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 チューダー織は、敵を襲うための軍隊を作る世間的には珍しいけれど魔物の森では珍しくはない、バローと言う蜘蛛の魔物から採れる糸を使っている。

バローは集団生活をしてくれるおかげで、コロニーを一つを見つけると、かなりの量の糸を確保できる。


 昔々はこの糸で作られた、ちょっとやそっとじゃ切れないほどの強度を持つ縄が辺境生活を大層支えていたらしいが、年代を経るごとに役割を変えてクチュールの世界でも活躍する様になってくれた。

この世界の人たちに最も馴染みのある魔物素材だ。


 この糸の織り上げ具合によって、シルクの様な光沢を放つがハリのあるしっかりした生地にもなる。

更に通常より織り目を絞めず、緩やかに織り上げると透け感のある、それでいてふんわりハリのある生地を作り上げる方法も最近になって開発されていた。

所謂チュールの様な布になるのだ。


 もちろん織物なので織り上がるまでは時間がかかるが、大量に手に入りやすい素材を使っているため比較的安価で販売されていて、色も染まりやすい糸なので、これまた森から採れる植物を煮出して作り出される液で染色したりして、様々な用途に使われている。


 ジルの出した第一案では、身ごろの上半身には真っ白なチュールとレースを重ね、ウエスト部分の切り替えで繊細なスカラップレースが少しはみ出る様にする。

オフショルダーの肩口辺りを、ぐるっとチュールレースが背中まで周り、そのレースの最終地点からリボンに切り替わり、それを背中で結ぶと長めの蝶々結びができる様にしたらどうかと提案してみた。

ダンスをした時にたなびいて綺麗に見えそうな気がする。

スカート部分は、よく見ないと分からないくらいのほぼ白に近い銀糸でチューダー紋様を刺繍してもらう事をお願いした。

光の加減で薄っすらキラキラ見え隠れしてくれるはずだ。


 第二案は上身ごろとスカート部分は変わらず、オフショルダーの肩口周りに、後ろから肘上あたりまでの長さの透けるレースをケープの様にヒラヒラと纏える様にして、胸前で細いリボンで留める形も出してみた。

背中側一帯はドレスに固定される様に縫い付けてもらえる様にしたので、ズルズルと落ちてきたり、格好悪くズレることもないだろう。

この二案から更に話し合って、どっちを本番で使うか煮詰めていく。


そうだ、グローブにもクドくならない程度に、少しだけ刺繍とか入れてもらったら可愛いかも!


 王城で行われる夜会でデビューした数日後に、父と親しく付き合いのある公爵家からもジルたち親子での夜会の招待を内々で打診されているとのことだ。

日々勉強した事や教養も着実に身に付け、次期女辺境伯となる事がほぼ決まっているジルのデビューした事のお披露目と社交界に顔を売る機会としては、ちょうどいい場になるだろうとは父の言である。


 だから今回の機会で二着ドレスを作ることが出来る。

やってみたい事を二回試せるのは嬉しい。

二着目のドレスについても、ジルは全く異なったアイデア出しをするつもりだ。


 しかし、ドレス作りやティアラのデザイン決めなどの楽しいことばかりではなく、少々気が重くなるような情報ももたらされていた。


 これまでほとんど領地に篭りきりで王都に赴いた事のないジルであるし、長年、辺境でこれと言って産業の無い田舎だったチューダー地方が、ここ数年で羽毛布団を始めとした新製品を次々売り出す様になっていて噂が噂を呼んでいる状況とのことだ。

それに加え、数年前の父の娘自慢がここで響いているらしい。


 領地からほぼ出ない、謎多き辺境伯家の噂の箱入り娘がとうとうデビューすると。

様々な噂の実際どうなのかと。


 ジルは結局学院へ通わない選択をした。

社交界デビューに合わせてスタートさせたい事業を抱える事になった事もあるし、領地でも十分熟る学業の為にわざわざ遠く離れた王都でリモートワークするメリットを感じないのだ。

嫁入りするのであれば夫と家を盛り立てる為に、学院での人脈作りも成さねばならないであろうが、北の領地での仕事は領地内で完結する事が多く、事業もほぼ専売だ。

父から地盤をそのまま譲り渡されれば事足りるとジルと父は判断しただったのだ。


 何よりジルは王都へ行くのがなんとなく嫌であった。


だってお家の外怖い…出来る限りお家にいたい。


 父の過去の自慢とジルの出不精が重なった結果、悪い予想が当たり、王都の貴族の間ではジルの噂が二極化しているらしい。


 一つは父が語る通り、北部の精霊姫は誰もが目を奪われる様な美貌と、新たな商売を生み出す明晰な頭脳を併せ持った金の卵を生み出すガチョウ姫でもあると。


誰よそれ?

って言うか、ガチョウ姫って何。

全く褒められてる気がしないんだけど。


 または、優秀な婿を招き入れるために、父である辺境伯が大袈裟に吹聴しているだけである。

そこまで噂を流さねば縁談すら来ない、歯牙にも掛からぬ辺境の山猿だと。


どっちかって言うと、こっちの噂の方が正解に近いんだけど、でもそれにしたって山猿って悪意感じるわー。


 ジルであっても、全く城から出なかった訳でもなく、むしろかなり活動的でお転婆な生活を送っていた。

領軍の騎馬隊で乗馬を習い、前世での自転車や原付バイク並みの気軽さで馬に跨り、分隊駐留地にある布団工場や色んな工房など領地内での普段の移動手段にしていたり、新しい商売のために、父の代わりに商人とやり取りすることもあった。


 だがジルに関する具体的な噂は出回っていない事を鑑みると、コッソリと父からあちこちへ戒厳令が出ていたのだろう。

余計な噂を出回らせる様な所とは取引しないぞと。


 ちなみに、好奇心が旺盛で新しい事を習う事が大好きなジルは、剣術も体術すらも領軍の練習場にしばらく通って練習に臨んだ事もあった。


 ところが当初ジルのやる気を熱烈歓迎してくれた分隊長が自ら訓練を引き受けてくれていたと言うのに、一週間もしないうちに匙を投げられてしまった。


『人には向き不向きがございます。大変失礼ながら正直申しますと、武術はお嬢様には向いておりません。素直に我々にどうぞ守られておられてください。お嬢様自らがその道に進まれようとなさるより、我々がお守りする方が逆に皆安心しておけますゆえ』とまでハッキリ言われてしまった。


 戦神の如き父の血を引くジルの事、おそらくこれをきっかけに才能が目を覚ますのではないかと期待して分隊長は指導を買って出てくれただろうに、期待はずれも甚しくて申し訳ないとジルは思った。


 それはともかく、二つの舞踏会それぞれに着るドレスを二着作るにあたって、ジルの出したアイデアのデザインを元に、プロの意見を取り入れつつ、どう仕上げていくか考える事になった。


この年齢しか着れないような、これでもかとチュール使ったふんわりドレスも着てみたいなー。

ティアラもどうしよう。

ミルククラウンみたいな、ツンツンがいっぱいあるティアラも可愛いよなぁ〜。

ロリータファッションにあった様なミニクラウンみたいなのじゃ、可愛いけども怒られるかな?どうしよう、すっごい悩む…


 ジルはこれ以上ないくらいウンウン悩み切り、結局、ダフネと二日をかけてドレス二着分のデザインとティアラのデザインを決めることができた。


 ところがその後、男親として後ろにドンと構えて黙って見守っている事に我慢できなくなった父も参戦して、決まったデザインをひっくり返される事になり、さらに五日間ダフネは城に留まる事になってしまった。


 まさかこんなに長逗留させる事になるとは思っていなかったジルは、出来上がった仕様書を持って工房へ戻るダフネの見送りの時に平謝りすることとなった。

支払いもある程度上乗せする様に父に言っておかねばならない。


 しかし悩んだ甲斐もあり、革新的であり素晴らしい出来のドレスが出来上がってくるはずである。

 憂鬱な面もあるが、楽しみも増えてどんなデビューになるのかワクワクが止まらなくなるジルであった。

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