるわ」

064「待てや。命はそんな軽いもんじゃないで。もっと大事にしようや(⌒∇⌒)」

065「イッチが言い出したんやろ。日和っとるんか？」

066「日和っとらんわ。ただそこまで命は軽くないんや(⌒∇⌒)」

067「五郎の発言は軽すぎるけどな」

068「同じことしか言ってないやん。もう認めろや」

　流石に二日目にもなれば、スレ民も飽きていた。とっととこの会話を終わりにしたい。そんな雰囲気を文章から感じる。

　そんな時だった。

069「しゃーないな(^_^メ)やったるよガチで」

070「マ？wwwwwww」

071「嘘乙」

072「1」

073「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」

074「一生ついてくわガチで」

　イッチがそうレスすると、途端にスレは湧いた。

078「安価で募集するわ。そこそこ有名で、死んでもそいつのファンしか泣かんような芸能人で頼むで>>90」

079「ksk（加速）」

080「ksk」

081「ksk」

082「芸人とかは死んだらおもんないからどうせなら若手イケメン俳優にしようぜ」

083「ksk」

084「>>082　今必死に最近の奴ら調べてるわ」

085「西片（にしかた）遼太郎（りょうたろう）」

086「明日（あけび）久（ひさし）」

087「トランプ」

088「金日成」

089「新村（にいむら）結城（ゆうき）」

090「松平（まつだいら）貞明（さだあき）」

091「知念（ちねん）誠（まこと）」

092「松平貞明で決定 (⌒∇⌒)」

　松平貞明と言えば、バラエティにも引っ張りだこの超有名俳優だ。連日あらゆるロケをこなしている彼のスケジュールに空白は無い。まあ知らない人は知らないけれど。

093「よりにもよって貞明www」

094「ガチで死んだらやべぇぞwww」

095「あいつ主演の月9好きなんやが」

096「でもイケメンやからニートの敵やで」

097「五郎やってくれー！」

099「五郎頼むぞ！」

　彼らの期待が寄せられる中、イッチは思ったより乗り気じゃなかった。

　……いや、今思えば一番乗り気だったのが彼だったのだ。

100「なあ、本当にやるで…？(;'∀')」

101「やったれ五郎」

102「応援してるで！」

103「マジのマジでやるで？(;'∀')」

104「…本当にやるからな？(;'∀')」

105「焦らすな」

106「焦らすなや」

107「はよ」

　三分だけ、レスが止まった。そして———

108「明日の朝押すわ(⌒∇⌒)」

　イッチはそう言って今日も姿を消した。

　その後十レスくらい、イッチを批判するものが続いたが、以降浮上しない彼に諦めたのか、スレは翌朝まで静かになった。

　翌日の朝、スレは再び盛り上がった。しかし、イッチが浮上したからではない。

121「おまいらこのニュース見たか？www」

　添付されていたリンクをクリックすると、そこには「有名若手俳優松平貞明、本日未明、二十代無職に刺され死亡」という見出しのニュースが表示された。

　見ると、犯人は既に拘束されているらしかった。

122「ガチ？www」

123「これマ？」

124「えぐwww」

125「やばすぎw」

126「草」

　彼らが少しずつ焦りと熱を帯びていく中でも、イッチは現れなかった。

　しかし、違う人物はスレに登場する。

127「昨日入らんかったら今はこんなになっとるんか」

128「生きとったんかワレ！」

129「あれ？生きとるやん」

　おとといイッチに喧嘩を吹っかけたにもかかわらず、翌日の約束の時間に行かなかった人物だ。

130「たまたま行かんかっただけやのにえぐいことなっとるやんwww」

131「お前が始めた物語や」

132「お前のせいやで」

133「お前が全部悪いやろ」

134「人が死んでんのにそんな笑えんやろ」

　現れた瞬間に袋叩きにされる。この場面を見ると、僕は人がどれだけ醜い生き物なのか実感できる。そして僕がこんな奴らの一員じゃないことに少しだけ安心できる。

135「>>134　どの口が言ってんだよwお前らだって面白がってたやろ」

136「寄ってたかってワイのせいにすんなやw」

137「いや、てか、本気にしたイッチが全部悪いやろ」

138「まあ確かにあれ本気にするアホはそうそうおらんからな」

139「境界知能にもっと優しくしろ」

140「いやお前らも悪くね？イッチも悪いがその気にさせたおまいらが一番悪いやろ」

141「>>140　いやお前誰やねん」

142「松平貞明の亡霊や」

143「草」

　それ以降も少しだけレスは続いたが、イッチが現れることはなかった。

　あのニュース記事で犯人は「とある掲示板で約束したため犯行に及んでしまった」と述べていた。間違いなく彼がイッチなのだろう。

　イッチは無期懲役の判決を受けた。残りの人生を永遠に牢獄で過ごすことになるなんて、まったくもって愚かだろう。こんなたった一つのスレで、三日間で、残り約八十年の人生を棒に振ってしまったのだから。

　僕は溜息を吐く。この世にはとんだ馬鹿もいたものだ。

　まだスレは続いていたので、少しだけスクロールしてみた。そして———

162「おい、このスレをなんもレスせずに眺めてたお前、お前もワイらと同類だからな」

　ここでスレは途切れていた。僕はそれに、アカウントを変え、五時間ぶりにレスを返す。

163「>>162 　なんでや？全体的にお前らが悪いやろ」

　数分後、僕のコメントにレスがつく。

164「良い悪いじゃねえよ。どうせお前ら「レスせんでよかったわ」とか思ってんだろ？」

165「ワイらよりマシやと思って安心してんねやろ。性格悪いわ」

166「安全圏の画面越しに好き勝手言ってるのはワイもお前も同じやってことや」

167「ワイらに上も下も無いで。皆揃って底辺や」

168「ワイは都内タワマン85階住みやからおまいらとは違うで」

169「>>168　同類やないか」

　僕はなんだか気分が悪くなってパソコンを閉じた。

　二日後のニュースで、例の事件の犯人が松平貞明を殺害する前に両親も殺害していたということが判明し、僕はさらに気分が悪くなった。

　一週間後、僕はいつも通り高校に通っている。僕以外も同様に。そんな状況に、また僕は気分が悪くなった。

　一か月が経って、一年が経って、一年三か月、六か月、九か月、二年経って、もう誰もあの俳優の話をしなくなり、また僕は気分が悪くなった。

　そして僕は、久しぶりに掲示板を覗いた。そしたらとあるスレが建っていた。

【朗報】ワイ、人を自由に殺せるスイッチを手に入れた模様www

030「マジやからな」

031「嘘乙」

032「すげーなイッチ」

033「おまいら本気にしてないやろ」

　見ると、二年前のと同じような流れでレスが続いている。僕はそんなスレを見て———

034「じゃあイッチがワイらを本気にさせてみろや」

　二年前と同じレスをした。

　気分の悪さは残っていたが、だが少しだけ、心の中が再びワクワクし始めた。